第262話「それで”お友達”は無理がある」
「いやアレ絶対あたしのこと好きだわ」
「え、えー……?」
神妙な面持ちでそんなことを言う吉良坂先輩に、私、薄野綾女はどっち付かずな反応しかできなかった。
「困るんだよねぇ、アイドルは恋愛禁止だってのに。なのにあんな『お前の夢は誰にも笑わせん(キリッ)』みたいなさぁ~。あんなんもうあたしのこと好きじゃん」
「あ、あはは……」
刃君なら言いそう……それも真顔で。
容易に想像できるそんな彼の姿を思い描きながら、机を挟んだ先輩の対面に座り込む。
休日の午後。いつも通りお店の手伝いをしていたら、急に先輩が来店してきて「薄野ちゃん助けてー! オッギャー!」と泣きつかれたのだ。
ちょうどランチタイムも終わったあたりだったので、ママも「お菓子用意するから、部屋で食べてらっしゃい」と言ってくれて、こうして私の部屋で先輩のお話を聞くことになったんだけど……、
「えーっと……だ、大丈夫ですか先輩?」
「いや無理。初めての薄野ちゃんのお部屋に興奮を禁じ得ない。枕をテイスティングしても?」
「ダメです」
そういうことが聞きたかったんじゃないんだけどなぁ。
先輩は長い黒髪(ピンク髪を隠すためのカツラらしい)を振り乱し、いつもはどこか得意気な色で輝いているその瞳を、まるでお腹の空いた肉食獣のように血走らせて私の部屋を見回している。
好きな女の子のお部屋に入った男の子って、こういう感じなのかな? あ、でも刃君はだいぶ落ち着いてたっけ。クリスマスの時は抱きつかれちゃったケド……。
「こ、こほん……」
若干自爆気味にドキドキしてしまったので、私は切り替えるように咳払いをしてから、湯気を立てるマグカップを傾ける。
深煎りさせた豆の濃い苦味、それに含まれた豊富なニコチン酸が私の身体に行き渡り、ほうっとリラックスさせてくれる。うん、美味しく淹れられたかな。
よし、と心の中でガッツポーズし、いまだキョロキョロと部屋を眺める先輩に声を掛けた。
「それで、先輩? 『助けてー!』っていうのは……?」
「ん? ああ、まぁさっきまでのは冗談として……あの仲良し三人組の慣れないテンションにちょっとビビっちゃってね。くっ、吉良坂組次期組長のあたしがブルっちまうとはよぉ……あ、クッキー美味しい!!」
本気で悔しそうに、先輩は唇を噛む。すぐにその唇は洋菓子の甘さで綻んだけど。
まぁ先輩のお話を聞く限り、あの鬼さん独特の言い回しがいつも通り炸裂したんだろうと思う。あれほんと心臓に悪いよね。
なんて言うんだろう。他人を褒めるのは良いことなんだけど、言い方がね……ド直球というか、ほとんど口説いてるというか。
なんだったら私のクラスの女の子もたまにクラスのお仕事とかで刃君に話しかけるんだけど、その時にたまに……たま~に歯車が噛み合うと、そういうのが彼の口から飛び出て、それでときめいちゃう子がいるんだよね……。
「はぁ……」
もうほんと、彼は悪い鬼さんだよ。バレンタイン近いし、ちょっと心配。それを隣で見せられる私の気も知らないでさ──って、いやいやそうじゃないから……。
でもちょっと意外かな。先輩ならそういうの慣れてそうだと思ってた。元の経歴を知らなくても、先輩って結構モテてたし。
「先輩って、元アイドルなんですよね? ファンレターとか応援の声とかで慣れてそうですけど」
首を傾げて聞けば、先輩はお菓子を頬張りつつ手をヒラヒラと振る。
「そりゃあ賞賛は腐るほどいただいたし、ラブレターもちょくちょく貰ってたけどさぁ……なんかあのポン刀、質が違うくない?」
「質、ですか?」
褒めることの質ってなんだろ……。
不思議な語感に首を捻っていると、先輩も同じように首を捻る。
「なんつーの? こう、色が無いんだよね。人間的じゃないって言ってもいいんじゃないかな」
「に、人間的じゃないって……」
「いやでもそうだべ? ファンの応援はつまり『お前これからも頑張れよ』ってことで、将来的にファンにはその頑張りで還元されるものだし、ラブレターだって『だから僕のことを好きになってください』って願望込みだし。それがあのプレイボーイと来たら……あー、分かった。なんでこんなにイラつくのか。あいつ、あたしに全然期待してないんだわ」
先輩はそう言って、クッキーの塊を噛み砕く。鬱憤を晴らすように。
「要するにナメられてんだわ。対等だと思ってないからこそ歯に衣着せない物言いができるし、歯の浮くような台詞も平気で吐けるのね……なにそれ女の敵じゃん……」
「あー……そういうところ、確かにあるかも……」
「っしょ!? こんな屈辱初めてだぜぇ……モテ散らかしてるあたしにとってはよぉ!!」
先輩は随分、プライドが傷付いたみたい。頬が風船みたいに膨らんでる。
でも申し訳ないんだけど……そういうところ、ちょっと刃君と似てて微笑ましいかも。彼も、自分は特別だって自負してて、侮られたらすっごく怒るし……ちょっぴり、子どもっぽくて可愛いよね。
「……今、すっごい薄野ちゃんからママの気配がする。クソガキを見ても『元気ねぇ』の一言で包み込む母性をひしひしと感じるぜぇ……やっぱおっぱいがでかい女は違うな」
「む、胸の大きさは関係ないと思いますけど……先輩だってスタイル綺麗じゃないですか?」
「まー、あんまり脂肪つけると服のデザイン選ばざるを得ないし。ライブで着る衣装の幅を広げんのに、そこんとこは気を付けてるけどさー」
何でもないようにそんなことを言って、コーヒーに口を付ける先輩だけど……その言葉を聞いて、結構ビックリしちゃった。
だってそれって、日常的に自分を律していないと出ない台詞だから。私も試食を多めにした時とかはたまにダイエットするけど、日常的な体調管理を仕事に組み込むなんて、そんな厳しいこと、きっと身体と心が保たない。
多分、今の先輩は活動を休止してるけど、そういった“今できる努力”はずっとずっと続けているんだ。
いつでも、アイドルとしてファンに応えるために。
──いつかまた、輝ける日のために。
だったら、私も応援しなきゃ。少しでも、二人の関係が上手くいくように。
「……確かに、刃君って他人には全然期待しないタイプですけど、多分先輩のことはそれなりに期待してるんだと思います」
「えー、ほんまにぃ?」
胡散臭そうにする先輩だけど、私は確信を持って頷いた。少しの微笑みと共に。
「あの鬼さんは、宝物が大好きなんです。人間のことは大嫌いなのに、その心の中にあるキラキラしたモノにすっごく惹かれるんです」
「……」
私の時も、そうだった。
「きっと信念とか、矜持とか。そういう目には見えない眩しいものを持っている人のことは、刃君はそう嫌いではないんじゃないかと思います」
それに……、
「本当に先輩に期待していなかったら、あの気難しい鬼さんが『力を貸す』なんて口が裂けても言いませんよ」
彼は、自分の力がどういうモノか熟知している。それがもたらす影響も。関わった相手の人生を大きく歪めるって、彼もどこかで分かっているのかもしれない。
だからこそ……それに見合う相手には素直に賞賛を口にするし、厳しいことだって口にするのだ。
「だから先輩のこと、全く期待してないなんてことはないと思いますよ? むしろ逆かも。先輩って、すっごくキラキラしてますからね」
私がクスリと笑って言えば、先輩は少しだけキョトンとした後……力を抜くように、ふっと笑った。
「……まいったね、こりゃ」
「あ、ごめんなさい……なんだか、語っちゃって」
「いんや、いーよいーよ。あいつのこと、ちょっと理解できたし。……薄野ちゃんの、彼に対するクソデカ感情もね」
「え?」
「なぁ~んでも~~~」
ボソッと何か聞こえたけど、先輩はマグカップを手にはぐらかしてしまった。
「ま、ここは薄野ちゃんの乙女な顔を立てて、気持ちを整理させとくよ。話聞いてくれてあんがとね」
「い、いえいえ……えっと、頑張ってくださいね。色々大変だと思いますけど……」
「それなー……どうしたもんかねー……」
一区切りついたかと思ったら、また頭を抱え出す。色んな立場にいる先輩は大変だ。
「魔法、ですよね?」
「とりあえずはね。昔は知らないまま暴走してトップ取っちゃってとんでもない恥を晒したけど……今度はキチンと使いこなせるようになって、最高のパフォーマンスでファンの皆に笑ってもらうのが理想かな」
ふふ、こういうところなんだろうね、刃君が期待を寄せてるのは。今の夢を語る先輩、すっごく燃えてて、眩しいや。
でも、少し気になった部分があった。
「魔法は使うんですね?」
「いやそれな……」
その疑問に思った部分を口に出せば、先輩も少しバツが悪そうな様子で頭をかく。
「それってズルじゃねー? と思わなくもないけど、それ含めて魔法使いであるあたしだからね。魔法使って結果残さないと留学させられるし。それに……」
言葉を区切って、先輩は悪戯っ子みたいに笑う。
「人を楽しませる才能を持ってるのに、出し惜しみして知らんぷりするのってさ……なんか、もっとダサいじゃん?」
「──」
結局は、エゴの問題なんだと思う。
切っても切り離せない、自分だけが持つ特別な力。それを使って何を為すか。
アイドルという職業は、確かに競争率が高い。でもそれはアイドル側の問題であって、言ってしまえば応援する側の問題じゃないのだ。
だったら……目の前のアイドルは、それを躊躇無く行使する。全霊を賭して。
力を持つ者の責務として。今まで応援してくれていた人達に、今まで以上の最高の笑顔を浮かべてもらうために。
「……ふふ」
「う、あたしとしたことがキメ顔すぎたな……惚れてもいいぜ?」
照れ隠しでそんなことを言う先輩に、もっと笑みが深くなる。
だって、似てるから。
特別な力だろうと何だろうと、それで大切な人が笑顔を浮かべてくれるのなら何一つ躊躇わない。そんな割り切った強さを持つ……あの鬼さんに。
確かに魔法について知ってしまえば、思うところもあるのかもしれない。
だけど……“皆の笑顔のために”頑張ることは、きっと良いことだと思うから。
「まー大丈夫、大丈夫。軽いエッセンス程度にしか使わない予定だから。さすがに、それだけで登り詰めるつもりはないよ。それに昔は魔法なんて自覚しなくても、あたしはその時を全力で頑張ってたんだし──ああ、こういうのが、“自分を信じる”って感覚なのかもね」
先輩は言葉の途中で、胸に手を当てる。自分の中にある大切なものを確かめるように。
きっとその大切な何かは、ずっとその胸にあったもの。特別な力を前にしても決して振り回されない、ズシリと重い何か。
それをほんのりと自覚した先輩は、すごく……、
「ふ、なんか……ちょっち、やる気出てきたかも」
すっごく、キラキラしてるや。
「あ゛―! でもなんかこういう真面目な空気って性に合わないんだよねぇ!! というわけで箪笥を漁るぜ!!」
「ちょ──!?」
だけど、一瞬でそんなキラキラは霧散して、先輩は勢いよく立ち上がり箪笥を漁る。
「ここにはぁ……? ふー!! おぱんちゅでゃー! ぶるるぁぁぁもあるじゃーん!……いや改めて見るとでけぇな……おぉほんとでけぇな……!!」
「きゃー!? きゃー!?」
私の下着を広げて掲げる先輩に悲鳴を上げる。刃君でもそんなことしな──あ、お泊まりした時にしてたね。あれ、私の交友関係って結構ダメダメな人ばかり……?
私が交友関係を戦いて見つめ直している間にも、先輩はしみじみと何かを言っている。
「あたし巨乳も好きだけど、当時ロリに支持されてたからぶっちゃけロリも好きなんだよね。だからロリ巨乳な薄野ちゃんがマジでドストライクっていうかさぁ……」
う、嬉しくないなぁ……そもそもロリじゃなくて高校生なんですけど。
「だからもうあのプレイボーイめぇ……あたしが最初に好きだったのに……!」
「ど、どうでしょう……」
実は十年前に一度会ってるんだって言ったら、多分先輩死んじゃいそう。
私が苦笑いして何も言えずにいると、先輩は歯噛みしつつ「こうなったらこのお部屋にあたしの痕跡を大量に残しちゃる……おらっ、ベッドに髪の毛!」なんてして暴れている。
「おん?」
そしてその視線がベッド脇のチェスト上に──あっ!?
「なにこれ、写真立て──ひいぃぃぃいいぃぃぃぃぃ!!!???」
その写真を見た途端、先輩が腰を抜かして心底恐怖した悲鳴を上げる。私も羞恥で顔が熱い……伏せとくの忘れちゃってたぁ……。
振袖姿の私を抱き寄せる、同じく着物姿の刃君が写った写真を前に、先輩はそれを指差して叫ぶ。
「おるやんけ! 童子切おるやんけ! オンアビラウンケンソワカ……破ァ!!」
魔法使いさんってお祓いもできるのかな……。
なにやら写真に向かって印を切った先輩は、一息ついて視線を切り……あ、そっちには……、
「ふぅ……安心してください。これで悪霊は去りまし──ひいぃぃぃいいぃぃぃぃぃ!!!???」
またも悲鳴を上げる先輩の視線の先には、クリスマスプレゼントとして彼から貰ったダンデライオンのミニチュアと、その中に立つ家族と彼の人形が鎮座している。
それを確認した先輩は白目を剥いて倒れ、ビクンビクンと身体を痙攣させた。
「こ、これが……清純そうなクラスのマドンナが実はチャラ男と付き合ってたのを知った時の感覚……!」
すごい限定的な感覚を先輩は味わってるみたい……。
「べ、別に私は刃君と付き合っては……」
モゴモゴと言えば、先輩は勢いよく立ち上がって諭すように言う。
「苦しいんじゃい! 一般的な女の子は付き合ってもいない男の写真を飾ったりお人形で新婚さんごっこしたりしないの! アンダースタン!?」
「う──」
「え、してんの? 新婚さんごっこ……ツッコミ所のつもりで言ったんだけど……」
かぁっと頬が染まる感覚。若さゆえの過ちってやつだよね、うん……。
否定を返さない私に、先輩は「嘘だろ……」と言って窓の方へと後ずさる。
「新婚ごっこしたのか、あたし以外の男と……」
「あ、あぅ……」
繰り返さないで欲しいかな……。
だけど顔を真っ赤にして俯く私の態度に、先輩は「かはっ」と苦しそうに悶える。
「か、可愛い……けどこんな表情を浮かばせるあの男許せねぇ……どうすりゃいいんだこの胸に渦巻く愛しさと切なさと憎々しさと糸井〇里ぉ……!」
複雑そうに胸を掻き毟る先輩は、そのまま窓をガラガラと開けた後、写真に向かって指を差す。
「薄野ちゃんに免じて少しは見直してやるがぁ……あたしは絶対、テメーにメス堕ちなんてしてやんねーかんなーーー!! あと薄野ちゃんも渡さねーーー!!」
そうして先輩は可愛いピンクの衣装に変身して「アデューーー!!」と私に手を振り、窓から外に向けて飛び立つ。
「これで勝ったと思うなよぉーーー!!」
その綺麗な柘榴色の瞳から、涙をちょちょぎらせながらそんな言葉を残して。
「お菓子の追加持ってきたわよ~……てあれ、お友達は?」
「う、うーん……」
焼き菓子の盛られたお皿を手にやって来たお母さんに、私は曖昧に笑うことしかできない。
ま、まぁ理由はどうあれ、元気になってくれたのなら……それは良いこと、かなぁ?
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