第257話「お前もチタタプにしてやろうか」



 パチパチと火の粉が爆ぜ、大鍋から漂う味噌の芳しい香りがここ、ブルームフィールド邸の広大な庭に充満していく。

 日もとっぷりと暮れ、この場を満たすのは薪の燃える音と少女達のかすかな息遣いのみ。そんなどこか静謐な環境の中で……、


「さて熊を捌くのは初めてだが……まぁなに、同じ哺乳類であればその構造や配置された内臓なども人間とそう変わるまい。まずは毛皮を剥がねばな」

「ほんとに獲物狩ってきたこの眷属……う、グロ……」


 首を落とし、お屋敷の屋根から逆さ吊りにしてある巨大な熊に向けて刀を振るっていく。

 む、存外頑丈な毛だな。これではただの家庭用包丁では切れまい。調理の場で刀を使うことは許せ。

 そうやって俺がゾリゾリと毛と皮を削ぎ落としていく様子を、リゼット、刀花、そして折角の馳走なのでと夕飯に誘った綾女が庭に設置した大鍋の火で暖を取りつつ、神妙な顔をして眺めている。始めに口火を切ったのは刀花だ。


「目を逸らしちゃいけませんよリゼットさん。これが、命をいただくということなんですからね……! 食育!」

「あ──うん、そうだね刀花ちゃん。私も将来は料理に携わる仕事に就くんだから、きちんと見て勉強しておかないと……!」

「逞しいわね二人とも……吸血鬼的に血は見慣れてるけど生肉とか内臓はちょっと無理……」


 さすがに衝撃的な光景なのか、刀花に唆された綾女はこちらを懸命な瞳で見守っているが、リゼットは「あーあー」と言いながら目と耳を塞いでいた。


「……ねぇ」


 そして、そんな中で更に新たな声がかかる。


「魔法少女の横で熊捌くのやめてくんない? これってどういう絵面──いやちょっ、硬い毛が飛んで! なんなら血がビチャビチャこっちにー!?」

「その衣装がより鮮やかに染まってよいではないか?」

「ピンクじゃなくて深紅じゃないですかやだー!」

「騒ぐな。お前もチタタプにしてやろうか」


 ぶら下がった熊の横で、文句を喚き散らすピンク色の魔法少女の姿がある。そしてその手足は、俺が造った鎖で縛られていた。

 見ての通りこの者は現在、虜囚の身だ。

 なにせ、不遜にも我が主と所有者の前で『童子切安綱を貰い受けに参った!』と言ったのだからな。つまり、この者は我等にとって盗っ人というわけだ。

 愛娘である彼方にさえ『眷属は私のもの』とキレたことのあるリゼットだ。堂々と我が身を奪うと告げるなど、宣戦布告にも等しい所業。この処遇はむしろ当然と言える。

 ……まぁ、この魔法少女の知己である綾女は捕縛してからずっと『解いてあげてよぉ』と嘆願しているがなに、その温情に報い鎖は緩めに設定したとも。

 そんな縛られた魔法少女・吉良坂は華奢な身体を落ち着きなさげに前後に揺らしつつ、じっとりとした目でこちらを見上げた。


「つーかこれ、なに熊なん?」

「知らん。越冬のための餌が足らんかったのか、外で樹皮を剥いでいるところを捕まえたのだ」

「ほーん……っていや、胸のところ普通に三日月型の模様あるし。パーペキにツキノワグマじゃん?」

「そうなのか」

「知らんのー? 結構な高級食材ぞ? そもそも、この子の頭どこ行ったん?」

「襲ってきたのでな…………握り潰した」

「ヒエッ……」

 

 脳味噌はそう悪くない味だったぞ。


「さて、毛と皮はこんなものか」


 青ざめてなんとか後退りしようとする吉良坂だが、まだまだこんなものではないぞ。

 ツルンと皮の剥けた、生々しいピンクを晒す熊に対して刀を消し、俺は弓を引き絞るが如く拳を構えた。


「我流・酒上流暗殺術──貫刀一殺かんとういっさつ


 ズンッッッと。

 その腹に向け、我が拳を指から突き立てる。そうしてズルズルと邪魔な内臓を引きずり出していく。さすがに少女達にこれらは食べさせられない。何が混入しているか分かったものではないからな。

 だが、同時にその全てを棄てるにも忍びない。先程、我が妹の口から"食育"という言葉が出たばかりだ。運悪く狩られたこの個体も、全身を使ってやらねば浮かばれまい?


「カハァ……」


 というわけで、俺は大きく口を開け──、


「ガジュ、グジュルルル……ブチブチブチ……」

「あたし、この光景を山で見たら余裕でおしっこ漏らす自信ある。なんだったらもう既に漏らしてるかもしんない」

「あー! あー! 聞こえなーい!」


 まだ熱い血潮と共に、新鮮な臓腑をそのまま我が胃袋へと落としていく。顔面蒼白なまま淡々と呟く吉良坂と、目と耳を塞ぐリゼットの悲痛な声が聞こえるが……"食育"だぞ。

 うーむ、それにしても脈打つほどに滴る肉……焼いたものもいいが、たまにはこういった野趣あふれる肉も悪くないものだ。

 その味に満足して頷きつつ、大鍋の方へ振り向き口を開く。


「先に珍味を堪能してしまってすまないな、少女達よ」

「お、お構いなくー……」


 綾女すら、口から血とその他諸々の液体を滴らせる鬼の姿にドン引きした様子を見せる。刀花は過去の逃亡生活で見慣れているため、余裕の表情だ。むしろ着々と高級食材が準備されていく様を見てワクワクすらしている。


「ゴクン……なるほど、肉質は理解した。脂は多いようだがあまり重くはない。鍋にして正解のようだ」


 このサラリとした甘い脂ならば、鍋に放り込めばよく出汁や具材に染み込むことだろう。


「少々臭みはあるが……鍋の方はどうだ、刀花?」

「むふー、臭い消しのためにたぁっぷりと味噌を投入してありますよ!」

「さすがは俺の妹だ」


 舌をペロリと出し、腕まくりをしてこちらに笑みを返す刀花。その琥珀色の瞳は次の工程へ向け情熱に滾っている。


「それでは兄さん……しますか──チタタプ!」

「マスターと綾女はどうする」

「私はパスで……」

「私は……うん、頑張るよ!」


 胸を悪そうに押さえるリゼットは棄権し、綾女は食に携わる者として使命に燃えていた。その意気やよし!


「ふ──!」


 彼女達の熱に応えるように、小さな呼気と共に手刀を一閃する。そうすれば、バラリと細切れとなった肉と骨が、下に敷いておいた鉄板にボトボトと落ちていった。

 そうして鉄板を手頃な台に乗せ、三人で仲良く横並びになり、振りやすいよう改良した小太刀を二本手にし……、


「「「チタタプ、チタタプ」」」

「これなんの儀式なん?」


 トンタントンタンと、小気味良い音色と共にこれを言いながら刻んでいく。吉良坂はこの光景に頬をひくつかせているが、こうするのが作法だと妹が言うのでな。


「ジビエ作る童子切安綱なんて聞いたことなーい……」

「高性能であろ?」

「えぇ……? うーん……まぁ、確かにぃ?」

「あげませんよ!」


 微妙そうながらも頷く吉良坂だが、それを見た刀花が牽制する。だが安心しろ。


「この俺が跪くのは"王"にのみだ。こやつには、まだまだその資質が足りておらん」

「元生徒会長じゃだめっすか」

「それも一つの頂であろうが、まだまだよ」


 そう、まだまだ足りん……"まだ"、な。

 そうやって愉快さに肩を揺らすこちらの仕草が癇に障ったのか、吉良坂はぷくーっと頬を膨らませて喚く。


「ぐぬぬぬ、じゃあなんで担い手でもない薄野ちゃんにもよろくしてんのさー!」

「友情は見返りを求めないからだ」

「おいおい顔に似合わずピュアボーイかよ……」


 まぁそれだけではないがな。

 こちらの言葉に嬉しそうに微笑む綾女を横目に、その本命を口にする。


「率直に言って、俺が薄野綾女という人間に恋をしているからだ。恋に落ちているのだ。好いた少女によくしたいと思うのは当然であろう?」

「はぅ……」

「ほ、ほほーう……?」


 赤面して一層作業に集中する綾女と、同じくなぜか頬を染める吉良坂。俺の肩入れする理由が理解されて何よりだ。綾女にもな。

 だが吉良坂は、そこでピクリと眉を上げる。


「ちょい待ち。え、君そこの吸血鬼ちゃんと付き合ってるって聞いたんだけど?」

「そうだが? む、なぜマスターが吸血鬼だと知っている」

「組合通して陰陽局に問い合わせしたー、んだけど……えっ」


 砕いた肉と骨をつみれにしながら、眉をひそめる吉良坂に適当に応対していく。


「……え、なに。薄野ちゃんと二股しようってこと?」

「違うな」

「おお、一瞬そうかと思ってあたしゃびっくら──」

「──主と妹、そして綾女と男女の関係になるのが今年の目標だ」

「テンメェー! 正義の魔法少女が成敗しちゃる!!」


 拘束されたまま暴れだす吉良坂。

 目を三角にして、義憤に燃えておるわ。


「倫理観ちゃんを平安に置いてきたんかー!? ゆ、許さねぇからなオレらの薄野ママをよぉー!」

「先輩、私いつの間にママになってたんですか……?」


 話を聞いていた綾女が首を傾げるが、これについては俺もたまに聞く話だ。

 委員長気質である綾女にオカン属性? だの母性を感じる、だのとな。恐らくそれのことであろう。


「す、薄野ちゃんはそれでえぇんか!? なんか平然として──」

「綾女、好きだ」

「や、やめてよ刃君……もぉ……」

「え、なに、これは……え? 薄野ちゃん?」


 両手に小太刀を握っているため、綾女は恥じ入るように前髪で瞳を隠すように俯く。だが、その満更でもなさそうな態度に、吉良坂が愕然とした色をその顔に宿した。


「は? え、なにそのあたしの前では見せなかった恋する乙女みたいな、女の子女の子した顔は……え、まさか……マジで……?」


 なぜ貴様の前でそれを浮かべると思ったのだ?

 疑問に思いつつ俺も首を傾げていれば、吉良坂は勝手にプルプルと戦慄き……、

 ……そして、泣いた。


「い、いやじゃあー! 返せよぅ! あたし達のピュアピュアで純朴でロリ巨乳薄野ママを返せよぅ!! あの男っ気のない天使みたいな奇跡の存在である薄野ママを返せよぉーーー!」

「知るか」

「アイドルに彼氏さんがいたことが分かった時のファンみたいですね……」

「私はちょっと複雑かも……先輩そんなこと思ってたんだ……」


 手足を鎖で縛られながらも、芝の上を転がり始めたぞこやつ。

 話を聞けばどうも、ボランティアを通して綾女にはかなりの信奉者がいたらしい。まぁ綾女の魅力がそうさせるのは、むしろ当然の帰結であったな。

 その事実に頷いていると、転げ回る吉良坂が怨嗟の声を上げる。


「うぅ、あたしだけが……会長の権力を振りかざしてあたしだけが薄野ママにオギャることができていたというのに……!!」

「そんなことをしていたのか?」

「え、いつのことかな……?」


 キョトンとする綾女に、ショックを受けた様子の吉良坂が早口で捲し立てた。


「しょ、正面から抱き付いたら『よしよし』ってしてくれたじゃーん! そのかいでーなパイオツにまるで母のように顔を埋めさせてくれたじゃーん!?」

「あー……よくある女の子同士のスキンシップかと……」


 綾女が冷や汗を浮かべながらポリポリと頬をかく。

 確かに、我がクラスでもそういった接触をおこなう女子生徒は稀にいる。綾女にとっては、とかく特別なことではなかったというわけだ。


「は、とんだ勘違い信者だったというわけか。哀れな」

「な、なんだかすみません先輩……」

「う、嘘だぁ……あ、あたしのママは……あたしのママはそんなこと言わねぇー!」


 貴様のママではないのだからそれはそうだろう。


「うっ、うっ……推しが……あたしの推しが寝取られたぁー……」


 ピタリと動きを止め、横たわりながらさめざめと泣く魔法少女推定十八歳を尻目に、完成したつみれをボチャボチャと鍋に投入していく。骨と血もたっぷりと詰め込んだ肉だ、具材や出汁にも良い脂が染み渡るに違いない。


「ぐす……よりにもよって三股男とかワケ分かんねぇよぉー……くぅっ、な、納得しているのかね君達ぃー!」


 往生際悪く、その矛先が今度はリゼットと刀花に向く。

 それに対し、ずっと冷めた目で吉良坂を見つめていたリゼットが鼻息を鳴らして金髪を払う。同時に刀花も頬にチョコンと、その指を茶目っ気たっぷりに当てた。


「納得しているわけないでしょう? もし一瞬でも私を蔑ろにしてみなさい。殺すわ」

「兄さんは妹が一番に決まっていますので、特に争う理由はないですかねー。ね、兄さん♪」

「え、なにこの胃が痛くなる感覚。これハーレムものじゃないんかー?」


 彼女達の言い分に、吉良坂は困惑してこちらを見るがなに、簡単なことだ。


「このような至宝の少女達と男女の関係になるのだ。俺の身分など、最下位に決まっている。むしろそうであるべきだ」

「ドMなん?」


 違うな、筋道の話をしているのだ。


「彼女達は俺の“王”だ、これは絶対である。そしてそれと同時に、俺は彼女達の恋人であり、兄であり、眷属であり、友であり、臣下であり、家族なのである」

「いやよりワケ分かんねぇ~……」


 ふん、凡俗には分かるまい。そして理解も求めていない。

 そもそも、一つの枠に無理矢理当てはめたがる思考すら矮小な人間風情に、俺達の関係など到底理解できまいよ。


「とにかく。ただ一つ確かなことを言うならば、俺は彼女達の下僕であるということだ」

「……そんな手広くやってんならさ、じゃあ別にあたしの物にもなってよくない?」

「断る」

「なんでじゃー!?」


 すげない答えに、再び暴れ出す吉良坂。

 俺は鍋を大きな木製のヘラでかき混ぜつつ、その姿を視界に収める。鼻で笑いながら。


「当然。お前が“弱いまま”だからだ。それが全てよ」

「ぐおぉぉ、言い返したいけどなんも言い返せねぇー! そもそも腹が減って力が出ないんだわー!」


 ほう、その程度の思慮はあるのか。腹のことは余計だが。


「あら、良い香り」


 リゼットがツンとした鼻を動かしている。

 まぁ確かに、中庭に芳しい香りが立ち上り始めれば空腹を覚えるのもやむなしではある。


「どれ……」


 具材によく火が通ったかどうか確かめるべくお玉を投入し、つみれを上げてみる。見た限りではよい加減のようだが……。


「兄さん兄さん、味見ですか!?」

「ああ、だが待て。本当に食えるかどうかはまだ分からんからな」


 熊の調理など初めてゆえ、ここは慎重を期さねば。少女達の口には、美味なるもののみ通るべきだ。

 とはいえ、俺は料理に宿った感情をも貪る鬼。刀花と綾女がこれに手を加えてしまったため、これを食しても正常な判断はできまい。

 ならば……、


「ちょうどいい毒味役がいるな」

「えっ」


 ゆらりと視線をやれば、その者はビクリと肩を跳ねさせる。無論、この場で最もそれに適した存在である魔法少女だ。


「腹が減っているのだろう? なに、我がブルームフィールド邸では、捕虜は手厚く遇すると決まっていてな」

「鎖でふん縛ってるくせに嘘つけぇ!」


 減らず口を。だがすぐに塞いでやる。


「そうら、ガーネットよ。口を開けるがいい」

「おっ、テメーあたしの名前呼ぶとかいい度胸してんねぇ!……ってうぉい湯気! 湯気がバンバンに立ってるから! 本気!? 本気でいいと思っとるんか!? 魔法少女にダチョウ倶〇部させていいと思っとるんかー!? あれは互いの信頼あってこその芸であってあっっっっっっつ!!」

「で、どうだ」


 モグモグモグモグ……ゴクン。


「……マジレスするなら、もうちょい味噌が欲しいやね。あと骨の食感おもしれぇ~」

「だそうだ、刀花」

「ラジャーです! じゅるり」


 ビシッと敬礼を返し、刀花が赤味噌と白味噌をドバドバ投入する。

 その横で、綾女が唯一心配そうに吉良坂を見つめていた。


「だ、大丈夫ですか先輩?」

「ふー、ふー……いいんだぜ、薄野ちゃん。特に火傷もしてないし。それに今の瞬間のあたし、輝いてただろ?」

「そ、そう……ですね?」

「完成ですーーー!」


 吉良坂の意味不明な言葉に曖昧に頷く綾女だが、完成を告げる刀花の声にかき消されてしまった。


「器は行き渡ったか? では」

『いただきまーす』

「ちょいちょーい、ガーネットちゃんに行き渡ってないんですがー?」


 構わず椀を傾ける。


「ずず……ん、ほう……」


 そうすれば、椀を持つ全員が目を見開いた。リゼット、刀花、綾女も口々に感想を寄せる。


「へぇ……! これ本当にあのクマ?」

「初めての食感です! お肉の中で骨がコリコリして!」

「お出汁も脂が乗ってて仄かに甘い……ジビエ、いいかも……」


 よし、どうやら成功のようだ。俺もこれで一安心である。


「あたしのは?」

「お前の分はこれだ」


 綾女が謝りながら吉良坂の鎖を解き、俺はその手に小さなタッパを乗せる。皆の慈悲に感謝するがいい。


「これ持ってもう帰れ」

「そんなやることやってすぐ帰れってクソみたいな彼氏じゃないんだからさー」


 俺は今忙しい。貴様にかかずらう暇はもう無くなってしまったのだと知れ。


「ジン、赤ワイン持ってきて。これなら軽めのやつが合いそうだわ」

「兄さん、あーんで食べさせてください♡」

「刃君、これのレシピ詳しく教えてくれる?」

「承知した」


 頼みは三つ、返事は一つ。

 それらを時を止めたり、腕を伸ばしたり、腕を増やして紙に書き留めたりして同時に進行させていく。彼女達に使われる、俺にとって至福の時間だ。邪魔をされたくはない。

 そんな忙しなく動く俺の様子を、吉良坂は感心したような、同時にどこか呆れたような顔で見つめている。


「お、おう、マジで君が使われる側なんだ……」

「最初からそう言っているだろうが? 見て分かるとおり、貴様の入り込む余地など最早無いのだ」

「ぐぬぬぬぬ、羨ましい……! あたしもチヤホヤされたいー! あと普通に美少女三人相手にラブコメすんのも羨ましいぃー!!」

「なんだ貴様、女性が好きなのか」

「いんや、どっちにもチヤホヤされたいだけ。なんなら生徒会長になったのだって大部分は、“皆からチヤホヤされたかったから”だしね~、きらっ☆」

「帰れ」


 魔法使い検定の話はどこに行ったのだ。

 冷たく言えば、吉良坂は悔しげに頬を膨らませる。


「くっ、しょうがねぇ。今日はこれくらいで勘弁しといてやらぁ、あたしここから家遠いし。あ、薄野ちゃん、もう二パックちょうだい。うちのお母さんとお父さん用に」

「はーい」


 甘やかすな、綾女よ。こういう手合いは甘やかしただけつけ上がる。

 そうして綾女から更なるタッパを受け取った吉良坂は視線を鋭くし、大鍋近くにいるリゼットと刀花に向けて指を差した。


「やーやー! これで勝ったと思うなよじゃりん子娘達! それから童子切安綱も! 薄野ママはあたしのもんだかんなぁ! いずれこの熊鍋の礼はさせてもらうぜぇ……! アデューーー!!」


 ビッと手刀を切り、魔法少女はそんな捨て台詞を残し、すたこらさっさと夜の森へと消えていった……徒歩で。


「ずず……厄介なのに目を付けられちゃったわね、ジン」

「……そうだな」


 だが今は、目の前の馳走にあずかるとしよう。その方が有意義な時間の使い方だ。


「……うーん。やっぱりあの人、どこかで……?」


 それに。

 我が妹が、なにやら彼奴について考えを巡らせているようだからな。

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