第133話「これが酒上流ダイエットだ!」
「――覇者とは! 決して立ち止まらず、己が覇道を邁進し続ける者のことである!」
「サー! イエッサー、です!」
「急になんなのそのテンション……」
屋敷のだだっ広い庭にて秋の風を感じながら。
学園指定の赤いジャージに着替えたリゼットと刀花を前に、俺は腕を振り上げ高説を垂れた。
「常に最強を求められる孤高の頂。そこに立つには生まれ持った力だけでなく、時に努力し刃を磨くことも必要だ。俺はその努力を、決してバカにしたりなどしない」
「だから運動も頑張れって? あなたそんな熱血キャラだったかしら……本音は?」
「さっさと全力で運動させて身体を火照らせてズボンを脱がせてスパッツが見たい」
「正体あらわしたわね……変態」
もじりと、リゼットは目を細めて恥じらいから足を動かす。
その変態の希望通り、ズボンの下にスパッツをしっかり着用しているらしいご主人様は言うことが違うな。
「嫌そうにしておきながら変態の希望を叶える者はどういった呼称になるのだ?」
「なんでしょう……バカップル?」
「ばっ、誰がバカよ! 眷属にご褒美をあげるのもご主人様の務めってだけ!」
刀花が首をかしげながら言う呼称に、リゼットは真っ赤になって声を荒げる。
自分のスパッツ姿はご褒美であると。人によっては傲慢に聞こえてしまうような台詞だが、彼女のような高貴さを備えた美少女が言えば嫌味にもならない。まさにその通りだからだ。
「さて、合法的にマスターのスパッツ姿を眺める許可を得たところで、運動を始めるとするか」
「しまった!?」
「兄さん兄さん、そんなに見たいんでしたら妹が先に希望を叶えて差し上げますよ?」
言質を取ったところで唸るリゼットの隣で、刀花がこそっと耳打ちしてくる。
そんな彼女は腰を突きだし、くるぶしまで隠す長い丈のズボンに手をかけようとしていた。
……が、それに俺は待ったをかける。
「おっと、刀花。あまり自分を安売りするものではない」
「安売り、ですか?」
キョトンとする刀花に「うむ」と頷く。
そうとも。世に流行り廃り、市場には旬があるように……物事には時流というものがある。
「たとえば俺が今ここで服を脱ぎ出したら、刀花はどう思う」
「ドキドキしちゃいます」
「色々おかしくない?」
リゼットの冷静な突っ込みは無視し、またも頷く。我が最愛の妹であればそう言うであろうと確信していた。
「だが……俺が今、より汗をかいていたとしたら?」
「――っ! すごく、えっちさんです……!!」
「ふ、そういうことだ」
「ねえシリアスな顔して何言ってるの?」
確かに俺は彼女達のスパッツ姿が見たい。
刀花の肉付きのいいむっちりした下半身にピッタリと張り付いたスパッツ。リゼットのスラッと伸びる足に小ぶりで可愛いらしいお尻を覆うスパッツ。
きっとそれらを見た瞬間、俺は解脱の心を理解するに違いない。
だが――決して今ではないのだ。
「時に己の価値を見極めることも、我が担い手には必要である。その視野を持てば、自分の武器をより磨き輝かせることができる……まあそのようなことをせずとも、我が妹は常に太陽のように天に座し煌めいているがな!」
「兄さん――好きです! 抱いてください!」
「いいとも、我が最強に可愛らしい妹よ!」
『ひしっ!』
「ねえ私この人達にバカップルって言われたのすごく納得いかないのだけれど」
熱い抱擁を交わす横で、リゼットが呆れたように言っている。
「結局は暑い中でズボン脱がせてスパッツを露にしたいってことをよくもまあ……」
「結果は大事だが、経過もまた大事なものだぞ?」
「女の子の服を脱がせる話じゃなければ良いこと言ってる気がするわねえ……」
ひらひらと手を振り、リゼットは腰に手を当てた。
「それで、運動ってなにするの? 走ったりとか?」
「まあそうだな。走ったり、重い物をもったり、振り抜いたりだ」
「あら、決まったものでもあるの?」
「ああ、いつもしている運動がな。刀花」
「はーい、じゃあ準備しますね」
元気よく手を上げた刀花は、テトテトとこちらから数十メートルほど離れていく。ここの庭が広い分、別の広い場所へ移動しなくていいのは助かる。
「いいですかー、兄さーん?」
「いつでもいいぞー」
何をするのかと首をかしげるリゼットを横目に合図を返す。
「むふー、それじゃあ……」
そうすれば刀花は開いた掌を天に掲げ――
「いきますっ。我流・酒上流一刀両断術――『星崩刃!』」
全長五十メートルはあるかという長大な大剣を造り出し、両手で一息にこちらへと振り下ろした。
「私の思ってた運動と違う」
「手っ取り早く全身運動させるにはこれに限る。これほどダイエットに適したものもない」
ズシン、と。
幅数メートルはある刃を片手で受け止めながら、俺達がいつもしている運動について明かす。
ちゃちな運動など細々とやっていられるものか。これこそ我等が酒上流ダイエットである。
「まだまだいきますよー! 我流・酒上流蹴術――『飛鋭刃!』」
握力のみで大剣を砕けば、刀花は剣を消し次なる技を繰り出す。無論、俺から打って出ることはない。あくまで俺はサンドバッグ役だ。
刀花は刀をポンポンと造り出し、まるでお手玉のように宙に投げたかと思うと――
「はいっ!」
その足で的確に柄頭を蹴り抜き、刃をこちらに飛ばしてきた。
「ふっ、はいっ!」
その動きはまるで舞うように。ポニーテールが尾を引き、いっそ美しさすらある。
縦横無尽に身体を動かしながら、時に後ろ回し蹴りで落ちてくる刀を刀花は軽々と蹴り飛ばす。
脚力は腕力のおよそ三倍。そしてそこへ所有者として引き出した戦鬼の膂力を用いるそれは、下手な銃撃より鋭く早い。
「ねえ私できる気がしないんだけど」
「いや、マスターも刀花と同様に俺と契約している。やろうと思えばできるはずだ」
「ええ……? 武器も造ったり?」
「ああ」
飛来する刀を爪先で弾きながら、リゼットにそう促す。
人鬼一体せずとも、ある程度であれば戦鬼の力を行使できる。まあ刀花には俺を従えて十年という年季もあるが。
「俺と繋がる霊力のライン。そこから流れる力をイメージしろ」
「む、むむむ……」
刀花の技を受けつつ、リゼットに俺の使用方法を教授する。彼女は目をつむり、難しそうに唸っていた。
「井戸から水を汲むように。地に根を下ろし水を吸うように。俺という源泉から力を吸い出せ」
「……これ、かしら」
ん、いいぞ。
普段は循環している霊力のラインが、彼女の方へと傾くのを感じる。
さすがに努力の子。イギリスで訓練に明け暮れていた者は飲み込みも早い。
「よし、身体能力はそれでいい。武器であればとにかく願え」
仔細はいらん。
実際、今刀花がポンポンと出している刀も素材やらこしらえやらに拘ったものではない。無駄に凝れば現実味が増し、逆に弱体化する。
――とにかく硬く、重く、そして鋭く。
それくらい漠然としたものが好ましい。理想とも妄想とも取れるそれを、叶えてこその神秘。実現させるからこその俺という道具なのだ。
「分かってきたわ……こう!」
そうして手を突きだし、念じるリゼットが出したものは――
「えい」
「むっ!?」
パァン、と。
刀花と交わす剣戟の中で、一つの乾いた音が響く。
「わ、本当に出せたわ!」
「おい」
えい、ではない。
このお嬢様……。
こともあろうに銃を出し躊躇なく発砲したぞ。俺でなければ頭を撃ち抜かれて死ぬところだ。
「身体を動かす物を出さんか」
「ね、ね、すごいわこのハンドガン! 反動ないし! 狙ったところに弾が飛ぶわ!」
「聞け」
キラキラした目で自分の持つ銃に視線を注いでいる。
ああ、そういえばこのお嬢様、最近シューティングゲームにハマっていたような……よく夜中に通信対戦中に罵声を上げているのを聞いた覚えがある。ぬーぶ!
「あ、じゃあじゃあ、三人でサバイバルゲームでもしましょうか」
「さば……なんだそれは?」
手を止め、こちらの様子を見て近付いてきた刀花がそう提案する。
「あら、いいわね。ちょうど屋敷周りは森だし」
「弾は汚れにくいペイント弾にして……遊びですし、失格とかは無しでとにかく走って撃ち合いましょう!」
銃における戦争ごっこのようなものか。だが、引鉄を引くとなると……
「俺は二人に武器を向けられないぞ」
「じゃあ兄さんは私達のズボンを脱がしたら勝ちということで。二対一です」
「――よし」
「いやよしじゃないんだけど!」
「ではいきまーす、用意スタート!」
「ふははははははは!!」
「きゃあー!? へ、変態! うわ弾丸を避ける変態よー!?」
そうして形式を変え、俺達三人は騒ぎながら森を駆け回る。
時に挟撃し、時に互いを囮にする彼女達は、意外にも巧みなタッグプレイで戦鬼を相手取る。
だがこの戦鬼、闘争とあれば負けるわけにはいかぬ。
「リゼットさん、そっち行きましたよ!」
「へっ!? どこどこどこ!?」
「――動くな、俺は兄だ」
「後ろ!?――いやあぁぁぁああぁあ!?」
「ああ! リゼットさんのズボンが! って、ひゃあん!?」
「油断したな、刀花。いただいたぞ!」
しばらく走り回り期が熟したところで、俺は彼女達のズボンを奪取することに成功したのだった。
「ああん、兄さんに熱く見られちゃってます……」
「じ、ジロジロ見ないでよバカ……えっち」
「――素晴らしい」
刀花はパツパツなお尻を突きだして見せつけるように(恐らくわざと)、リゼットはぶちぶち言いながら頬を染め、スパッツを隠すようにしてシャツを下に引っ張っている。
その恥じらう仕草も、そそるというものだ。
なるほど、これが秋の醍醐味というものか――!
「よし、次はスパッツを脱がせればいいのか?」
「なわけないでしょう!?」
「やん、困りました。私スパッツの下何も着けてませんのに」
「なんで!?」
「では第二ラウンドだ!」
「きゃー!? きゃー!?」
「きゃあん♪」
まだまだダイエットは始まったばかり。
そうして俺達は昼飯時を軽く過ぎるくらいまで、夢中になってわいわいと森を駆け回ったのだった。
……ちなみにその夜。
「体重が増えてますーーー!?」
落とす脂肪がそれほどなかった我が妹は、無事に脂肪よりも重い筋肉を付けて、あらかじめ体重を減らしておくという計画に失敗したのだった。
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