第195話『男の嫉妬は見苦しいぞ』
――
鍛造は平安。
その切れ味、まさしく乱麻を断つがごとし。人間の胴六体分をなんなく切断し、勢いもそのままに台座を傷付けたという逸話もある。
そんな星のように煌めく逸話は数知れず。そしてその中でも、かの
究極に研ぎ澄まされた刃で人を斬り、修羅の権化たる鬼の血を吸い……たとえ神仏であろうと刃、その喉元を掻き切らん。
まさしく――天下無双。
現世において二つと並ぶもの無し。日本刀の中の日本刀。天下五剣において最強最古の刃である……の、だが……、
「へー、これが童子切ってやつ?」
「そ、鬼殺しの刀なんだって」
「マジ? リアル日〇刀じゃーん! 呼吸! 呼吸!」
……女が、多い。
『十年前とはあまりに客層が異なる……』
霊力を持たぬ者には聞こえぬ声を発し、飾り台の上で独り唸る。
現在、都内某所に建つ国立博物館内にて……俺は、ガラスケースの中で見せつけるようにして己の刀身を晒していた。
『ちっ……』
キャピキャピとした雰囲気の若い女性客が去っていく後ろ姿を舌打ちして見送る。
なぜ俺がこのようなことを……あの窓際公務員め。『ちょうどレプリカが壊れてしまいまして』だの『本物にしか出せない味があるのでございます!』だのと、うだうだ言いおってからに。
おかげで我が主に妹、そして愛娘達と東京観光に行けぬではないか!
『来館する人間も存外多い……しかもなぜ女ばかりなのだ』
十年前に展示されていた頃は、偏屈そうなおっさんや眼鏡をかけた神経質そうな若者しか来なかったというのに。
人の往来激しく、おかげで気が休まる暇も無い。
『どうなって――』
『なに、時代は移ろうということだよ、安綱君』
『む……』
そうしてブツブツと文句を言う俺の声に、応える者が……いや、物がある。
俺が展示される左隣のガラスケース。俺と同じく霊力の波を用い、落ち着いた男の……しかしどこか含みを持たせたような鬱陶しい声色を発するのは――
『いやいや十年ぶりかい? どういう風の吹き回しかな』
『……ふん。少しばかり必要に駆られただけだ。して、移ろうとはどういうことだ』
『ああなに、求められるものが違うということさ。僕が美しいのは鍛造以来自明の理だけれど、最近はなぜか“お爺ちゃん”であることまで求められる。いやはや、人間様というのは流行廃りが激しいものだね』
『爺……?
『そうだよ?』
『なぜ』
『刀〇乱舞だよ、刀剣〇舞。せっかく市井に出てるのに、知らないのかい? 僕、結構なイケメンキャラなんだぜ? ま、本当の僕にはかなわないけどね☆ あ、君の場合は鬼滅〇刃ね』
『……貴様は相変わらずだな、“
銘を告げれば、その刀は風がそよぐような笑い声を上げる。無駄に爽やかで、そして胡散臭いことこの上ない。
――
俺と同じく、天下五剣の一振りに数えられる名刀。平安に鍛造されたのもまた同じくする。
名は体を表わすと言うが、その刃に浮かぶ三日月模様は見る者全てを魅了して止まず、巷では“最も美しい刀”と呼ばれる優美な刀である。昔から飄々とし……まあ、その美しさを求める在り方は嫌いではないがな。
『他の者らは息災か?』
『他の五剣? いやぁ知らないね。
『は、今更貴様らと語ることもなかろう』
『薄情だねぇ、同僚みたいなものじゃないか』
『社会に出たこともない輩が“同僚”などと口にするな。薄給の厳しさを教えてやろうか』
『はっはっは。肉体を与えられ、さぞ苦労されているご様子。まあ僕にそういう泥臭い仕事は似合わないよ。それにこうやってのんびりと、女の子達に『かっこいいー!』ってチヤホヤされる方が楽しいしね。いい時代になったぁ』
薄暗い照明に照らされる中、宗近は近付いてきた女性客に視線を移す(目などないが、そういう気配がした)
『いやぁ、いいね女の子は。せっかく柄を握られるなら、可愛い女の子がいいと思うよ僕は』
『……ふん』
……まあ、否定はせん。
ご主人様のスベスベとした美しい手、妹の可愛らしく小さな手の感触を知っている身としてはな。
『テルちゃんもよかったけど、やっぱり次は女の子に握られたいなぁ』
『テルちゃん……?』
『忘れたのかい? 剣豪将軍』
『ああ、
『そそ。というか、あの頃は僕と一緒にテルちゃんに収蔵されてたじゃない』
『ほぼ寝ていたからな、覚えておらん。むさ苦しいオヤジのことなどな』
『覚えてるじゃないの。懐かしいねぇ、最期なんてかなりの大立ち回りだったのも覚えてるかい? こう畳に何本も刀をぶっ刺して、迫り来る敵を次から次へと。美しくはなかったけど、まあ……いい担い手だったなぁ』
『……ふん、そうか』
自意識過剰気味なこいつが他人を褒めることなど滅多にない。
現役を退き、こうして座すのみとなった今も、やはり名刀の中にある比類なき戦いの記憶が、その身を熱く焦がすのかもしれんな。
『女の子だったらなおよかったなぁ……』
貴様な……。
『――おい、さっきからガタガタうるせぇぞ』
ああ? この小馬鹿にしたような生意気そうな声は……、
『流行がどうの、女に握られたいだの。けっ、オメェら刀のプライドねぇのか?』
『調子に乗るなよ、天下五剣でもない屑鉄風情が』
『あぁん!? テメェおい安綱! 誰が屑鉄だ誰が! だったらテメェこの“
こいつも昔と変わらずぎゃあぎゃあとうるさい。
俺と宗近が並ぶケースの正面。そこに、細身な刀達が並ぶ中で一際目を引く長大な刀身を輝かせる太刀がある。
相も変わらず、その刀身ほどに尊大な態度だ。
――
平安末期に打たれたとされるこいつは、不遜にも“日本刀最高傑作”の呼び声高き刀だ……。
長大な刀身に、しかし軽いその身は作刀技術の粋が尽くされ、一説には“まっかーさー”なる者も欲しがるほどだったとか。
だが……俺は昔からこいつが気に入らん。
『誰にモノを言っている、このたわけめが。この身を侮辱することは、我が主と妹を侮辱するに等しい罪業だと知れよ』
『けっ、さっき出かけてった金髪と黒髪の嬢ちゃん達か? まったく天下五剣の名が泣くぜ。最強最古の名刀様が、今はあんななよっちい女に媚びへつらってるとくればよぉ!』
『――貴様』
ケース越しに、空間が歪むほどの剣気を迸らせる。命持つ者であれば、一瞬で消し飛ぶほどの殺意を。
だがそれを受けてなお、目前の大刀はケタケタと笑う姿勢を崩さない。痴れ者が……!
『んだ、やんのか。日本刀の最高傑作と名高き、この大包平様とよぉ?』
『身の程を弁えろよ。お望みならば溶かして下水路に流してやるぞ』
『あぁ!? やってみろよ安綱ぁ!』
『大包平ァ……!』
『はいはーい、やめやめ。ホント君達仲いいよね』
『『よくねぇ!!』』
宗近の言葉に思わず反応してしまった。
俺が? この屑と? 冗談ではない。
『もっと美しくしなよ君達、揃って“東西の両横綱”って呼ばれてるほどなんだからさ』
『はっ、この童子切こそが最強の刀。このような屑と並び称されるなど、あり得んというものだ』
『こっちの台詞だクソが。もうちっと振るわれる機会がありゃ、この俺様が天下五剣筆頭だったものを』
まったく何が最高傑作だ。この俺こそが最強なのだ。
人間風情がワインの選評が如くいい加減な事を言うから、このようなことが起きるのだ!
『俺が最強だ』
『俺様が最高だ!』
『どう違うんだい?』
『『知るか。こいつを叩き切った方が上だ』』
『野蛮だねぇ~』
ええい、もう我慢ならん。
思えば、平安の頃からこいつとはそりも合わなかった。会うたびどちらが優れているかと罵り合い、鎬を削ってきた。久方ぶりに会えば変わるものかと思えば、鬱陶しいことこの上ない。
『ちょうど人も近場におらん。一息にその身を粉にしてくれようか』
『御託並べんのが上手くなったな、ええ? 来いっつってんだよ。女と一緒にいておべんちゃらしか成長してねぇんじゃねぇのか?』
『――いいだろう。安心しろ、戦鬼の力は使わないでおいてやる』
それほど死を望むのならばくれてやろうではないか。
俺は刀身にどす黒い霊力を纏わせ、大包平へとその身を――
「あ、これすっごいおっきい刀~」
「きゃあ、大包平様! 世界トレンド二位! 写真写真~♪」
『うっ――』
『……』
翻そうとした瞬間、今度は二十代ほどの女性客に阻まれる。どうも大包平を目当てに来たようで、かなり熱を上げている様子だ。
『ぐ、う――』
『……』
そして、そんなはしゃぐ女性達を前に何も言えずたじたじになる大包平の姿を見て、俺は……
『……はぁ』
一つ息吐いて、霊力を消した。やっとれん。
そんな俺を見て、宗近がクスクスと笑っている。
『おや、ライバルと刀を交えないのかい?』
『白けた。それに俺は主の命を受けてここにいる。『大人しく待機せよ』とな。暴れれば、我が主の沽券に関わる』
『ふふふ、毎回の引き分けにようやく終止符が打たれるかと思ったんだけどね』
『ふん、俺が勝つに決まっている』
『その台詞も何回聞いたかなぁ?』
『……うるさい。貴様から消してやろうか宗近』
『おお怖い怖い。それにしても可愛いよねぇ大包平君も、赤くなっちゃってまぁ』
『俺とは趣味が合わんな、何が姉だ。妹こそ至高』
見れば、大包平を囲うは大学生くらいの“お姉様”といった具合だ。こいつはそういう“趣味”なのだ。
『うぅ~ん……成熟した女性も、年端もいかない少女も捨てがたいなぁ』
『妹はいいぞ』
『天下五剣の最強最古様の言葉は重みがあるねぇ』
『金髪お嬢様もいいぞ』
『かーっ、羨ましい、羨ましいねぇ! あの子達もなかなかの美貌だったよね。今度僕のことも握ってみるよう言ってよ』
『死ぬか?』
『――おい、安綱』
『ああ?』
お姉様方とやらが去った後に、またも大包平がこちらに声を掛ける。だが、その声に先程の勢いはない。
『テメェ……ど、どうなんだよ』
『何がだ』
『……だから、どんな感じなんだって聞いてんだよ』
『ああ?』
言葉を濁す大包平。それを見て宗近はおかしそうに身を震わせている。
『ハッキリ言え』
『だから……!』
大包平は一瞬気勢を上げ、しかしどこかヤケになったようにして叫んだ。
『――お……女に握られるのは、どんな感じなんだって聞いてんだよ!!』
はっ、何を言うかと思えば!
『知りたいか?』
『うるせぇな……さっさと言えや』
『それはな――』
ああ……いいものだぞ。
やわっこい掌。血も汚れを知らぬ白磁の指。おっかなびっくり刀を振るう初々しさ、愛らしさ。どれもがこの妖刀をときめかせる。
――やはり振るわれるなら少女。少女一択である。
『まぁその悦楽は……ふ、教えてやらんがなっ!』
『んがっ! テンメェェェェーーー! 安綱ぁ!!』
『ハーハハハハハハハ!! 嫉妬は見苦しいぞ! 悔しければ貴様も人型を会得し外に出ろというのだ! 何百年後かは知らんがなぁ!!』
こやつらも意思を持ち、人語を話せるレベルまで来ているがまだまだよ。
『ちぃっ、たまたま人間の魂ぶち込まれたぐれぇでよ……』
『ふん、それが無くともあと一歩まで来ていた。呪われし鬼の血を飲み下したのは伊達ではないのだ』
『けっ、それでやることが女の尻追いかけるくれぇじゃ世話ねぇよ。刀は男に握られて敵斬ってなんぼだろうが』
『たわけが、古い価値観しか知らんのか』
『ぐ……そんなにいいもんかよ?』
『当然だろう。我ら刀は敵を斬るために生まれてきた、殺すためにな。草木だろうが、女子どもだろうが』
だがな、
『そんな昔は殺すだけだった弱き者どもを、今度は己の手で護れるというのだ。振るわれるまま斬り殺すのではなく、共に生き、その花と寄り添い合い、あまつさえ愛し合う。クク……血塗られた刀が、だぞ』
『……』
確かに、刀は所詮人殺しの道具。
持ち主に従い、言われるがままに敵を屠るのも喜びではある。
『だが、やめられんよ』
一度知ってしまえば……これ以上の誉れなど、あろうものか。
少女達の幸せこそ、我が覇道の
『……安綱、オメェ……変わったな』
『いやホントにね。なんというか、僕らには無い新たな芯鉄のようなものを感じるよ。なかなかに美しくなったんじゃないかい?』
……そうか。
『研ぎ直されたのだ。可愛い可愛い、玉がごとき砥石によってな』
『……けっ』
俺が誇りと共にそう言えば、大包平は面白くなさそうに鼻を鳴らし、
『あーあ! 俺様の前にも美しいお姉様な担い手とか現れねぇもんかなー!!』
そんな、煩悩まみれな言葉を口にした。
いやなかなか、女性に免疫の無かった貴様も言うようになったではないか!
『ク……ハハハハハ! まさしく! 我ら名刀こそ、逆に担い手を選り好みすべきである。その気概があれば遠からず、貴様の願いも叶うだろうよ』
道具は道具。
しかし、座すことに喜びを感じるモノもいれば、やはり使われてこそ道具と思うモノもまたいるということだ。
まあ――、
『その“姉”とかいう趣味はまったくもって分からんがな』
『ああ!? お姉様最高だろうが! 普段はしっかり者だが時折見せる弱さがグッときて護ってやりたくなるんだろうが!』
『知るか、俺はお兄様だぞ。子犬のように愛らしく慕ってくれる天真爛漫な妹こそ、天に仰ぎ見るべき守護対象よ。小さく強気なお嬢様もまた至高であるがな』
『ロリコンきめぇ』
『貴様こそ“お姉様”とか言う歳ではないだろうが!』
『俺らに歳なんて概念ねぇんだよ人間じゃねぇんだからよ! それに俺様が姉好きだろうがテメェが妹好きだろうが、そんなもんは考え方次第! その子に尽くそうとすることに、なんの違いもありゃしねぇだろうが!』
『違うのだ!』
『なにがちげぇんだ、あぁん!?』
『――兄とは、生き様なのだ』
『うるせー死ね』
あ゛ぁ゛!!??
『妹の教えを馬鹿にしたか貴様!』
『おい宗近ぁ! このロリコン刀ぶっ壊そうぜ!』
『宗近! 貴様ならば分かるだろう。妹という在り方こそが最も美しいと!』
『姉だよなぁ宗近ぁ!』
『そうだねぇ~……まあどっちも美しいんじゃないかな。そう、僕の次くらいにね☆』
『『そういうところだぞ宗近ぁー!!』』
そうやって。
俺はしばらくぶりに、このバカ者らと言葉を交わして己の想いを確かめるのであった。
まあ、概ね有意義な時間だったと言えよう。おかげでより、思えるようになった。
――早く人型に戻り、少女達をこの手で抱き締めたいとな。
(そのためにはまだ、こなすべきことがあるが)
果たしてあの公務員めが、この俺に相応しい案件を持ってこられるかどうか――
「や、安綱様! 大変です!」
『あ?』
決意を新たにしていれば、飛び込んでくる小さな黒い影がある。
陰陽局支部長――六条このはだ。
『どうした』
息せき切ってガラスケースに走り寄ってきた六条は、その呼吸も整えぬままに言い放つ。
「あ、案件を依頼致します! とある霊場の地下から膨大な霊力反応があり……何かとんでもない存在が、復活しようとしているのです!」
『――ほう』
なるほど。それはつまり……、
『ククク……』
――戦闘の時間だな!
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