第192話「可愛い妹だ、ゾッとするほどな」



「いいですか兄さん? この年表にあるように本来ならこの聖夜、私は一人の女の子として兄さんにアタックをですね……」

「どうした急に」


 刀花の自室にてガラガラ~と、刀花はどこからともなくホワイトボードを引っ張ってきてみせる。

 その表面を見てみれば、もはや白い部分が見えぬほどびっしりと黒い文字が書き綴られていた。


「今年で私も十六歳。これがどういうことか分かりますか兄さん?」

「もう十年経つということだな、俺と刀花が運命の出会いを果たしてから。我が"所有者"にして妹……我が運命よ」

「う、運命……うへへぇ――て、そうではなく」


 現在、俺達は無事ダンデライオンでの宴を終え、ブルームフィールド邸に帰着している。

 それぞれ風呂に入り、寝支度を整え、「旦那様、愛娘と過ごす聖夜もワンチャン残っているのでは?」とまた暴走しようとする彼方を「はいはい」とリンゼが鎖で縛って自室へ連行していくのを見届け――


「十六歳といえば、日本では結婚できる歳です! つまり今年こそ私は、兄さんから子宝という名のクリスマスプレゼントが欲しかったんですよぉ!」

「なるほど、道理だな。だが無理だ」

「うわーん! 私と兄さんの緻密な楽しい家族計画がー!」


 そうして今――

 俺は刀花の部屋にて、悔しさを滲ませ泣く妹を宥めていた。「お、お゛ぉ゛お゛ぉぉぉ……」と若干汚い泣き声を上げるのはいったい誰に似たのか……それとも俺が似てしまったのか?


「また書き直しですよ~、とほほ……」

「書き直すのか……」


 ガックリと肩を落とす刀花は、そのポニーテールもどこか元気無く項垂れた様子。よほど彼女にとって今年の聖夜は勝負どころだったらしい。


「どれ……」


 果たしてどれほどの力作なのか。

 興味の湧いた俺はホワイトボードに近付き、刀花の言う楽しい家族計画とやらを覗いてみる。


「なになに。十六歳、聖夜……第一子を授かる。うむ、刀花にしては待った方だな」

「そうでしょう? ちなみに私は小学校高学年の段階で、兄さんを性的な目で見てました」

「あれは恐怖だった」


 ある日いつも通り一緒に風呂に入っていれば、刀花の目線がいやにねっとりと俺の身体に絡み付いてきたのを覚えている。荒い息と共に。

 この戦鬼、あの時は妹の早熟さにおののきすら抱いたぞ。


「して年表は……十七歳、第二子を授かる。十八歳、第三子を授かる」

「私、家族はいっぱい欲しいです」

「十九歳、第四子。二十歳、第五子。二十一歳、第六子。二十二歳、第七子、二十三歳――」

「やん♪ もう兄さんったらお元気なんですから!」


 俺か? 俺が元気なのか?

 改めて見るまでもない。この緻密な年表とやらには、延々とこの文字列が刻まれていた。まるで呪文のようだ、もちろん呪い系の。


「あ、これ裏まであります」

「百子を越えたぞ」


 楽しげに笑みを浮かべて、刀花はぐるんとホワイトボード裏返す。裏までびっしりだ。ハムスターでもこうはいかん。


「だがその意気やよし。さすがはこの戦鬼の妹と言える。スケールというのは、でかければでかいほどいいものだからな」

「お胸もですか?」

「む? そうだな」

「はぁ、性欲禁止されてるのが残念です……兄さんのためにお胸おっきくしましたのに……」


 俺が頷けば、刀花は唇を尖らせつつそのたわわに実った胸を重たそうにして両手で持ち上げる。

 たっぷりとした肉感を持つそれはたゆんと形を変え、モコモコとした白いパジャマ越しでも触り心地がよさそうであることが傍目から分かる。

 妹の成長を喜びつつじっとその胸に視線を注いでいれば、刀花はチラリとこちらを上目遣いに見て唇を綻ばせる。


「むふー、成長を実感してみますか? 妹のふかふかFカップですよ?」

「いいのか? では失礼して」

「うーん、淡白です……触り方に全くやらしさを感じません……」


 なんだか違ったらしい。

 自慢げに突き出された妹の胸を誘われるままに揉んでみたのだが、期待したものではなかったようだ。

 ずっしりと重みのあるそれを掬い上げるようにしてみれば、その柔らかさの中に不思議な張り、そして生暖かい人肌の感触が伝わってくる。刀花は寝間着時にブラをつけない派だからな。

 だがご主人様の“オーダー”を遵守する手前、どうしても兄として妹の成長への喜びが前に出てしまう。いや本当に大きくなった……この戦鬼、感無量である。


「あっ、でもこうして事務的に揉まれるのもまた違う趣があっていいかもしれません……!」


 今宵もこの妹は絶好調であった。


「さて、刀花。今年のクリスマスプレゼントについてだが」

「おお、そうでした」


 そろそろ本題に入ろう――とはいえ、


「むふー、はい、どうぞ兄さん♪ 今年のプレゼントは、もちろん"可愛い妹"ですよ」

「頂戴しよう」


 これである。

 彼女がこちらに贈ってくれるプレゼントは毎年決まっている。

 自分自身にリボンを巻き、可愛い妹はボフッとこちらの胸に笑顔で飛び込んできた。

 優しく抱き止め髪を撫でれば、刀花は満足そうな息を吐き、ぐりぐりとこちらの胸に頭を擦り付けてくる。甘えるように。無邪気に。


「活きのいいクリスマスプレゼントだ。だが、去年とどう違う?」

「えー? 全然違いますよう。首に結んでるリボンはちりめん製ですよちりめん製、上等なものです。身長も二センチ伸びましたし、胸とお尻もちょっぴり大きくなりましたよ。ぜーんぶ、大好きな兄さんのた・め・に♡……きゃっ♪」

「腰回りと体重もか?」

「ちょっとなに言ってるか分からないです」


 分からないらしい。恋する乙女の身体は神秘に満ちているのだな。

 そうやってしばらく互いの熱を交換していれば、今度は刀花が期待に満ちた目でこちらを見上げる。


「兄さんは何をくれるんですか?」

「無論、"俺"だ。妹のことをこよなく愛する、な」

「むふー、やりましたぁ! 兄さんゲットですー♪」


 そしてこれもまた恒例である。

 妹が自分を差し出すというのなら、この兄もまた自分を差し出さねばなるまい? それこそが世の理よ。

 贈り物を告げれば、刀花はますますキャッキャッとはしゃいでその柔らかい身体を押し付けてくる。心地よい熱と共に。


「まあ、とはいっても俺は生まれた時から妹の物なのだがな」

「む、そういう所有権の話ではなく、身も心も捧げるって意味での贈り物ですよ? いわば愛の宣誓です」

「分かっている。言ってみただけだ」

「本当ですかぁ~? コホン、酒上家家訓!」

「"兄は妹のもの、妹は兄のもの"」

「その心は~?」

「"永遠に互いを愛し続ける"、ということだ」

「むふー、よろしい!」


 言って、刀花はぴょんと飛び上がりこちらに全体重を預ける。抱っこの合図だ。

 すかさず肩と足に手を差し込めば、自然とお姫様抱っこの形となる。昔から刀花はこれが好きであった。


「……毎年思うが、これでいいのか?」

「何がですか?」


 そのままベッドに座り、抱っこしたままの妹に問いかける。

 そうすれば、まるで揺り篭の中にいるような体勢の彼女は不思議そうにこてんと首を傾げた。


「いや、刀花が喜んでくれているのは承知している。だが、もう少し希望があってもよいものではないかと思ってな」

「プレゼントのことですか?」

「ああ、今年は懐にも余裕があるからな。何か言ってくれてもよかったのだぞ?」

「うーん……と言いましても……」


 難しげに刀花は唸る。

 昔から刀花は物にはあまり拘らない。物欲が薄いのだ。

 はじめは俺の稼ぎが悪く、子どもながらに遠慮でもしているのだろうと思ったものだが、この妹が欲求をすぐ表に出すのはとうの昔に知れたこと。


「欲しい"物"……うぅ~ん……」


 では彼女は“清貧”を尊ぶのかと問われれば……そうではない。


 ――この妹は、戦鬼の妹だぞ。そのような人並みの可愛げであるものかよ。


「"物"、では無いですね~」


 ニッコリと、腕の中の少女は笑みを湛える。だがよく見るがいい。

 優しげに細められた琥珀色の瞳、その奥には――


「兄さんの愛情は独り占めしたいですし、常に兄さんの体温を感じていたいですし、兄さんとの時間ももっとも~っと欲しいですし」


 そういうことだ。

 この妹は、物にはあまり拘らない。


 ――だがそれは、彼女に欲が無いということでは決してないのだ。


 彼女が欲するものは、星の数でも足りることなどない。


「兄さんにもっと喜んでもらえるような料理も作れるようになりたいですし、逆に兄さんに料理を作ってももらいたいですし。あっ、あとおはようのチューも、抱っこも……ふ、ふふふ、その熱も、吐息も、将来も、時間も――」

「うむ」


 総じて言えば、この妹は"清貧"などでは決してない。

 そのような言葉など裸足で逃げ出すほど、彼女は貪欲であり貪食なのである。

 どれだけ与えても足りぬ、まだ足りぬと、この戦鬼ですら現状維持が精一杯なほど、彼女はそれを遠慮なくこちらに求め続ける。

 ……底無しの胃袋を持つ白雪姫よ。


「まあ、結論はつまるところ"兄さん"になっちゃいますね! むふー、私が欲しいのは兄さんだけなんです。可愛らしいお願いをする妹で嬉しいですね?」

「ク、ハハハ……」


 ウィンクをパチリと投げるそんな妹に肩を揺らす。あまりにも愉快で。


 ……"私が欲しいのは兄さんだけ"?

 随分と可愛げのある言い方であることだ。その瞳の奥にある色は、もっと正直にものを言っているぞ。


 ――この子が欲しいのは、"俺の全て"だ。


 今、あどけない表情を浮かべながら、この少女は鬼にこう言ったのだ。


 "お前の吐息の欠片も、瞬きの一つでさえも自分のものだと。永遠に離すつもりなどないし、誰かにくれてやるつもりもないのだ"、とな。


 ――ああ、素晴らしい。


「やはりお前は俺の妹だ。この無双の戦鬼、誇りに思うぞ」

「むふー、そうですか? そうですか? 私、可愛い妹ですか?」

「ああ、もちろんだ」


 彼女のこの枯れ果てぬほどの欲望がはじめから持ち合わせたものなのか、それとも十年前のあの汚れた儀式を経て芽生えてしまったものなのかは定かではない。

 今となっては、正直どうでもいいことだ。


「ああ……兄さん」

「なんだ?」


 少女がこちらの首に腕を絡める。

 その唇には微笑みを、その瞳には欲望の色を携えて。


「――お腹が、空きました」

「……そうか」


 まるで夢を見るように。

 まるで恋する乙女のように。

 まるで――ご馳走の乗ったお皿を食い入るように見つめるように。


「あーん♡」


 彼女はその頬を朱に染めて、ひたすら求め続ける。


「んっ、ちゅっ、ちゅる……んっ、んっ♪」


 メリークリスマス、俺の可愛い妹よ。


「はぁ――美味しい、です」


 そうして何度も、何度も。

 俺は欲に濡れた妹と唇を合わせる。彼女が一時的に満腹となり、満足して寝入るその時まで。


 果たしてどちらが貪られているのか、その判断すらつかぬままに。


 ……忘れてはならない。

 我こそは、五百の魂を喰らいし妖刀にして戦鬼。

 そしてこの少女は――魂をも噛み砕こうとするその鬼を、逆にペロリと平らげた女の子なのだ。


「兄さんは、ずーっと私の兄さんなんですからね……」


 彼女は妹であると同時に、


 この俺を従えるに相応しい、“王”なのである。

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