第242話「これは卑しい……」



「なぁ、マスターよ」

「……あによ」

「俺が何を言いたいか、分かるか?」

「……」


 プイッと、我が麗しのご主人様は少し気まずげにそっぽを向く。自分が何をしているのか、彼女はよく分かっているのだ。


 ──自分の行動が、眷属の期待を大きく裏切っているということを。


「俺は許せんぞ、マスター……」

「う……」


 あまりのことに、ワナワナと身体が震え出す。

 なぜ……なぜ……!


「なぜ温泉で水着を着用しているのだマスターあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いやーヒロインにあるまじき、ですよね~。それにしてもいい湯加減ですぅ♪」


 髪を纏め、隣でほんわかと湯に浸かる俺の妹もそう言っている!

 そうなのだ。現在、女将の案内と刀花の希望により、俺達は大浴場ではなく貸し切りの家族風呂に入っている。

 大浴場と比べ小規模とはいえ、屋内の湯船だけでなく露天風呂も開放されており、サウナも併設されているという充実した浴場施設だ。

 そんな施設を前にした俺は早々に服を脱ぎ捨て一足早く露天風呂に浸かり、間もなく現れるであろう愛しい少女達の美しい肢体に期待を寄せながら沈みゆく夕日を眺めていたのだ。まだかまだかと胸を膨らませてな。

 きっと湯煙に浮かび上がる乙女の柔肌は、なによりも煌めく宝として我が瞳に映るだろう、と。

 だが! この仕打ちは! あまりにも──!


「マスターは需要というものをまったく分かっておらん」

「う、うっさいわねぇ……そもそも、年頃の男女が一緒にお風呂入るって時点でおかしい話なんだって理解しなさいよ……」


 唇を尖らせて言う彼女が腕を組めば、程よい大きさの胸が形を変える……フリルに彩られ、清楚な印象を受ける青い水着と共に。

 その水着は俺が夏に彼女に贈ったものであり、それを着用した姿はまさに避暑地でちょっぴりはしゃいで涼を取るご令嬢然としたものだ。

 しかし知っての通り現在は真冬であり、ここは露天風呂なのである。俺が見たかったのは決してこの場面においてではない!

 くっ、こんな場違いな所で使われて、その水着も無念だろうに……!


「ぐぬぬ」


 思わず臍を噛む。

 いやおかしいと思っていたのだ。渋々といった様子ではありながらも、リゼットにしては大人しく家族風呂についてくるではないかと。いつもであれば、きゃあきゃあと騒ぐであろう彼女がだ。

 きっと聡明な彼女のことだ。はじめに温泉旅行に行くと聞いて、彼女は最初からこうなることを予測し水着を荷物に入れていたに違いない。俺のご主人様として、あまりに姑息!


「あまつさえパレオまで纏うという徹底ぶり……」

「私も止めたんですよ? いくらなんでもって。でもリゼットさんが『お屋敷のお風呂ならまだしも、露天では恥ずかしい!』って」


 違いが分からんぞ!

 難しく首を捻っている間に、いまだ岩場の上に立つリゼットがジロリと湯船に浸かる刀花を見る。


「あなたはもう少し恥じらいを持ちなさいよ」

「むむ、失敬ですね。私だって恋する乙女なんですから、ちょっぴりなら恥ずかしいんですよ?」


 そう言う刀花はもちろん、この場に合わせた姿になっている。頭にタオルは乗せているが全裸である。スッポンポンである。湯船にポヨポヨと浮かぶ豊満な乳房も艶かしい。

 いまは湯の光加減で更にその下は見えないものの、常より火照った丸い肩は彼女の恥じらいを如実に物語っていた。


「ですが私、できる妹ですので。恥じらいがあっても、兄さんが望むのであれば妹の成長をこれでもかと見せつける所存です! むしろこういう場でアピールしなくてどうするんですか!」

「おかしいわね、恥じらってるように見えないわ……」


 拳をグッと握って力説する刀花に、リゼットが冷や汗を流している。

 そんな勢いで押しきられそうなご主人様は、今度は助けを求めるように愛娘二人に視線をやる。しかし、俺達兄妹同様湯船に浸かるリンゼと彼方は首を横に振った。


「いえ、リゼットお母様。温泉で水着は邪道かと」

「そもそも、私達は生まれた時から両親の裸なんて見慣れている。恥じらいなど皆無」

「いやまぁ、さすがにじっと見られたらそれはそれで恥ずかしいですわよ?」

「うっ」


 当然の帰結だな。

 生まれし頃より一緒にいる家族であるからこそ、こういった場でも愛娘達は堂々としたものだ。

 特にリンゼは風呂が好きなのか、湯船に浸かる前には堂に入った姿勢でかけ湯すらしていた。熱い湯を無心で浴びるその姿はまさしく、風呂好きな日本人の鑑そのものであった。

 見た目は英国人であるのになぁ……相変わらず好みと見た目が合致しない不憫な子である。そんな、日本の風情を愛するリンゼが母親に向ける目は少々冷たい。


「嘆かわしいですわ。着衣のままなど、そんなのただの温水プールではございませんの」


 リンゼはとんでもないとでも言いたげに両手を広げ、露天風呂という文明を賛美する。


「不揃いな岩に囲まれ、そのゴツゴツとして頼もしい感触を背中に感じ、生まれたままの姿で天下の冷気とお湯の熱気の奏でる協奏曲を肌で楽しむ! これこそが! 日本人の魂に刻まれしワビサビというものではございませんこと!?」

「素晴らしいぞ、リンゼ。よく言った」


 俺は娘が誇らしい。金髪紅瞳であっても、その胸に宿る魂は日本人なのだ!


「ちなみに兄さん。"全裸"と"生まれたままの姿"ってどっちがえっちな言い方だと思います?」

「俺は後者の方が好きだな。こう、なんとも言えんが趣を感じる。日本語の妙というやつかもしれん」

「ほらほら、リゼットさん。早く生まれたままの姿になりましょうよ」

「どうしてよりえっちだと感じる言い方で誘ったの? もっと嫌になったんだけど」


 強情な娘め。俺は口に手を当て彼女へと文句を並べ立てた。


「リゼット=ブルームフィールドは直ちに脱衣しろー」

「街頭デモを起こさないの」

「俺が議員に当選した暁には、"主は全裸・眷属も全裸"という法をこの国に敷いてみせる」

「世紀末かなにか?」

「いぇす、うぃー、きゃん」

「国辱やめなさい」

「よし分かった。パレオだけなら残していい」

「なにその『精一杯妥協しましたよ』みたいな要求と顔。むしろそんな格好した方が相当ヤバイでしょ」

「…………」

「くちゃくちゃに不貞腐れて天を見上げるのやめて?」


 乙女らしい恥じらいは確かに可愛らしいが、時と場合を選んでほしいものだな!


「まったく、あれもやめてこれもやめてと。駄々っ子かマスターは」

「私が悪いのこれ?」

「俺ならば堂々とマスターの前で裸を晒せるというのに」

「一般的な女の子である私と、変態のあなたを一緒にしないでくださる?……って急に立たないでよ隠しなさいよー!?」


 ザバッと湯船から上がり、リゼットの前でお手本を見せるように仁王立ちする。妹の理想が体現されしこの肉体に、恥じらうべき部分など一切無い。


「ひうぅ~……」


 パッと真っ赤になった顔を背け、目をその手で覆うリゼットだが……指の間からチラチラとこちらを見ているのは誤魔化せんぞ。


「はぁ……はぁ……これです、妹の求めていたものはこれなんですよ……おっきい空の下、おっきい兄さんの身体……はぁ……はぁ……!」

「トーカお母様、目が。目がヤバイですわ。だいぶキマってますわ」

「おとーさん……はぁはぁ……鋼のような肉体、引き締まったお尻、たまらない……じゅるり。おっとヨダレが……」

「カッコよかったカナタお姉様を返して……!」


 約二名、恥じらいよりも欲望が昂っている者がいるな。だがそれでこそとも言える。

 気を良くした俺は、頬を興奮に紅潮させる妹と娘に向けて先日テレビで見たポーズを取ってみせた。


「ふんっ」

「アブドミナルアンドサイ!?」


 リンゼがそう叫ぶ横で、刀花と彼方は「ふぅー!」と黄色い悲鳴を上げる。


「おとーさん、キレてる……! 大胸筋が斬馬刀みたい!」

「いつの間にここはボディービルコンテスト会場になったんですの? あとその例えってあってる?」

「ダシャシャシャシャシャシャシャシャシャ(連写)」

「トーカお母様! お風呂でカメラは案件かと!」

「うむ」


 二人のその喜びように満足し、俺は再び目を背け続けるリゼットに視線をやった。


「なぁ?」

「いや何が『なぁ?』なのよ。ほらな、みたいな感じで言わないでよ」

「この場において裸が正しいのだと証明したつもりだが」

「どんな場合でも嫌がる女の子の前で裸になるのは犯罪だと思うんだけど? 恥ずかしくないの?」

「俺に恥じらいなど無い」

「そういう羞恥じゃなくて、生きてて恥ずかしくないのかって聞いたのよ私は」

「考え方が固いな、マスターは。ストレッチでもしたらどうだ?」

「いや身体の固さは関係な──その格好でY字バランスしないでよバカーーー!!」


 時に柔をもって剛を制すことも必要だ、この程度容易いことよ。

 そんなポーズをも取る俺に、リゼットはある一点を見つめながら「あわわわわ、ゆ、揺れっ……!?」と漏らしている。ちなみに湯船からはシャッター音が鳴り止まない。


「やれやれ、埒が明かんな」


 裸になるのも嫌、裸になられるのも嫌となれば温泉に来た意味が無くなってしまうぞ。

 仕方あるまい……あれを使うか。


「我流・酒上流秘匿術──無明煌々刃むみょうこうこうじん


 そう呟き、霊力を発露させれば浴場に目も眩むほどの光が満ちる──!


「なんの光!?」

「兄さん、これは……!」


 あまりの光量に目を守るリゼットと刀花が口々に言い、そうして光が徐々にその量を小さくしていけば驚愕に目を見開く。


「こ、これは……!」

「深夜アニメでよく見る謎の光です……!」


 その光が、我が下腹部に集う。あまりの輝きにその詳細を知ることなどできないだろう。

 無数の刃紋で光の屈折率を操作し、対象を見えなくする刃である。逃亡生活の折、川で身体を洗うこともあった刀花がよく使っていたものだ。

 リゼットが気になるであろう部分を隠した俺は、自慢気に己の身体を見せつけた。


「ふ、これでどうだ」

「……いや、どうせ隠すんだったら別に私は水着を着たままでもよくない?」

「…………」


 ……そうなるな!


「やめだやめ」

「きゃっ、いきなり解除しないでよ!」


 隠すことを肯定してしまっては意味がないのだと失念していたわ。まったく手のかかる!


「よし、ではサウナに行くかサウナに」

「北風と太陽作戦が見え見え……ちょ、強引……」


 リゼットの腕を引きサウナへ向かえば、「私もー」とタオルを巻きつつ皆がついてくる。突っ立っているのも勿体ないからな。

 そうして先陣を切って木製の扉を開ければ、なんともむわっとした熱気と檜の独特な香りが俺達を出迎えてくれる。

 水着を着たままのリゼットはその熱気に驚き、刀花やリンゼは瞳を輝かせた。


「うわ熱……」

「おぉ、兄さん見てください。サウナストーンがありますよ!」

「はい! はい! ワタクシ! ワタクシがロウリュを致しますわ!」


 老竜……?

 どこぞに竜でもいるのかと思えば、嬉々とした様子でリンゼが奥まった場に鎮座していた岩に液体をかける。

 そうすれば、熱せられた岩によって水蒸気が発生しそれが室内を包み込む。ただの水ではないのか、ほのかに良い香りも漂ってきた。聞けばアロマであるらしい。

 カラッとした室内に程よい湿気が満ち、居心地もよくなってくる。じんわりと身体の芯が暖まるようだ。


「ほう、サウナにはそう来ることもなかったが、なかなかにいいものだな」

「そうね。ふぅ……」


 さっきまで冬の外気に晒されていたリゼットが檜製の段差に腰掛け、気持ち良さそうに息を吐く。続いてリンゼ、彼方も腰掛け……、


「? トーカはなんでガ○ナ立ちしてるのよ」

「い、いえ……」


 なぜか刀花は座らず、タオルを巻いた身体で腕を組んで仁王立ちしている。その歯切れは悪い。


「落ち着かないから座りなさいよ」

「わ、私は立ったままでいいです……」

「なんで……? あ」


 怪訝そうなリゼットだったが、何かに気付いたような声を上げた。瞳に憐れみさえ浮かべている。


「そうね……」


 悟った顔で頷き、リゼットは呟いた。


「タオル一枚だと、座ったらお腹のお肉が気になるものね……特に今のあなたは」

「全部説明しないでくださいよー!!」

「お兄ちゃんに妹の成長を見せつけるのではなくって?」

「これは成長では無く増量ですので……!」


 ああ、そういうことか。

 普段の刀花であればそんなことは気にしないだろうが、よく食べるこのシーズンはどうしてもな……。

 湯に浸かっていれば見えないが、ここだと座れば見えてしまうのだろう。その姿勢によりちょっぴりタオルに乗ってしまうお肉が。


「い、いいんです。私、今サウナで整えてますもん。汗流してグングン痩せてますもん! ほら!」

「そんなすぐ痩せたら病気でしょ。まぁ確かに汗は出るけど」

「ですわねぇ~」


 そう口にする通り、見れば彼女達の肌には早速玉のような汗が浮き出ている。


「ふぅ……」


 少女達が手でパタパタと扇ぐその風がこちらの鼻を掠めれば、思わず血流が早くなった。

 この香りは……クるな。

 檜とアロマの香りしかしなかった室内が、徐々に彼女達の身体から沸き立つ香りをも含んでいく。

 花のように芳しく、しかしどこか生々しい熱気を孕んだその香り。飾ることのない"生の女"の香りが、直接脳髄に叩き込まれてしまうようだ。

 予想していなかった刺激に、俺の額からも知らず汗が流れ落ち始めた。


「うぅむ……」

「あら珍しい、あなたでも汗をかくのね」


 こちらを見たリゼットがおかしそうに指摘する。

 そしてその指摘でこちらへ視線を急旋回させる刀花と彼方。その真ん丸に見開かれた琥珀色の瞳には、腕で雑に額の汗を拭う男の姿が映っていた。

 彼女達の呼吸が、途端に荒くなる……!


「に、兄さんの、色っぽい汗──!」

「お、おとーさんの身体から漂う、むわっとした色気──!」

 

 そうして二人は食い入るようにこちらを見つめ──!


「「うっ……! は、鼻血が……!」」

「のぼせるの早くありませんこと?」

「この兄さん、スケベ過ぎます……!」

「無理。このままだと相撲を取らざるを得ない」

「なんで?」


 リンゼの疑問の声も空しく、二人は鼻を押さえたままサウナを飛び出る。そのすぐ後に水風呂へダイブする音も聞こえてきた。


「お下品な……ちょっとワタクシ、お二人にサウナのなんたるかを説いてきますわ!」


 リンゼが眉を寄せてそう言えば、使命に燃えた様子で二人の後を追う。サウナに一家言でもあるのだろうか。もしくは未来で新たに加えられた酒上家家訓か。


「……」

「……」


 そうして室内には、俺とリゼットのみが残されてしまった。


「……ちらっ」


 沈黙の中、リゼットがチラチラとこちらを見るので俺も彼女の美しい姿を目に映す。

 相変わらずその身は水着を纏ってはいるものの……水着の布面積など、言ってしまえば下着と同じだ。風呂では全裸が望ましい、その考えは変わらないが……これはこれで、というやつである。


「ん……」


 乙女のかすかな吐息が、その可愛らしい喉から発せられる。その拍子に小さな喉から汗が真っ白な肌を伝っていき、美しい谷間を通り抜け、綺麗な形のおへそへと吸い込まれていった。


「……見すぎ」

「おあいこだ」

「わ、私は……汗を流すあなたが珍しかっただけで……」


 なにやら赤い顔でゴニョゴニョ言っている。その頬の赤みは熱さによるものか?


「熱いなら脱いでいいぞ」

「いや熱かったらサウナ出るわよ……」

「むぅ、それもそうか」

「……」


 それで言葉が途切れ、また沈黙が降りる。

 これは、もう彼女の水着を取り払うことは不可能かもしれん。無理矢理脱がそうとすれば、さすがに嫌われるであろう。


「……そんなに、残念だった?」

「む?」


 ポツリと、隣から囁きよりも小さい声が耳に届く。その声に導かれてみれば、耳の先を真っ赤にした乙女の姿があった。

 あくまで冷静さを心懸けながら、俺はそんな彼女に対して頷く。


「当然だな」

「言い切った……だ、だからって、皆してそんなに言わなくても……」

「自然と共に在る少女の柔肌など、こういった機会でしか見られるものではないからな、熱くもなる。きっとその姿は、どのような美術品であろうと勝ることのない宝として記憶されただろう」

「あぅ……」


 頬が染まり、リゼットはそれを隠すように俯いた。遠回しに彼女の肢体を讃えたのだから、さもありなん。


「……み、見たい……?」

「む……?」


 俯いたままの彼女が、先程よりも更に小さいギリギリ聞き取れるくらいの声量で囁く。


「そ、そんなに……ご主人様の裸が、み、見たいの……?」

「──」


 ──可憐だ。


 今の彼女の姿は、その一言に尽きる。

 上気した頬で、こちらを上目遣いで覗く少女。その宝石のような瞳は熱に潤んでおり、濡れたような色気がこれでもかと匂い立つ。

 ああ、そういうところだぞご主人様……。

 毅然としているようで結局脇が甘くなる、そういうところがこの鬼を惹き付けるのだ。


「──きゃ」


 たまらなくなった俺は、無言で彼女の身体をゆっくりと抱き寄せる。これ以上その姿を視界に映る場に置いていれば、俺とてのぼせてしまうだろう。

 胸の内にスッポリと収まったリゼットは少し迷った後、


「ん……」


 躊躇いがちにこちらの背に小さな腕を回した。


「……汗の匂い、する」

「む、嫌か?」

「……好き、かも……」

「そうか」


 言葉少なに言う彼女の身体が、どんどんと熱を帯びていく。こちらの胸板でふにっと潰れる彼女の胸から、甘い鼓動の音まで聞こえてきた。


「では、俺も」

「んっ、やぁ……吸わないでぇ……」


 髪を纏めたことで晒されたうなじに鼻を寄せれば、甘酸っぱい香りが肺に満ちる。

 汗の混じった香りを嗅がれるのは恥ずかしいのかリゼットは身を捩るが、強く鼻を押し付ければ抵抗もだんだんと少なくなっていった。


「リズ、可愛いぞ、リズ……」

「んっ……」


 耳に囁くごとに、ピクピクと震えながらも彼女はこちらに体重を預ける。

 美しい……。華奢な肩も、しっとりと汗ばんで手のひらに吸い付く真っ白な背中も、時折漏れる甘い声も。彼女の全てが愛おしい。


「……ねぇ」

「ああ」

「こ、こういうのは……殿方が、リードするものよ……?」

「こういうの、とは?」


 抱き合うせいで顔は見えないが、断続的な彼女の吐息からかなり興奮しているのが分かる。無論、この俺も。

 そうしてリゼットは、こちらの耳に口を寄せて囁いた。


「──あなたが、脱がして……?」


 ……!!


「……いいのか?」

「わ、私が自分から脱ぐんじゃないもん。眷属に、お、襲われちゃうだけだもん……」


 あくまで、眷属が悪いのだと。これは不可抗力なのだと。

 尊大なご主人様の、そんな“言い訳”に頭がクラクラする。決してサウナの熱気のせいだけではあるまい。


「……では、僭越ながらこの眷属、主人に牙を剥かせてもらう」

「っ!」


 言いながら、彼女の背中に回していた手を彼女の首へと動かす。そこには、彼女の美しい胸を支える一本の紐が結ばれているのだ。これを解けば、たちまち彼女の膨らみは外に晒されてしまうだろう。


「ほどくぞ」

「──っ」


 ギュッと、こちらへと身体が押しつけられる。そうしている内は水着を解いても身体を見られはすまい。可愛らしい乙女の抵抗だ。


「……」

「──」


 そうして俺は、真っ赤になってプルプルと震える少女の肢体を守る頼りない布地を取り払うべく、ゆっくりとそのか細い紐に手を掛け──!


「見ておくんですよ、可愛い娘達。あれがテクニックってやつですよ。二人っきりになった途端、ああやって駆け引きをおこなうやらし~手口なんですよ……」

「ま、まさかリゼットお母様、実はここまで計算ずくで!?」

「きっとそうですよぉ~? 口では嫌って言いつつも、結局そのまま勢いに任せちゃう一番ずる~い女の子なんです。いっつもそうです」

「卑しい……リゼットおかーさんこれは卑しい……」


 ……そんな声が、入り口から聞こえてきた。

 ああ、さっきからリゼットが熱さで倒れないのを不思議に思っていたが、戸が開いて冷気が入ってきていたからなのだなぁ……。


「っっ!?」


 そしてもちろん、トロンと夢見るように蕩けていたリゼットもその声に気付き、


「きゃあぁあぁあぁぁぁ!!?? ち、ちがっ! これは違っ!?」

「リゼットさん、やめましょうよ苦しい言い訳は……。それに兄さんがサウナストーンに押しつけられて焼き肉になっちゃってますから」

「背中が熱い」


 リゼットがグイッと俺の身体を押しのけたことで、室内に檜とアロマと人の肉が焼ける香ばしい香りが広がる。かなり美味しく焼けてしまっているかもしれんなこれは。


「目を離して二分くらいですよ? んもう、これだからツンデレさんは……」

「ち、違うもん! これはっ、この眷属が襲ってきたからで……!」

「『──あなたが、脱がして?』」

「きゃー! きゃあー!?」


 じっとりとした目をして声真似する刀花に、顔を覆って泣き叫ぶリゼット。退路はとっくに断たれていた。


「すっごいドキドキしましたわね……」

「こっちのおかーさんには無い、キュンとするような初々しさがあったな……」

「冷静に分析するのやめてーーー!?」


 娘達の顔さえ赤く染める己の醜態に耐えきれなくなったのか、リゼットは勢いよく立ち上がり、


「み、水風呂入ってくるぅーーー!!!」


 涙をちょちょぎらせながら、そう言い残してサウナ室を飛び出ていくのだった。


 ちょっとした非日常は少女を大胆にさせるというが……それは真であったと俺は身をもって実感するのだった。

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