第277話「ちなみに補導歴は二十歳で消えるらしいぞ☆」
いやなんで逃げ出してんのあたし!?
「はぁ、はぁ……いってー、ちょっと足グネったかも」
さすがに夜の森を全力疾走は無謀すぎたよね。立地のわりー所に住みやがってよ……。
息を切らしながらあたし、吉良坂ガーネットは森を抜けてすぐの街灯までフラフラと歩み寄り……お尻からへたりこんだ。お尻着いてから思ったけど、雪降ってなくてよかったー……。
「……くっそー、なんなんだよぉ……」
息が整うまでの間に。
冬の夜空に瞬く月を見上げながら、ブチブチと文句を垂れる。
「なんで……」
ぎゅっ、と。
押さえ付けるようにして胸に手を当てる。いまだドクンドクンと高鳴る、自分の胸を。
「いやいやいや、違うから……」
全力疾走のせいだから。だから決して、その……そういう、きゃわいい女の子的な鼓動じゃないから。酸素取り入れようとしてるだけだから。
「はい、じゃあテストしまーす」
いや見とけよ?
戯れにスマホに保存してあるあんちくしょうの画像取り出してっと……ほら見てみ? 別にやっこさんの顔なんか見たって別になーんとも……なーん、とも……、
「……」
……こいつって人相悪いけど、顔立ちはそんな悪くない方だよな。刀花ちゃんに似て。
「はっ!?」
おいおい
なにちょっと写真見て「いいじゃん?」みてーになってんのさ! これじゃ童子切の写真を部屋に飾ってる薄野ちゃんのこと笑えねーよ!?
「や、やめろぉ……! あたしは、あたしはぜってーメス堕ちなんてしねぇ……!」
頭を抱えて「ぐおぉ……」と懊悩する。
こちとら死んだ婆ちゃんの遺言で言われてんだよ『ガーネットや、アイドルとして大成するまでリア充になるべからず』ってよぉ嘘だけど。この前お婆ちゃん家行ってお年玉もらったけど! ごめんねネタにしてグランドマザー!
「よ、よく考えろあたし。相手はあのどぐされハーレム野郎だぞ……」
あり得ねぇよ、あんなの女の敵だぞ女の敵。複数の女の尻に敷かれるのが大好きなド変態ぞ。椅子かな?
「あいつのキャラよう分からん……」
クソが。俺様キャラのくせにヘンテコなハーレム作ってんじゃねぇぞ安綱ァ! ややこしいんじゃー!
「くっ、ちょっと優しくされただけでメス堕ちとか、そんなダセぇ真似は……!」
そうだよ。ちょっとそのギャップにあたしの心臓がビックリしちゃっただけっすよ。メチャメチャ厳しい人が不意に見せた優しさのせいだったりするんすよ。いやそれツンデレの原理じゃん? もしくはDV被害受けても「でもいいところがあるから!」って言って庇うダメンズ好きの女ね。
「こえー、ツンデレこえー……」
一時代を築いた属性なだけはあるぜ……その破壊力、侮りがたし。男でも結構クるもんなんだなぁ……まーきの♪ それ別の人。
「ま、ま。ちょっぴり動揺しちまったが、ポジティブに考えていこうや」
ブンブンと頭を振って思考を切り替える。
あの"おもしれー女にご奉仕大好きマン"が、仮にもいい雰囲気であたしに接したのよ? つーことはさ?
「今のあたし、いい感じってことっしょ!」
ぐっとサムズアップ! そういうことよ。
あの野郎は超ツンデレだかんな。それがデレたってことは、今のあたしは"おもしれー女"! いや褒めてるのかそれ。
「んー……まぁでも、童子切流に言い換えたら"王の器"を備え始めたってことよね」
……へへっ、そう考えると悪くない。こりゃアイドルとして完全復活も近いな!
「……とはいえ、あたしがドキドキすることはなんも解決してないけど」
結局そこに話が戻るんですけどね!
くそぉ、あのプレイボーイめぇ……アイドルぞ? あたし大人気アイドルぞ!? 事務所の方針だって『人気が落ち着くまではそういうの控えてくださいね?』なんだぞ!?
「そもそも薄野ちゃんに申し訳が立たねぇよ……」
あの真面目に悩んでる純情ピュアガールに「ごめーん、あたしも堕ちちゃった☆」なんて言ってみろよ。薄野ちゃんの脳がグチャグチャになるわ。
「はい封印、ふういーん」
忍者の心になるですよ。忍☆耐──!
目を閉じて深呼吸。冬の冷たい空気が、カッカしていた身体を冷ましていく。冷たすぎてむせそう。
「ふぅっ……うん、なんとか折り合いはつけられそうね」
方針は最初から決まってる。
あたしは、この気持ちを無視する。薄野ちゃんのため、そして今後のアイドル生活のためにな!
「さーて、タクシータクシー」
気持ちを新たにし、座り込みながらポチポチとスマホをタップする。呼ぶの忘れてたわ。コート着てるとはいえ、さすがに風邪引きそう。
「──あの」
おん? なんか頭上から男の人っぽい低い声が。
でもちょっと待ってねー、今スマホいじってるとこだから。あ、でもよく考えたら今のあたしの格好、神待ちしてる家出少女っぽくね? 街灯の下でスマホ片手に独りポツンと。
やだー、泊めてもらう代わりにエッチな要求されちゃーう☆ ったく未成年にケツの穴の小せぇ要求しやがってよ。ま、あたしも可愛い女の子泊めることになったら同じ要求する自信あるけどな! じゃあ……脱いで……?
(ま、未成年略取になって捕まるからやめようね! つーわけで悪いな不審者……)
スッスッとタクシーの番号を消し、いつでも110番できるようスマホを待機させておく。これで安心。ご厄介になりたくなければ、この場は穏便に済ませるこったな不審者さんよぉ。
さて、こんな時間にJKに声かけるおっさんのご尊顔はっと……?
「──今少し、お時間よろしいですか?」
「……」
服装の全体的なカラーリングは青。規律に則って着こなすその姿は、その人が所属する組織の意識の高さが窺える。腰に巻き付くベルトと警棒も素敵ですよ。穏やかそうなお顔もとってもダンディ☆
「このあたりで『ブツブツと独り言を呟いている不審者がいる』と通報を受けたのですが」
「……」
ぽ……ポ……!
(ポリスだーーー!?)
ごめんなさい不審者はあたしでした。おまわりさんはこの人です! 独り言に関しては、初めての恋の鼓動に動揺してたの許して☆ そんな説明できるわけねぇけど。
「とりあえず君、補導ね。もう未成年は出歩いちゃいけない時間だから。学生証は? ところで髪の毛の色すごいね、イマドキの子はそうなのかな」
「へぇっ!?」
っべー……いつも仕事終わりはスタジオからソッコーでタクシー直帰してたから油断してた……。
(あ、アカン……)
いや補導はアカンでしょアイドルとして! え、補導歴ってどれくらい残るんだっけ!? そもそも消えるようなもんだっけ!?
「えぇ、っと……い、今は持ってない感じでー……」
「じゃあ署まで来てくれる? そこで書類の記入がてら保護者に連絡するから」
いやーん、おじさまったらやり取りがスムーズぅ~。そんなにあたしを補導したいのかぁ! お勤めご苦労様です! うわーんなんでこんなピンポイントにポリスが来るのさぁ!
あたしが半泣きになっていると、お巡りさんはキュッと帽子をただしつつ朗らかに言う。
「それに気を付けてください。最近、よくここで不審者が目撃されていますから。なんでも、目付きの悪い男だの、下駄をはいた天狗だの、森の中で揺らめく黒い和服を見た、だのと。まぁ定かでもない情報なのですがね。ハハハ」
おうもう許さねぇからな安綱ァ!
(こ、こうなったら……!)
今後のためにも、サツに世話になったっていう事実を残すのはまずい。ヤ、ヤるしかねぇ!
(あたしの魔法で、笑顔でお帰りいただくしか……!)
さすがに既にピンク髪を晒しているとはいえ、魔法少女コスに変身して魔術を使うわけにもいかないし! 頼れるのはもうこれしかない!
や、やるぜぇ……? いまだ直接人に魔法をかけるとなると眩暈がするけども、背に腹は代えられぬ!
(それに──)
トラウマしか残っていない、というわけでもない。それはつい先日までの話だ。
……今は、彼からもらった薫陶がある。積み重ねさせてもらった自信がある。
(だったらいつまでも──!)
おんぶに抱っこは、ダセぇからな!
あたしに"王の器"を見出だした、あの天下五剣殿に恥じぬように!
「すー……はー……」
「あの?」
身体に巡る魔力を声に乗せ、あたしだけに許された魔法を紡ぐ。
練り上げる魔力は微量。強制力は抑えめにしたワードをチョイス。あくまで穏やかに事を運ぶ……!
──よし、今!
「こほん……すみませんお巡りさん。見逃して☆」
「え……」
どうだ……!?
「……」
「……」
お巡りさんはキョトンとした顔で、あたしを覗き込んでいる。
今のところ、瞳の奥に光が見える。あたしの魔法で茫然自失にはなっていない。
(せ、成功……?)
成功だったら、笑顔であたしのことを全肯定して見逃してくれるはず。さぁさぁ、あたしの魔法に免じて笑ってこの場を──、
「いや……さすがに見過ごしたらおじさんが怒られるからねぇ」
「……は?」
ん?……え?
「……なんで?」
「え、仕事だからかな……」
ん!?
お、おかしいな……なんでずっと困惑顔なのさ。あたしの魔法にかかったら、使った魔力が超微量でも頬は緩んでくれるのに。
(……不発?)
そんなバカな。
少なくとも、今まで自分の魔法が不発に終わったことなんてない。魔力だってキチンと声に乗せたはずなのに……。
「……大丈夫かい? ほら、寒いし署まで行こうか」
「──」
初めての事態に頭がうまく働かない。こんなことって……!
(ま、まずい……このままじゃ本当に補導される!)
嫌な汗がダラダラと流れ落ちる。
うわーん! また炎上の危機だよぉ!
「た、たしけて……」
思わず漏れる情けない声。
うおぉ神様仏様! どうかあたしに慈悲を……!
──カラン、コロン。
その時。
森の奥深くから、木が地を打つ雅な音色が聞こえてきた。
──下駄の音だ。
「ん? この音は……?」
お巡りさんもそれに気付き、視線を闇へと向ける。このおじさんには分からないだろうけど、あたしにはその正体がすぐに知れていた。
(あ、巷で噂の不審者様だぁ)
神様でも仏様でもない、それに仇なす鬼様だぁ。闇の中で赤い右目だけがぼうっと光ってこっちにゆっくりと近付いて来てんの最高にホラーしてる。プレ〇ターかよ。でもナイスタイミング!
「ふえぇ……」
「ん」
そうしてあたしが助けを求める声を上げれば、ぬぅっと影から姿を現わした戦鬼は一つだけ呼気を漏らし……、
「えっ!?」
「──」
──気付けば、いつの間にかあたしは彼に抱えられ、夜空を舞っていた。
一瞬。
まさに瞬き一つするより短い時間に、その逃走劇は完遂していた。
「これでよかったか?」
「お、おう……でも、あのお巡りさんはビックリしてんじゃないかな一瞬で姿が消えて……」
電柱から電柱へピョンピョンと飛び移る中、街の明かりがテールランプのように流れる景色を横目に彼を見上げる。
ナチュラルに慣性無視してるなー、とか。意外とお姫様抱っこって顔が近くなるんだなぁ……なんて思っていると、彼は面白くなさそうな顔して「ふん」と鼻息を鳴らした。
「案ずるな、ここ数分間の記憶を斬り飛ばしておいた。今頃あの人間は何も知らず見回りに戻っていることだろう。……我が刃を、あのような中年に向けたくもなかったがな。刃先が汚れる」
「そ、それはご面倒を……」
そりゃ国宝はなるべく汚したくはないよね。きょ、恐縮です……やってることは無茶苦茶だけど。
あたしが腕の中で縮こまっていると、彼は不思議そうに首を傾げる。
「どうした、いつもみたいにキャンキャンと喚いてこんか」
「う、うっさいなぁ……これでもピンチを助けてもらって感謝と引け目を感じてんの。あたしをなんだと思ってんだヨ……」
「……面白い女、といったところだな」
「はいはい……」
予想通りの評価どうも。まったくよー……。
「あ……ぁんがと……」
「気にするな。俺としても、折角磨き上げている最中の輝きに、泥を塗られたくはない」
「ぉ、ぉぅ……」
ふえぇ、真剣と書いて“マジ”な表情でこっちを覗き込むなよぉ……。
「さて、自宅の方角はこっちだったか?」
「あ、あい……おなしゃす……」
「任された。魔法使いといえど、たまには己が馬車を使っても罰は当たるまい?」
「……何、言ってんだよ……かっこつけんな、ばーか」
「ク、ハハハ」
愉快そうに笑って、彼は一際高く跳ぶ。こちらの目を楽しませるようにして。
「……」
その間あたしは、またドキドキと鳴り出す胸を抑えるのと、赤くなった頬を隠すのに苦労しっぱなしだった。
(それにしても……)
……なんであたしの魔法、不発だったんだろ。
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