第294話「世界を揺るがす笑顔の魔法」



 ──熱い。


 胸の奥から振り絞る声も。リズムに乗せて翻る身体も。ペンライトを振ってくれるファンの声援も。

 目が眩むほどの照明を浴びながら、あたしは皆に笑顔を届ける。かつてそうしてきたように。かつてよりもっと、そうするために。

 指の先まで神経が行き渡っていくのを感じる。皆の歓声とスピーカーを揺らす大音響がズン、ズンと内臓を揺さぶる感覚も心地いい。カラフルな光が網膜を焼き、皆の熱気が肌を焦がし、冬だというのに汗が止まらない。外と内の熱が合わさり、自分自身が燃えているかのような錯覚すら覚える。


(いや……)


 事実、あたしの心は熱く燃えている──!

 歌うごとに、踊るごとに、皆の声援を受けるごとに。自分の存在とでも言うべきものが硬く、そして鋭くなっていく。まるで炉に入れた刀身のように、自分の感覚が真っ直ぐに研ぎ澄まされていく……!

 なにせもう、後戻りなんてできないところまで来た。自分からそうした。

 ここで魔法を取り戻さなければ、あたしは自分の力を制御できない者として魔術学校へと留学させられてしまう。そうなればさっき宣言した全国ツアーなんて夢のまた夢だし、やっと皆と正面から向き合えるようになったこの胸の想いにも味噌がつく。


(そしてなにより……!)


 魔法は心の力だ。それを自在に操れないってことはつまり、自分の心に負けたということに他ならない!


(そんなダセぇこと、絶対に認められるもんか!)


 誰かに負けることなんて、生きていればよくあること。世界には、自分じゃ届かない領域にいる人間なんて腐るほど存在する。真剣勝負なんて、なんなら勝つ方が少ないくらいだ。

 だからこそ、負けられない。あたしは自分のちっぽけさをこの五年間で痛いほど実感してきた。

 強い誰かに負けるのはいい。だけど、そんなちっぽけな自分に負ける暇なんて、こっちにはこれっぽっちもねぇんだよ──!


(……なのに)


 一曲終えるごとに、己の進化を感じている。

 ワンフレーズ歌うごとに、アイドルとしての高みへ登り詰めているのを肌で感じている。

 身体を巡る血潮は熱く、心臓の鼓動はトルクのようにドゥルンドゥルンとブン回っている。一秒前のあたしなんて目じゃないほど、限界なんて感じさせないほど自分の最高値を更新し続けている。


(なのに……!)


 どうして……! 魔法が、使えない……!

 どれだけ声に想いを乗せても、どれだけ身体を酷使しても、自分の奥底に眠るはずの魔法はこれっぽっちも目を覚まさない。


(なんで……何が足りない……)


 張り裂けるほどに声を上げても、ステージの端から端まで走り回ってみても。こんなに……自分を追い込んでも!


(何が、足りない……!)


 また、一曲終わる。次の曲が始まるその間隙に、皆がまた黄色い絶叫を上げる。

 頭の中でごちゃごちゃ考えていようと、あたしのパフォーマンスは今のところ完璧だ。皆、あたしのアイドルとしての力量に感激すら覚え、笑顔を浮かべて次の曲への期待を膨らませている。

 だけど、魔法使いとしては……。


(くそ、くそ、くそ……!)


 また、一曲終わる。終わってしまう。その度に、弱気がちらついてくる。焦燥が襲ってくる。

 どうして。どうして上手くいかない。こんなに自分を追い込んでいるのに。五年前にはできなかった動きも振り付けに取り入れているのに。曲だって得意なポップなものからクールにロック、果てはテクノにまで手を広げているのに。

 今までにない刺激を、自分に与え続けているのに……!


(いったい何が、あたしには足りない……!?)


 覚悟も、決意も、逃げ道も削った。

 ライブをする楽しさも、笑顔も……大切な皆の笑顔も、いっぱい受け取った。

 喉がひりつく。身体も重い。髪が汗で張り付いて鬱陶しい。限界のその更に限界へ至っている。これ以上内くらい自分を追い込み、そしてそれでも充実感を得ているというのに……!


(くっ……)


 思わず、目を向けまいとしていた方向へ、目を向けてしまう。

 最高潮の盛り上がりを見せる生徒達、その熱狂の波が広がる場の更に端。


「……っ」


 そこには、歓喜に揺れる皆とは打って変わった雰囲気を放つ、複数の瞳があった。

 リゼットちゃんは深紅の瞳を、まるでこちらを品定めするかのように厳しげに細めている。刀花ちゃんの琥珀色の瞳は、必死そうな応援の色を湛えている。そして薄野ちゃんは……とても心配げに、そのアーモンド色の瞳を揺らしていた。

 あたしのライブ中に、そんな気持ちを与えてしまっていることが恥ずかしく、同時に情けなく、あたしの胸を苦々しく焦がす。

 ……そして、なにより気になっていた。あの男が、こちらをどんな目で見ているか。

 嘲りか、挑発か、それとも失笑か。こちらから煽った手前、結果の伴わない自分をいったいどんな目で見ているのか、確かめるのが怖い。


(だけど……)


 だけど、と。そう思ってしまう。

 もし、応援してくれていたら。あたしの初恋を奪ったあいつが、少しでも期待を向けてくれていたら。

 そうすればあたしは……あたしはもっと、もっともっと頑張れる。そんな気がする。想像するだけで……体温が上がる。鼓動が早くなる。

 だからあたしは、どこか縋るようにしてそちらに目を──、


(──って、いねぇし!?)


 いやおらんやんけ! 童子切おらんやんけ!

 はあぁぁあぁぁ!!?? おいおいおい! こちとらテメーの鼻をあかすためにもライブしてんねんぞ!? どうだ! って、ドヤ顔してやるために頑張ってんのにさぁ!

 目ぇ離すなっつったのに……お母さんですら、今頃カメラ通した配信で見てくれてるのにさぁ……。 


(……なんだよ、くそ)


 ……思ったより、傷付くな。

 どんな顔しててもこっちは受け止める気でいたのに。見てもいない、なんてさ。


(……嫌われた、かな)


 あいつの計画という名の甘やかしをこっちからぶっ壊して。その上で全く魔法を取り戻す気配もないんじゃ、呆れて帰ってしまうのも当然なのかもしれない。


(……なんで)


 なんで……なんで、うまくいかないの。

 少しだけ、視界の端が滲む。声が上擦る。暗い気持ちが心の裡から込み上げてくる。


(いや──!)


 そうなる前に、キッと前を向く。今目の前にいてくれる皆を、蔑ろにしたらそれこそあいつに嗤われる。

 だからせめて、あたしは今できる精一杯の笑顔を浮かべて、歌う。もっと、もっと、と。届け、届け、と。


 ……だけど、自分にとっての虎の子である新曲は、一曲また一曲と終わりを迎え、


『はー……! はー……!』

「きゃあー! ガーネットちゃーん!」

「先輩ー! 最高でしたー!」


 ……終わった。

 肩で息をして、流れ続ける汗を拭く力もないまま呆然と歓声を浴びる。さっきまで流れていた演奏も、もう無い。


「昔よりすごかったよー!」

「改めてファンになっちゃった!」

「これからも応援するからー!」


 その希望の声も、どこか遠い。熱で頭が働いてないのかもしれない。だけど、これだけは理解できた。


 ──失敗した。


 あたしは、皆の声に、期待に、応えることができなかった。たとえ満足したように見えていても、あたしが最高のパフォーマンスをしたように感じられていても……魔法という力を含めたあたしの全力を、皆に届けることができなかったのだ。

 そんなの……そんなの、許せるわけがない。もっとできるのに。できるはずなのに。あたしにはまだ皆を楽しませられる力があるのに。

 だけど……できなかった。


『ふっ、うぅ……!』

「泣かないでー!」

「おかえりガーネットちゃーん!」


 違う。

 違うんだよ。

 涙なんて見せたくない。それも悔し涙なんて……そんなカッコ悪い涙なんて、見せたくないのに……!

 でも、もう終わった。終わってしまった。新曲は全て歌いきり、体力も限界。見て欲しいと願っていた人も……いない。


『ああ──』


 せめて、締めなくちゃ。

 どんな結果になろうとも、始めた責任として、義務として、終わらせなくちゃ。


『う、うぅ……ふぇ……』


 マイクを握る手が震える。視界が歪む。

 皆の笑顔が、見えなくなる。


(嫌だ……嫌だ、嫌だ……)


 終わらせたくない……終わらせたくなんてない……!


(こんなの……!)


 唇がわなわなと震える。顔がくしゃくしゃに歪む。胸の中に……昏い感情が込み上げてくる。


 ──"絶望"という名の、真っ黒な感情が。


「──」


 その時、あれだけ色付いていた世界が色を無くし、一切の動きを無くし……闇があたしに手を伸ばすのを感じた。

 夜より深い、黒を塗りつぶす漆黒が──。


『──力が、欲しいか?』

「っ」


 そんな声が、色を無くした世界で響く。

 外からじゃない。頭の中に、直接響く暗い声が。人の絶望を食いものにし、掌の上でもがく姿を嘲笑う……鬼の声が。


『矮小なる魔法使いに今一度問う……力が、欲しいか?』


 喜悦を滲ませた声は、どこか陶然とあたしを誘う。

 答えは……もちろん、決まっている。


 ──欲しい。


 口に出さず、ただ一言そう願う。あたしは今、力が欲しい。自分さえもぶっ壊す、圧倒的な力が。


『ハハハハハハハハ』


 だけど。

 だけど頭の中で響く声は、そんな不気味な笑い声を上げて……、


『ふん、とはいえ貴様は俺の手を一度振りほどいていたな』


 どこまでも冷酷に。興が冷めたと言わんばかりの冷たい声。

 どの面下げて、と。そういうことだ。


『やはり、やめだ。貴様に我が無双の力は勿体ない』

「……」


 また、涙が込み上げてくる。

 でも仕方ない。これは自分でした選択の結果だ。受け入れる、しか──、


『だから──』

「え……」


 だか、ら……?


『──他の者に、助けてもらえ』


 それって、どういう……?


 問い返す前に闇の気配が消え、世界が色を取り戻す。

 それと、同時に──、


「──"アンコール"!!!」

「っ!?」


 そんな、終わったはずの舞台の、続きを求める声が……世界を貫いた。


「アンコールっ! アンコールっ!!」


 その声は、グラウンドの端から。

 皆があたしを労い終わらせようとする声に負けじと、もはや悲痛ささえ感じるほどの声色で、あたしを求める──女性の声。


「──あぁ」


 その姿を認めた時、あたしの口から漏れた吐息はどんな色だっただろう。複雑すぎて、一言では到底言い表せない。

 声を枯らして。少しでもこの声が届くようにと口許に手を当てて。周囲の生徒がぎょっとするほどの必死さで、懸命に。

 だけどそれ以上に──あたしならできると、涙が出るくらいの信頼をその声に乗せて……!


「ガーネットぉっ! 頑張ってぇーーー!!!!!」

「おかぁ……さん……!」


 お母さんが……あたしにとって初めてできたファンおかあさんが、そこにいてくれた。

 変身薬を飲んでわざわざ若い頃の自分になり、セーラー服さえ着て。その姿は部外者立ち入り禁止の規則を見越し、隣で腕を組んで不遜げにこちらを睨む鬼の入れ知恵だろう。

 彼が……連れてきてくれたのだ。


「頑張れっ、頑張れぇー!!」


 顔を真っ赤にして、お母さんは何度も何度も叫ぶ。


「──」


 ……ずっと、優しかった。あたしがアイドルになると決めた瞬間から、ずっとずっと応援し続けてくれていた、お母さん。

 そんなあたしがステージを降りてからずっと『大丈夫?』『辛くない?』『ゆっくり休みなさい』と、ずっとあたしの身を案じてくれた。声をかけ続けてくれた人。


「ガーネットー! 頑張ってぇー!!」

「──っ」


 そんな人が、今、あたしの背中を押している。

 ステージの上でボロボロになって、絶望に支配されそうだったあたしに……『まだ頑張れ』と、優しくて厳しい声を、投げてくれている。


「アンコール!」

「アンコール! アンコール!」


 その熱意が、伝播する。想いが、繋がっていく。

 一人だった声が二人に。二人が三人に。すぐにいっぱいとなったその声には、ひたすらに期待が込められていた。

 まだ、できるだろ……と。


「──っっ」


 応えたい。

 応えたい……応えたい──! あたしは何をやってるんだ!

 でも……新曲は使い果たした。演奏をしてくれてる六条ちゃんには、その楽譜しか渡していない。

 これ以上は、どうしようも……!


「……」


 唇を噛む間に、視界の端でひっそりと動く影がある。

 腕を組んで立つ鬼に、二人の少女が背伸びをして耳打ちをしている。

 金髪の少女が言の葉を乗せれば鬼の右目が紅く灯り、黒髪の少女が言の葉を乗せればドクンと黒い波動が世界を歪める。


「──」


 そうして、

 少女達の言葉を聞き終えた鬼は、口の端を歪めてこちらへ開いた手を伸ばし──グッと、何かを潰すようにして拳を握った。


 ──瞬間、舞台に再び輝きが舞い戻る。


 スポットライトは七色に輝き、かき鳴らす音色が客席を揺らす。聞き馴染みのあるメロディに、生徒たちのテンションは一気にぶち上がる!

 でも、この曲は──!


「──主と所有者の命に従い、この戦鬼、今一度力を貸してやろう」

「う、お……!?」


 一番近くにいたギターを持つ式神が、そんな言葉を漏らした。

 六条ちゃんの用意してくれた、生演奏を担当する人を模した式神……その全員の右目が、血の色に染まっている……!

 乗っ取ったのだ、今の一瞬で。六条ちゃんから式神の支配権を。そして、演奏を……!


 あたしの、誰もが知っているデビュー曲の演奏を──!


「新曲は知らなかったが、この曲ならば……この日のために、何度も"でーぶいでー"を見ていたからな」

「だ、だからって初心者が……」

「我こそは、この世のあらゆる道具の頂点に立つ最強の殺戮兵器である。音しか鳴らせぬ玩具を従えられぬ道理など無いのだ……"オーダー"と"お願い"があればの話だが、な」


 な、なんじゃそりゃ……そんなんありか……?


「さぁ、気合いを入れろ。魂を限界まで燃やせ。もう失敗など許さん」

「っ」


 頭の中が真っ白になりながらも、ほぼ無意識に曲に合わせて身体を動かしていたあたしを、そいつは鼻で嗤う。


「──それとも、ここで諦めてしまうか?」

「っ!!」


 ん、だとぉ……?

 どこまで……、

 テメーは本当に、いったいどこまで──!


 ──あたしの焚き付け方を、心得てやがる!


『っざっけんなぁ!! 何終わらせにきてんだこの愚民共がぁ! あたしは……あたしはまだまだ、やれるに決まってるだろうが舐めてんじゃねぇぞ!!』


 マイクを通したあたしの大音声に、会場が歓声に包まれる。

 ファンの声援に応えられなくて、何がアイドルだ……!

 歓喜と熱に沸く皆がいる。まだまだエールを送ってくれるお母さんがいる。そして隣には……やっぱり、ピンチになったら助けてくれる──好きな人が、いてくれる。


『あぁあぁぁぁぁぁぁあ!!!!!』


 そんな環境で膝を折るなんて……死んだ方がマシ!

 ああ、震える、震える──魂が、奮えている!!


「──」


 ……結局、なんだかんだ言って、ビビってただけなんだよ。

 魔法が暴走するのが怖い。あの温度の無い"エガオ"が怖い。恋した相手に魔法を向けてしまうのが怖い。

 でもさ、人に笑顔を浮かべてもらいたいって願いは、そんな酷い願いなのか? 逃げ腰になっちまうほど、弱気な想いなのか?


(違うだろ──!)


 誇れよ。貫けよ。堂々としろよ。臆するな!


(信じろよ、皆を──!)


 自分どころか、他人すら信じ切れてないからこんなことになってんだろうが!

 あたしの強い想いを受け止めてくれるって! こんなあたしでも一緒に笑ってくれるって、信じろよ!


(なにより!!)


 笑顔の魔法だって言うなら──あたしのことも笑顔にしろよこのクソ魔法が!


 恋をしたら魔法が使えなくなる?──うるせぇ!

 暴走したら"エガオ"が凍る?──知らねぇ!!


(あたしの心はあたしが決める! 誰のものでもない、このあたしが──!)


 あたしの……“王”の命令だ! だったら黙って言うことを聞け! 魔法使いの前例なんて知ったことか。そんなもんが邪魔するなら、この手で全部握り潰す!


(そう、あたしは……!)


 あたしは──王道を、征くんだ!!


「っ!」


 その時……、

 身体の中で歯車が噛み合うと同時に、唐突に理解した。意識が切り替わったと言ってもいい。

 あたしの魔法は、自分の声に魔力を乗せて、人の鼓膜を震わせることで発動する。

 ……そう、思っていた。

 でも、それじゃおかしい。じゃあなんで……最初に鼓膜を揺らす対象であるはずのあたしは、"エガオ"になってないんだ。

 違うんだ、きっと。あたしの声で鼓膜を震わせた結果"エガオ"になってしまうのなら……そもそも"揺らす相手が、違うんだ"。


(……あたしこそ、見くびってたか)


 自分自身を。玉座に手の届いた、王の力を。

 力が、想いが強すぎるから、人一人の手に余る。

 なら──何を揺らせばいいかなんて、決まっていた。


「……いくぜ、童子切」

「ああ」


 ポンと。一瞬だけ、ギターを鳴らすその背中に、自分の背中を当てる。勇気を、もらうように。


「──!」


 そうして前奏を終え、あたしは全力で魔力を乗せた歌詞を紡ぎ、


 ──"世界"が、温もりで満たされた。


 ……魔術に系統があるように、個人の才覚による魔法もまた、それに当てはめることができるものもある。

 水や炎を操れば元素魔術。傷を癒やせば治療魔術。人を呪えば黒魔術といったように。


「ほう、これは……」


 隣で童子切が、感心したように吐息を漏らしている。

 あたしはその声に手応えを感じながら、全力で以て体内の魔力を歌声に乗せている。暴走の危険なんて、もうしていない。しっかりと、受け止めてくれるものがあるから。

 ──このでっかい、世界自体が。


『──♪』


 あたしの歌声が届く範囲、その空間で幾重にも歌声が反射する。人の鼓膜ではなく、最初にこの世界を対象にすることで、ワンクッション置いてから心地よく人の鼓膜へと魔法が届いていく。

 ……魔術の中には、空間を変異させる魔術、“結界魔術”というものがある。術者の定めた領域において、特別な効果を人へともたらす。世界でも使い手の限られる、高難易度の魔術がそれだ。

 これまで、私の魔法は人の感情を強制的に変える魔術……魅了系の魔術に分類されると思っていた。

 でも、それは間違いだった。あたしの魔法は、そんなチンケなもんじゃねぇ!


 ──結界魔法、“笑顔の魔法”。


 あたしの歌声が届く範囲において、人を笑顔にする領域を……世界を作り上げる。

 それがあたしに与えられた……天賦の魔法なんだ!


『──』


 ああ、今、自分が笑顔を浮かべているのが分かる。

 あたしの持つ全てを皆に与え、そして皆が笑顔を返してくれる。満面の笑みで……一緒に、そう一緒に!

 やっと手に入れた、夢のような時間。永遠のようにも、一瞬のようにも感じられた時間。ずっと味わっていたかった最高の時間。

 そうしてそんな時間は、あっという間に過ぎ去り……、


『──……』

「「「わあぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」


 最後の一音が残響と共に終わりを迎えれば、万雷の喝采が校庭を支配する。

 見渡す限り、笑顔、笑顔、また笑顔。瞳の奥には熱が灯り、どこまでも温かくあたしを包み込んでくれた。誰の笑顔も、凍えてなんて、いない……本当の、笑顔だ。


「……童子切」

「なんだ?」


 しれっと演奏を終え、一息つく鬼に声を……、


「童子、きりぃ……」


 声、を……っ、


「あた、しっ……諦めなくって、よ……良かったぁ……!!」


 楽しかったんだ。

 楽しいのだと、ようやく知れた。心の底から歌えるのが。


「あ、アイドルって、魔法使いってっ……た、楽しいねっ!」

「……そうか」


 どこか労うようなその声色で、涙腺が決壊した。


「あぁ~~~ん! あたし、アイドルぅ……! あいっ、アイドルにぃ~~!!」

「えぇい、みっともなく泣くな」

「た゛っ゛て゛ぇ゛~~~!」

「それよりも、言うべきことがあろう」

「へ……?」


 童子切がクイッと首を向ける先には、いまだ歓声をくれる皆の姿がある。


「……こやつらは貴様の臣下だろう。その臣下が先程『おかえりなさい』と言ったのだぞ」

「あ……」


 そっか。そういえば……あの時は、返してなかった。

 でも今なら、胸を張って応えられる。だって、あたしは──!


『“ただいま”、みんなーーー!!』


 これからもずっと一緒に、笑って生きていけるんだから!!


『へへっ』


 ま、お母さんだけはその場で泣き崩れてたけどな!


 ──これまでも、これからも。

   ずっとずっと、ありがとう。お母さん。

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