第58話「あーオチが見えるようです」



 器用に俺に腰掛けながら靴とニーソを脱いだ刀花は、その爪先をおっかなびっくりといった様子で砂浜につけた。


「ふふ、ちょっぴり熱いです」


 ぴょんと砂浜に降り立ち、楽しそうに言う。普段感じることのない足裏の感触と熱に、妹はテンションを上げているようだ。


「漂流物には気を付けるのだぞ」


 ポンと人型に戻りながら注意を促す。まあ、見渡す限り人間が捨てたような瓶やガラスの類いもなく、朽ちた流木が見える程度でそう気にするものでもないかもしれんが、一応な。


「ふむ」


 一つ指を鳴らして洋装からリラックスできる和装に着替えた俺は、目の前に広がる自然を視界に収める。

 眼前には広々とした白い砂浜。その奥には緑地と高い背の木々が生えた小さな森。そう高い山もなく、奥地へ足を踏み入れなければ危険もないだろう。獣の気配はするが来たら来たで追い払えばいいだけのこと、問題でもない。


「さて、どうしたものか」

「んー、そうですねえ」


 熱された砂や打ち寄せる波と戯れていた刀花は、テテテとこちらに駆け寄り腕を取った。


「ランチの前に、まずは着替えちゃいましょうか。汗もかきますしね」

「そうだな」


 ここが太平洋のどの辺りかは知らんが、体感温度はそこそこ高い。木陰といえどもこのままの服装では汗だくになるだろう。

 どうせ海水浴もするつもりだ。人の目もない。ならばさっさと水着に着替えてしまった方が都合もいいだろう。

 そう結論付け、嬉しそうに腕に抱きつく妹と砂浜を歩く。普通のビーチならば人間で溢れ返り、妹をけしからん目で見る輩に睨みをきかせるところだが、無人島であればその心配もない。

 打ち寄せる潮騒と、少女の楽しそうな鼻歌のみが支配するこの空間では、少女を守護するこの無双の戦鬼もお役御免というやつだ。

 安らぎが満ちる静けさに肩の力を抜きながら、持っていたバスケットを木陰に置く。


「水着か……」


 さて、と思案する。外に出る時は仕方なく洋装、プライベートではゆったりとした和装を好む俺だが、今は和装で下着の類いは履いていない。海水浴に向けどのような水着を創造したものか。礼装の要領でやれば水着とはいえなんとか出せるはずだ。形は……ふんどしか?

 うーむ、と唸っていると、横からちょいちょいと袖を引かれる。


「兄さん兄さん、お願いがあるのですが……」


 着物の袖を引く妹は、少し恥ずかしげにもじもじとしている。ああ、着替えるから庇や壁になれと言いたいのだろう。彼女は花も恥じらう乙女、周囲に人目がないとはいえ気にはなるか。

 そうだな、望むのならいっそ装甲車でも作ってその中で着替えさせるというのも――


「――私が着替えるところ、見ててください」

「なに?」


 頭の中で装甲車の設計図を描いていた俺は思わず聞き返す。

 しかし隣の妹は何も言わず、恥じらうように太股を擦り合わせながらミニスカートのホックをはずした。


「どうしろと言った?」

「ちゃんと見てて、くださいね……?」


 頬を染めながらも、妹はミニスカートのチャックを下ろしていく。

 そうして少し前屈みになりながらこちらを上目遣いで見て手を離すと、彼女の腰回りを隠していたスカートは遮られることなくパサリと下に落ちていく。その様子が、いやにスローモーションに俺の目に映った。

 靴とニーソも脱ぎ、肉付きのいいむっちりとした太股が白日の下に晒される。その肌はしっとりと汗ばみ、白い肌は興奮からか少し紅が刺している。シャツの丈が長いせいで、先日の兄シャツを着ていた時のように下着はギリギリのところでまだ見えていない。


「どういう、つもりだ」

「……それは兄さんのご想像にお任せします」


 そう言いながら刀花は襟付きシャツに手を伸ばし、結んでいたリボンをシュルリとほどいていく。

 そうしてゆっくり、ゆっくりと上からボタンを一つずつ外していく。その様子から目を離せない。『お願い』をされたというのもあるが、俺は目の前の扇情的な妹の姿に夢中で視線を外したくないのだ。

 三つ目のボタンを外せば、窮屈そうにシャツに収まっていた胸が揺れて今にもこぼれそうになっているのが見て取れた。下着もチラリと見え、その色は清楚な白色だった。

 刀花はボタンを外すごとに熱い息を吐いている。琥珀色の瞳は潤み、頬は上気した様子で熱を上げていた。


「兄さん、すごい目……してます……」

「……どんな目だ?」


 四つ目のボタンが外され、可愛らしいおへそを見ながら聞き返すと、妹は「はぁ、はぁ」と断続的な息を吐きながら言った。


「えっちな、目です。大事な妹をやらしー目で見る、えっちさんな目です……」

「嫌か? 嫌ならばやめるが」

「いいえ、私の好きな、目ですから……」


 内股で恥じらいつつも、柔らかそうな太股は震え、シャツの上部分を外された胸は今にもまろびでそうになっている。

 妹の裸など見慣れているはずだった。去年までは一緒に風呂に入ることもザラにあったというのに、今この時、妹の色っぽい肢体から目を離せない。


「最後のボタンは、兄さんが外してくださいね……?」

「……わかった」


 妹のお願いに誘われ、俺は彼女の目の前で跪き、形のいいおへそを眼前に臨む。そうしてあと一つというところで彼女の大事な部分を覆っているシャツのボタンに手をかけた。


「あ、ん……」


 こちらの手が少し素肌に当たったのか、刀花はピクリと身体を震わせ艶っぽい声を上げる。頬を染め、手で口を押さえながらも潤んだ瞳で俺がボタンを外すところを見つめている。


「脱がすぞ」

「はい……お願いします……」


 ドキドキとした様子で答える妹。そんな妹の姿にクラクラしつつも、俺はプチリと最後のボタンを外し……彼女の火照った身体を隠すシャツの前を、ゆっくりと開けた。


「……ん?」


 思わず声が漏れる。

 彼女の胸を守る白い布に合わせ、下につけた布も白。だがこれは……


「い、妹さぷらーいず……」


 確かにそれは布だったが、よく見れば可愛らしいフリルが縁取られ、素材も下着と比べスベスベとしたものだ。

 そうか、なるほどこれは……


「最初から水着を着てきていたのか」


 そう、てっきり下着かと思えば、この妹は最初から水着を着用していたのだった。


「ちょ、ちょっとしたイタズラのつもりだったんですけど……」


 そう言う彼女はおそらく想定以上だったのだろう。今の盛り上がりにテレテレとしながら、脱いだシャツから腕を抜いている。

 そうしてシャツも地に落ち、彼女の全身像が結ばれる。

 一瞬下着かと見紛うビキニタイプの白い水着、そんな大胆な水着に我が妹は着替えていた。


「ど、どうですか、兄さん……?」


 後ろ手に腕を組み、もじもじとしながら上目遣いで聞く妹。

 俺は……俺はそんな妹の姿に――


「くっ……!」


 感涙した。


「うーん、そういう反応を求めていたわけではないんですが……」


 困ったように笑う妹をよそに、俺は天を見上げて男泣き。

 よくぞ、よくぞここまで育った……!

 思えば、俺の腰くらいの背しかなかった妹。心細そうに服の裾を摘まみ、不安げに俺を見上げるしかなかったそんな小さい妹が、今や俺の胸に届く背丈に成長し、いみじくもここまで魅力的に女として俺を誘惑するとは!

 戦鬼の胸に充実感と、少しの寂しさと、とめどない愛しさが膨らんでいく。俺は今、猛烈に感動している!


「本゛当゛に゛よ゛く゛育゛っ゛た゛な゛ぁ゛……!」

「もう、泣かないでくださいよう。あと興奮したならチューしてください」


 ちょんちょんと、頬を指差す。

 滂沱の如く涙を流し、鼻水を啜りながらそんな彼女の頬にキスを施した。


「むふー、やりました」


 やられた。俺はもうダメだ。俺の妹が尊すぎて死ぬ件について、という伝記を書こうと思う。いやこの妹の姿を一般の目に触れさせるなど言語道断だ。俺は一秒で筆を折った。


「はーい、じゃあ兄さんも着替えてくださいね」


 赤い頬を手で押さえ、しばらくやんやんとポニーテールを振った後、刀花はバスケットからビニールに覆われた水着を取り出した。

 ついでにと手渡されたハンカチで涙と鼻水を拭いながら、その水着を受けとる。トランクスタイプのオーソドックスな水着だった。


「別に用意せずとも、服装など自在に変えられるぞ」

「ダメですよ、こういう時は手間を惜しまないのが時間を楽しむコツなんです」

「そういうものか」


 しかし俺が水着に着替える行程など誰が楽しむのか……と思ったら、眼前で妹は瞳をキラキラさせながらスマホを構えた。


「……何をしている?」

「思い出づくりです」


 ニコニコとしてお気になさらず、といった感じで言うが、その鼻息は荒い。さっきの一幕の時より荒いかもしれん。


「まあいいが……」


 気にせずポイポイと服を全て脱ぐと「きゃあきゃあー♪」という黄色い声と共にシャッターを連射する音が横から聞こえてくる。逞しく育ちすぎだぞ。


「むふふ、リゼットさんにも送っておきましょう」

「俺は今ネット社会の闇を見た」


 こうやってなんちゃらポルノが出来上がっていくのだろうな……詳しくは知らんが。

 苦笑しながらしかし「電波がありません!」と騒ぐイマドキな妹の頭をくしゃりと撫でる。


「どうしたんですか? 優しいお顔です」


 つぶらな瞳で見上げる妹の頭を撫で続ける。


「いや……楽しいと思ってな」

「ふふ、じゃあ今日のデートは大成功ですね」


 まだなにも始まっていないというのにな。

 いや、俺たちは既に終えたのだ。漫画で言う冒険を。ドラマで言う山場を。映画で言うクライマックスを……この十年の間で。今はそう、エンドロールが流れている頃合いだ。その領域に、俺達二人は達してしまっている。そのことが、なにより誇らしい。


「キスしていいか」


 胸に溢れる感情をそのまま言葉にすれば、知らずそう言っていた。

 俺の言葉を聞き、刀花はへにゃっとその唇を綻ばせる。


「ダメって言ったらしないんですか?」

「いいや、する」

「強引な兄さんも素敵ですよ」


 抱き寄せ、妹の唇を奪う。

 触れ合うだけのキス。それだけだというのに、俺は既にたまらなくなっている。身体の芯が熱を持ち、今すぐこの妹を食べてしまいたい。


「はぁ……おにいちゃん……もっと」


 唇を離せば、甘えるように追いかけてきて唇を奪われる。抱き締めれば汗ばんだ肌が密着し、ボリュームたっぷりな妹の胸がこちらの胸に押し付けられた。

 鼻息が当たりくすぐったいのか、クスクスと笑いながら遊ぶように唇同士を触れ合わせる。そのたびに、愛しさが胸で膨らんだ。

 そろそろ歯止めをかけねばと思いながらも、啄むようにしてキスを重ね続ける。せめて人目があれば自重も出来るのだが、今この時、愛し合う二人を止めるものなど何もない。


「おにいちゃん、舌ぁ……んっ、ちゅる……れる」


 デートに行くと決まった時点で、こうすると決めていたのだろう。恥ずかしげに妹はちょろっと舌を出す。その可愛らしいちっちゃな舌に望むまま自分の舌を絡めた。


「あふ……おにいちゃん……おにいちゃあん……」


 バニラのような甘い吐息を漏らしながら、切なそうに俺を呼ぶ。

 昔は守られるだけだった小さな少女が、今はひたすらに俺を求めている姿に興奮を覚え、より激しく妹と舌を絡ませた。


「おにいちゃ……嬉し……しあわせぇ……♡」


 一旦離れれば、頬を上気させ、幸せそうな息をつく。緊張や興奮よりも、多幸感が勝っている様子。これであれば以前の夜のように気を失うこともあるまい。

 ……このまま妹に溺れるのも一興か。

 そう思い、とろんとした琥珀色の瞳に魅了されながら、俺は再び舌を伸ば――


 ガサガサ!


 そうとしたところで邪魔が入った。

 少し離れた雑木林。背の高い雑草が鬱蒼としている中でその音は響いてきた。


「はふぅ……もう、なんでしょうか」


 邪魔が入ったことで、少し不満げに唇を尖らせて顔を離す。

 しかし、今日の一番の目的を達成したからか、デレデレとなってご機嫌な妹は「むふー、当ててみせます」と得意気に雑草の方へ目を凝らした。


「んー、こっち見てますね」

「結構デカいなあれ」

「あ! 分かりましたトラさんですあれ!」

「本当か?」

「ほら、光ってる目が見えます。絶対トラさんですって!」

「本当にトラか?」

「あ、いえシカっぽいかもしれません」

「ずいぶん離れたな」


 刀花はこちらの身体に抱きつきながら、やいのやいのと口々に言う。あまり真剣には分析していない様子だ。

 きゃっきゃと身体を寄せ合いながら観察する。そうしてガサガサと雑草を揺らし、ぬらりとその姿を現したのは……


「トラさんでした」


 ト ラ さ ん で し た 。


「ガオオオオオオ!」

「ひゃわー!?」


 腹に響く低い咆哮を聞きながら、妹は俺の背中に隠れる。


「はわわわわ、今ってそういう時間じゃないんですけどー!」


 ギラつく牙を見せる筋骨隆々なトラを前にしてビビる刀花。あの強靱そうな顎で噛まれたら妹の腕など簡単に折れてしまうだろう。


「ににに兄さん、こういう時は火ですよ! 火!」

「ほほう、いい殺気だ。そうでなくては」


 さてどう撃退したものか。ネコとはいえ刀花を害するつもりならば容赦はせん。ちょうど身体の熱も放出したいと思っていたところだ、あのままでは妹と一線を越えてしまいかねん。可愛いが仕方ない。

 妖刀や魔剣の類いを出すのは過剰か。だが素手で相手をするのも芸がない。火……火か。


「そうだ、アレを試すか」

「兄さん?」


 マスターの血を吸ってから試してみたいと思っていたのだ。

 そして刀花も見ており、最近ご無沙汰な戦闘だ。ここはいいところを是非とも見せたいところ。

 ならば、刀花も見たことのない最近身に付けたばかりのものを披露するべきだ。


「我流・酒上流十三禁忌が弐――『幻燈刃』」


 人に幻を見せる幻影刃ではない。

 人間が夢見、果たせぬ幻想を投影し、この現実に無理矢理刻み付ける幻の刃。物理法則すらねじ曲げ、人間の空想や未来の可能性を踏みにじる戦鬼の禁忌が一つである。

 最も汎用性の高い刃の発現と同時に、俺の身体に変化が生じる。

 肉の潰れるような音と共に身体は肥大化し、質量保存の法則すら無視する。

 腕の筋肉が増し、その先に敵を八つ裂きにする爪が姿を現した。足は巨体を支えるに充分な大きさとなり、ビルすら薙ぎ倒しそうな尻尾で巨体のバランスを取る。

 敵を噛み砕く牙の隙間から炎が漏れ、背中からは両翼が生え天を掴む。


『幻燈顕現・赤竜――!』

「兄さんがドラゴンさんにー!?」


 縦に開いた瞳孔でギョロリと眼下を睨め付ける。

 地すら震える咆哮を喉の奥から振り絞り、同時に天空へと炎を吐く。その姿はアジアに伝わる細長い龍ではなく、まさに童話に住む西洋のドラゴンを想起させる。

 ククク、上手くいったようだな。マスターの血を吸って研究した甲斐があったというものだ。

 吸血鬼には様々な呼び名があるが、一つにドラキュラという『竜の息子』の意味を持つ言葉がある。吸血鬼が竜かは実際のところはどうでもいい。ただそういった意味があり、伝承があるという事実さえあればいいのだ。

 そうした因子のある血を取り込めばこれこの通り、こういうこともできる。


『さて』


 力強く地に足をつけ、牙を剥くトラを見下ろす。トラは強いから強いということだが、それをいえば竜も負けてはいない。竜虎相搏。まさにトラを相手取るには最適の姿だろう。


『久方振りの死合いだ、血が滾るぞ! せいぜい一撃で死んでくれるなよ下等生物がァ!』


 降って湧いた闘争を前に涎を垂らす。平和ボケした身体という炉に熱が入った気分だ。そうとも、この身の切れるような殺意のやり取りこそ戦鬼の本懐よ! 胸が踊るぞ!


 ――さあ、バトルの時間だ!


 ククク、ハーハハハハハハハハ!!!




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