第六章 「無双の戦鬼と、笑顔の魔法」

第252話「奇跡は知らないけど魔法はあるわよ」



『男の子だって、プリキ〇アになれる!』

「ぷ〇きゅあがんばえー」

「ぬーん……?」


 ……何やってるの、この子達?


 明日から三学期という、冬休み最後の日曜を迎えた朝。

 私、リゼット=ブルームフィールドが談話室の横を通り過ぎようとすると、なにやらポップなBGMと歓声が聞こえてきた。

 興味をそそられて部屋を覗き込めば……まず目に入るのは絨毯に胡座をかき、なにやらしかつめらしい顔で雑誌を読みふける私の眷属・ジン。

 そして彼の頭に腕と顎を乗せ、もたれかかりながらテレビに映る魔法少女?に向かってキャッキャと歓声を上げる彼の妹・トーカの姿だった……いやほんと何してるの? 頭打った?


「あ、リゼットさん」


 扉に手を掛けたまま硬直するそんな私に気付いたのか、トーカがこちらに向かって手招きをする。


「どうです? 一緒にプリキ〇ア見ません?」

「なんで?」


 いろいろなんで?


「そもそも、あなた別にニチアサ見るような歳でもないでしょ」

「あっ、ダメですよ? こういうことで年齢のことなんて言っちゃ。たとえおじさんだって、プリキ〇アになれますっ!」

「無理でしょ」

「あーあ、知りませんよ。今リゼットさんはプ〇キュアおじさんを敵に回しちゃいました。きっとツイ〇ターは大炎上です」

「私は別におじさんのことだなんて一言も言ってないんだけど……」


 言い出したのはトーカなんだから、あなたが勝手に燃えてなさいよね。その時には私も燃料撒いてあげるから。そうね、ジンとの熱愛写真をリプ欄に貼ってあげましょう……いやこの子なら普段からそういう画像上げてそうだわ……。

 現代っ子のネットリテラシーの低さに戦慄を覚えつつ、次に私は妹の生意気なバストを後頭部に受けながらも微動だにしない眷属に声を掛けた。


「それでジン? あなたはさっきから何読んでるの?」

「ひ〇こクラブとベ〇モ」

「なんで?」


 いやだからなんで?

 なんで急に育児雑誌を読み込む兄と女児向けアニメを見る妹が屋敷に出現──ああ、そういう。

 その理由に思い至った私は、腰に手を当て「もう」と嘆息した。


「リンゼとカナタに影響受けすぎでしょ。子育てを意識するにはまだ早いわよ、パパ?」


 冬休みに襲来してきた、大事な娘達。

 彼女達が元の世界に帰ってもう数日。まだ少し、あの子達の幻影を見るたび胸がチクリと痛むけれど……それでも私達は、前向きに未来のことを思えている。まあ、この眷属はだいぶ勇み足過ぎるみたいだけど。

 そんな彼は雑誌から視線を切り、こちらを見上げながら口角を上げた。


「予習するに越したことはなかろう? 俺はあの娘達に恥じぬ父になると、別れの時に誓ったのだ」

「あなたは予習よりまず冬休みの宿題をゴミ集積場から回収してきなさいな」

「マスター知っていたか? 赤子に蜂蜜は猛毒らしいぞ」

「無視しないの。あとそんなの当たり前でしょうが」

「やはりやるなら乳か……どちらが出す? 俺も出そう」

「『あなたは父親の出した母乳で育ったのよ』って言われる娘達の複雑な気持ち考えて?」


 自分で言っててなんだけど“父親の出した母乳”ってなに……え、こわい……。

 深く考えると頭がおかしくなりそうだったので、逃げるように視線をテレビに移す。カラフルな衣装に身を包んだ女の子達が、一生懸命に悪の組織と戦っていた。

 傷付きながらも、大切なモノのために戦う少女達。友情・努力・勝利と、まさに王道を征くテーマって感じね。画面にキラキラが溢れているわ。


「ふーん……これ面白い?」

「私もこういうの久しぶりに見ましたけど、結構“もえますよ”」

「どっち?」


 燃えるの? 萌えるの?

 でもこういうのって……、


「小さい子が見るならいいんだろうけど、なんか正統派過ぎて物語としては“浅く”見えない?」

「リゼットさんが深夜アニメを信奉するオタクさんみたいなこと言い始めました……高二病さんですか?」

「誰がよ」


 人を陰の者みたいに言わないで? あと今度出る国語辞典に“陰キャ”が載るって本当かしら……日本にこれから留学してくる子とか日本語覚えるのに苦労しそうよね……。


「まあでも確かに、見てもいないものに偏見だけで物申すなんて愚か者のすることだったわ。いいでしょう……ジン? 紅茶を。ミルク多めでね」

「承知した」


 ソファに座りながら眷属に命令を下す。

 馥郁たる香りを放つキャラメル色の滝がカップへコポコポと流れていくのを視覚と嗅覚で楽しみながら、私は絨毯にペタンと座る妹と共に鑑賞へ移る。

 さて? とはいえ女児向けのアニメが、この貴族である私の肥えた目を楽しませることができるのかしら? 具体的に言えば私、今期のアニメはだいたい見てるから。好きなジャンルは“き〇ら系”よ。


「そら、我が主」

「ありがと」


 ま、楽しんでいるトーカの手前、採点は甘めにしてあげましょう……。

 そんなことを考えながら、私はジンの淹れてくれたモーニングティー片手にアニメ鑑賞へ意識を傾け──、


 ~数十分後~


「「ぷ〇きゅあがんばえー!」」

「落ちたな」

「はっ!?」


 目を細めて言うジンにハッとする。私、いつの間にか無意識で応援を……!?

 そんな私の顔を見るトーカの「どうですか!」と言わんばかりのドヤ顔に気まずい思いをしながら、私は咳払いをして誤魔化した。


「ま、まあやっぱり押さえるべき所は押さえているわよね。“そうそう、こういうのでいいのよ”って感じ?」

「ラーメン屋さんのちょっと意識高いレビュアーさんみたいになってます……」

「う、うっさいわねぇ……」


 プイッと、トーカから目を逸らす。でもやっぱり面白かったわね……円盤とか売ってるのかしら。

 私が影でスマホをポチポチする中、トーカは興奮したように鼻息を鳴らしている。


「むふー、やっぱりいつの時代でも魔法少女は女の子の憧れですよね!」


 歳は考えて……ああ、この言い訳も使えなくなっちゃったわね。そう、どんな歳になっても、憧れは止められないのよ……。


「ま、本物の魔法使いや魔術師は苦労しがちだけれどね。資金繰りとか、派閥争いとか」


 研究に使う触媒も高価な物とかあってピンキリだし。

 それに個人のセンスに依る部分が大きい“魔法”ならまだしも、継承と同時に高みを目指す“魔術”はほぼ学問だから、あれってお金がかかるのよねぇ。アニメの世界とは大違いだわ。


「……」

「……え、なに?」


 急に部屋に満ちた沈黙にスマホから顔を上げれば、トーカが目をパチクリとさせてこちらを見、ジンも「ほう……?」と物珍しげに顎に手なんてやっている。

 え、何かおかしなこと言ったかしら……?

 首を傾げていると、トーカが大きな目をしたままポツリと呟いた。


「……魔法使いさんって、実際にいるんですか?」

「え?」


 いるけど……なんならイギリスに有名な魔術学校もあるけど。

 私がコクンと頷くと、トーカは「おぉ~!」と琥珀色の瞳を一層キラキラとさせた。


「え、知らなかったの? 日本にだって陰陽師とかいるじゃない」

「違いますよぉ~! 陰陽師さんと魔法使いさんとじゃ、ちょっとニュアンスが違うんですよぉ~!」


 そ、そう? 私はよく分かんないけど。

 というか、その様子を見る限りジンも知らなかったみたい。なんだか意外かも。


「ジンは見たり戦ったりとか、ありそうだと思ったけど」

「どうだろうな。どのような系統樹にある術を使おうが、俺の前では等しく無に帰す。過去に会ったことくらいはあるのかもしれんが」

「ああ、そう……」


 あなたってA〇B48とか見ても「全員同じ顔に見える」って言っちゃうタイプの人だものね。真面目に修行してる人が可哀想……。


「リゼットさん、リゼットさんっ。それってどんな人達なんですか? 教えてくださいよう!」

「え、まあ……い、いいけど?」


 熱を上げて聞くトーカに、少し得意になる。

 ふふ、たまには私が教える立場になってあげようかしらね。デキるご主人様らしく!

 私は紅茶を一口飲んで唇を湿らせ、興味津々といった雰囲気でこちらを見るトーカに向けてピンと指を一つ立てた。


「まず魔術師ね。これはあなた達で言う“霊力”……魔術師の言い方にすれば高い“魔力”を持って生まれ、系統化された知識や技術を修めた人間達のことを一般的にはそう言うわ」


 さっき学問って言ったのは、その側面が強いからね。

 積み重ねた歴史、連綿と受け継いできた魔術師としての血、技術、知識、適正……うんぬんかんぬん。


「昔と違って表の世界には出てきてはいないけれど、その者達は確かに存在するわ。科学的な視点からではなく、神秘をそのままの神秘として究明し、世界の真理を見通そうと日々研鑽を積んでいるらしいわ」

「真理?」


 腕を組んで聞き入っていたジンが、胡散臭そうに言う。


「なんだ、その真理とは」

「さぁ? 世界の成り立ちとか、神話の証明とかじゃないかしら。そもそも、それが具体的な形として分かってれば私が魔術師の王様になれちゃうわよ」

「ククク……面白そうだな。なってみるか?」

「えっ」


 ジンが、右目に宿る紋章にぼうっと赤い光を灯して聞いてくる。

 あー……。


「……やめとくわ、興味ないし。魔術師界隈に殺されそうだし」

「ふ、それは残念。俺は少々興味があったのだが」


 肩を竦めてクツクツと笑う“童子切安綱マジックアイテム”に顔が引きつる。

 こっわ。ほんと私の眷属って底が知れないわ。今度この子のマニュアルをこの子に作らせておこうかしら。プロパティ表示して?


「……普段あんまり深く考えないようにしてるけれど、あなたってやっぱり結構ヤバいマジックアイテム?」

「さて、それは“童子切安綱おれ”の担い手が決めることだ。刹那の間に人類を鏖殺し、世界の法則さえ戯れに斬り裂く道具が、そうであるというのならな」

「……取扱注意って、マニュアルに書いておかなきゃ」


 あと秘匿ね。

 現代の日本にどれだけ魔法使いや魔術師がいるのかは知らないけど、あの人達って結構学者気質だから……童子切安綱なんて二つと無い“マジックアイテム”を見たら目の色変えて欲しがるわよきっと。


「……そういえば、陰陽局から回収命令が出てるんだっけ、あなた?」

「そうだな。まあ我が身を有象無象風情に明け渡す気もない。俺は一生、主と妹だけのモノだ」

「むふー、あげません!」


 所有権を主張するように、トーカがジンに抱きつく。はいはい、そうね。私も渡す気ないから。


「ふぅ……」


 魔術師の話はこんな感じかしら。

 切りのいいところで、紅茶で喉を潤す。あとは魔法使いについてだけど……、


「魔法使いは、“魔力の高い人間”って部分では魔術師と同じだけど、決定的に違うのは、その人が最初から異能を持って生まれてくるってところね」

「おぉ! なんだかカッコいいです!」


 特別感を感じたのか、トーカが歓声を上げる。その感覚は、おおむね間違いでもない。


「これまでの魔術理論では再現できない、説明のできないチカラを持つ人間。日本で言えば“超能力者”に近い感じかしらね。体系化された力しか振るえない魔術師にとっては、憧れの的らしいわ」


 というか……、


「興奮してるようだけどトーカ? あなただって特別高い霊力を持って生まれて、童子切安綱っていう替えのきかない、他に再現できないチカラを振るえるんだから、広義的な視点で見たらあなたも魔法使いにカテゴライズされちゃうんじゃないかしら」

「なんと! 私って魔法少女だったんですか!?」


 そもそもハロウィンでそれっぽいことしてたのに、自覚無かったのねこの子。


「兄さん兄さん! 私、魔法少女なんですって! シャラララ~ン♪」

「ククク、よかったな。妹が望むのならばこの妖刀、少女の憧れを彩る魔法ステッキにもならん」


 あー、“魔法少女”って響きと“妖刀”がアンマッチすぎて全然メルヘンじゃないわね。イメージが繋がらないわけだわ……。

 キャッキャとはしゃいで手を繋ぐ兄妹の姿に妙な納得を覚えつつ、話を纏める。


「魔法使いはそんな感じね。魔術師が世界の魔力の流れや法則を利用して魔術を使う一方で、魔法使いはそれだけじゃなく己を世界の一部としてそのチカラを振るうこともできる。要は自分の身体や神経自体が、魔法を出力するための一つの回路になっちゃってるのよ。これが替えのきかない理由」


 魔術師や魔法使いは家系の遺伝に依るところが大きい。魔術師は連綿と血を受け継ぐことも大きな使命だけど、魔法使いは一般家庭の中で突然生まれることもある。先祖に魔法使いの血が入っていて、それに気付いていない家などがたまに輩出していたりする。


「そんな珍しい魔法使いだけど、魔力を持っていることは変わらないから、魔術師と一緒くたに魔術学校に入れられることも多いらしいわね。魔術は学問であると同時に、大きな力だから。知識を深めるのと同時に、その力の使い方を学ぶのも大切ということね」

「魔術学校! ハ〇ー・ポ〇ターですね!」


 まー、その認識で間違ってはいないところが微妙なところねー……日本にもあるのかは聞いたことないけど。

 さて、だいたいこんなところかしら。


「どう、参考になった?」

「はい、なんだかワクワクしちゃいました! 世界の裏側を知っちゃった気分です!」

「あなたは充分裏側の人間でしょう……」


 童子切安綱を使いこなす女子高生なんて普通じゃないから……ああ、あれね。この子、"魔法使い"というより"魔法剣士"なんだわ。そんな職業がゲーム以外に存在するならの話だけど……ちょっとカッコいいじゃないの……。

 私がトーカを白い目で見ていると、ジンも「ふむ」と感心したように頷いてなんかいる。


「なかなかに興味深かった。今度、異能の者を見かけることがあれば、その者の正体をつぶさに観察してみるとしよう」

「やめなさいって。絶対碌な事にならないから」


 両者が不幸になる未来しか見えないわ。

 それに……もしその子が可愛い女の子で、神秘的見地から童子切安綱マジックアイテムを欲しがるようなことになっちゃったら……こ、困るしっ?


「魔法使いや魔術師を見かけても、あなたは絶対にちょっかいかけないこと、いい?」

「分かった分かった。危害を加えられたりせん限り、我が切っ先がそちらに向くことが無いようにしよう」

「えぇ、そうして」


 まぁ、魔法使いや魔術師なんて、向こうから正体を明かさない限りそうそう分からないものだし。常に彼らは正体を隠して動くから。


(今後、そう簡単に出会うこともないでしょう)


 私は呑気にそんなことを思いながら「あー、明日から学園面倒ねぇ……」と一人、ため息をつくのだった。

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