第19話「放つは魔剣、迎えるは黒剣 1」
テンバーが暴くより早く、荷台の幕は勢いよく開け放たれた。
中から飛び出た人間が恫喝するように声を張り上げる。
「動くな! このリザードマンがどうなっても知らんぞ!」
「お、おーたーすーけー」
リュージーンを抱えた道周は左腕でリュージーンの首をロックし、右手に持った魔剣を首に当てている。
口の封を説かれたリュージーンは首に当てられた剣に怯えながら、見え見えの棒読みで助けを求める。
予想外の敵の登場だったが、テンバーは焦りも驚きも見せずに冷静に対処する。
「ムートン商会の獣人……、ではないな? 何者だ?」
「件の異邦人、名はミチチカだ。そして人質のリュージーン、こいつの命が惜しければ大人しく」
「囲め、この異世界人を逃すな!」
テンバーの指揮で関所中に散っていた部隊が集結した。竜人たちが背の翼を広げて舞い降りる景色は中々壮観であった。
(っと、見惚れてる場合じゃなかった。マリーたちは逃れられただろうか)
道周は背に庇う仲間に気を使いながら、正面に揃う竜人にも注意を払う。
隊長のテンバーを中心に前衛が剣を抜刀して並び、後方の竜人たちは橙の角に熱を帯びる。
正しく臨戦態勢の部隊を相手に、道周はどれだけ時間を稼げるのだろうか。
「折角酩酊した商会の荷台に運良く隠れたのに、魔王直轄の部隊にかち合うなんてついてないな」
道周はわざとらしい一人言で商会が無関係であることを示唆する。同時にリュージーンをロックする腕に力を入れ、特務部隊に見せ付けるように魔剣を構えた。
「動くなよ!
この人質は執政官ライジーンの長男、リュージーンだ。俺を見逃すなら解放して」
「総員、構え!」
ザッ!
テンバーの号令で竜人たちは一糸乱れぬ統率で戦闘モードになる。
「ちょっ、人質が見えて」
「かかれ!」
「えぇっ!?」
ザザッ!
前衛の4人が飛び出した。
竜人は磨き上げられた剣を鋭く振り抜く。
道周は竜人たちの一斉突撃に面喰らい後退した。咄嗟にリュージーンを投げ捨て魔剣で大柄な竜人の一撃を受け止める。
「重っ!?」
振り下ろされる一撃を受け止めた道周だが、竜人の放つ重厚な剣戟に狼狽する。そして道周の視界の片隅では別の竜人が剣を構えていた。
道周は身を翻し鍔迫り合いを流す。そして襲い掛かる二撃目を避けて反撃に出た。
反撃の狼煙となる魔剣を別の竜人が受け止める。道周は粘り強く魔剣の連打を打ち込むが、3人目の竜人が防ぎきった。
「ふん!」
続く4人目の竜人が入れ替わるように反撃に出る。
道周は素早い体運びで守りにも余念がない。しかし攻防を連続で強いられ、数的優位も敵にある。まだ後衛と隊長が控えていると考えると頭痛がした。
「仕方ない、南無三!」
道周は今までの攻防一体のスタイルを捨てて一気呵成の攻めに転じた。
大きな一歩で竜人に詰め寄り、不意を突かれがら空きの腹部に一閃。深く抉り込んだ刃で竜人の1人を無力化する。
「このっ」
他の竜人がすぐさま反撃に転じる。剣を横一文字に大きく薙ぎ払う。
間断のない竜人のコンビネーションに対して道周は搦め手で応じた。
道周は斬り捨てた竜人騎士の身体を担いで盾にする。そのまま押し出して突き進んだ。
「き、貴様、卑怯な!」
「悪いな、俺は騎士じゃないんだ」
迷いなく突き進む味方の身体に竜人騎士は剣を止めた。そのまま力なき味方ごと押し込まれ尻餅を着いた。
「で……、そこ!」
道周は力任せに押し倒した竜人にすぐ止めを刺すことなく、おもむろに背面に向けて魔剣を振った。
魔剣の切っ先が竜人の喉を掻き切った。
「見えているのか!?」
「殺気が隠せてないんだよ」
一番厄介な大柄の竜人は背後を取り、特注の大剣を振り上げていた。隙だらけに喉を的確な一振りで斬り裂かれ、竜人は顔から地面に落ちる。
残った最後の竜人騎士は腹に構えた剣を突き立て突進した。
「隙あり!」
「ないよ」
しかし道周は紙一重で剣先を避けると竜人の腕を掴む。勢いを殺さずに腕を取り、捻り上げながら身体を持ち上げた。
「いっっ、ぽーーーん!」
竜人を頭から垂直に叩き付ける。
「Japanese JUJUTHU」の最も豪快な技、「背負い投げ」が炸裂した。
投げられた竜人は積み重なる竜人の上に降り、鎧同士の衝突で気を失った。
道周は山になった3人竜人に魔剣を突き刺した。魔剣で肉を抉り絶命を確認すると剣を抜いた。
道周の血振りで飛沫の軌跡が描かれる。
「つ、強い……」
リュージーンは座り込みながら一連の攻防に目を剥いていた。溢れ落ちた感想は心から吐露したものである。
道周は魔剣の切っ先をリュージーンに向けながら、不機嫌な眼差しはテンバーに向けられていた。
「これ人質、見えてないか?」
「なるほど。祭司長の言ってた「異世界人」とは中々の強者だったか」
「聞いているんだ! お前、部下にリュージーンごと斬らせるつもりだっただろう!」
「……そうだが」
テンバーの冷や水のような受け答えに対し、道周がいつになく憤慨する。
剣先を向けられているリュージーンは2人のやり取りを聞くしかできない。
「こいつは執政官の息子だろ。魔王直轄の部隊と言えど、斬り捨てたら拗れるんじゃないか?」
「問題ない。リュージーンはライジーン殿の後継にはならない。ライジーン殿は次男レイジーン殿を次の家長に指名された。
その男に価値はない」
テンバーは淡々と話を切り出し、冷たい声音で現実を突き付ける。
「えっ……?」
喧騒の沸き立つ関所において、リュージーンの腑抜けた息遣いが虚しく消えた。リュージーンは取り乱しながら立ち上がり、テンバーに抗議の視線を向ける。
「何でレイジーンが……。
親父を執政官にまで押し上げたのは俺のおかげだろう。策だって与えたし邪魔者だって消したのは俺だ。親父1人でなし得なかったことを、俺の力があったから出世したんだろ」
「だからだろうな」
テンバーはピシャリと言葉で絶つ。
混乱したリュージーンは閉口したまま固まり膝から崩れ落ちた。
「俺は騎士ゆえ、政争はとんと分からん。
だが、俺が見てきた政治家と言うものは服を着た我欲の塊だ。常に血筋の繁栄と安寧、魔王への忠誠による安心を得るために血肉を捧げる。
貴様は父親の我が身可愛さゆえに、「害ある敵」として処分され」
「黙れ!」
道周は耐えきれずに怒号を飛ばした。
「異世界でもどこでも変わらない。汚いものは汚いんだな。
ハハッ! さすがは魔王とその幹部だ。潰す躊躇いなんて必要ないな」
「世迷い言を。貴様は目の前の俺すら越えられぬ」
テンバーが愛用の黒剣を構えた。漆黒の刃は一切の曇りも輝きを許さぬという圧を放つ。
対する道周も白銀の魔剣を正面に構え闘志を燃やした。
2人の間にそれ以上の言葉は不要。開戦の火蓋はすでに落ちている。
「放て」
テンバーの無機質な号令を下す。命を受けた後衛の竜人たちが一斉に火炎を放出する。
うねる炎熱は球体へと収束しひたすらに道周を襲った。
大地を捲る爆発と同時に猛火が柱を上げる。炎渦の中に囚われた道周は苦悶を漏らす暇もなく焼かれてしまった。
「い、異世界人!?」
余りにも呆気ない幕切れに、リュージーンが焦燥と困憊の悲鳴を上げた。木霊する叫びは火炎の熱気に掻き消される。
次の瞬間、
--------燃え盛る火炎が一刀両断、塵に帰す。
滾る火炎の柱の渦中、道周は魔剣を薙いだ。
滴を払うかのような一振りで竜人の放った業火は霧散する。
異様な光景を目の当たりにし言葉をなくした全員に向かって、
「こんなもんかよ! 竜人の火力はっ!」
道周は吼える。
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