第53話「酒上家家訓!」
「るーるる~♪」
チクチク
「兄さん、兄さん、おにいちゃーん」
ぬいぬい
「好き好き大好きおにいちゃーん」
チョキチョキ
「腕の一振りで一網打尽、私を守る刃にいさーん」
ぎゅっぎゅっ
「すごいぞ、強いぞ、カッコいいぞぉ~」
~間奏~
「優しく見つめる視線にドキドキ、妹のお胸はキュンっとトキメキ」
ぽふぽふ
「ちょっぴり触れ合うそれだけで、相思相愛エンジン全開、綺麗なあの子によそ見はのんのん!」
ぐいぐい
「だから今日も伝えちゃいます、甘く切ない刀花の気持ち、兄さん兄さん~」
ぎゅうぎゅう
「(セリフ)『お兄ちゃん、大好き』」
――チョキン。
「できましたー! 兄さん縫いぐるみ和服タイプ、完・成です!」
ハサミを置いて、今しがた完成した手触りモフモフの縫いぐるみをジャジャーンと掲げる。
「むふー」
胸にむぎゅっと抱けるサイズの、デフォルメされた兄さん人形。気難しそうなお目目と眉間がとってもキュートです! 以前作ったシリーズより上手くできたと思います!
「ふっふっふ、しかもこの兄さん、右目が取り外せて光る紋章仕様にもできるんです。そして余った布で作った刀も持たせて~……きゃあん、カッコいいですー♪」
……。
「……」
……。
「う゛わ゛ー゛ん゛! 早゛く゛帰゛っ゛て゛き゛て゛く゛だ゛さ゛い゛に゛い゛さ゛ー゛ん゛!!」
沈黙に耐えきれなくなり、自室の枕に顔を埋めてくぐもった泣き声を上げる。あんまり大きい声で叫ぶと本当に飛んで帰ってきちゃいますので……。
くすんと鼻を啜りながら自分を慰めるようにぎゅうっと兄さん人形を抱き締める。兄さんがバイト漬けだった頃には、よくこうして縫いぐるみを抱いて寂しさをまぎらわせていたものです。しかし今回は……
「わ、私以外の女の子と……テ゛ー゛ト゛中゛……!」
その事実に嗚咽が漏れる。あ、今の濁点の出し方兄さんに似てたかも、えへへ。
「……大丈夫です、私達は愛し合う兄妹」
そうです。昔から兄さんには妹の扱い方を教える際に、一般的な妹への扱い方ではなく、恋人にするよう教え込んできました。洗脳? 愛ですよ、愛。
「血よりも濃い魂で繋がった二人です、いまさら距離が離れるということはありえないのです」
自分に言い聞かせるようにベッドでゴロゴロしながら呟きます。
ふう、少し落ち着いてきました。
そうですよ。あの兄さんが妹を蔑ろにするなんてあり得ません。兄さんは妹が大大大好きですからね。私も大好きです!
「十年かぁ……」
思えば兄さんが顕現してから、兄さんの時間は全部私が貰ってきました。
でしたら、少しは兄さんの自由を認めてあげないと女が廃るというものです。鬼さんですからね、色を好むのも仕方ないのかもしれません。その分私を可愛がってくれればそれでいいです。
いいですか兄さん、側室は一人まで! 三人目は許しませんよ! そしてもちろん一番は最愛の妹ですからね? これは新しい家訓としましょう。
「むーふふー……うん?」
うんうんと頷きながら兄さん人形を弄っていると、枕元に置いておいたスマホが震える。
「リゼットさんから?」
トラブルでもあったんでしょうか。もしかして兄さんが手に負えなくなっちゃったとか。ふふ、やっぱり兄さんは私がそばにいないとダメですね。今からでも合流しちゃいましょうか――
「あ゛っ゛」
兄の全てを知る妹へのヘルプを期待してメッセージアプリを起動。
しかし、そこには三白眼でメリーゴーランドに乗る兄さんの姿が!
「に、兄さんが悪い女の子に手玉に取られています……!」
ヘルプどころかきちんと首輪をされている様子の兄さんに変な声が漏れてしまいました。
「うわーん! 思った以上に上手くいっちゃってるみたいですー!」
浮気の現場写真を見てしまった気分です……。
よよよと、力なくガクリとベッドにくずおれる。嫉妬です。じぇらってますよ私は。
「……いいです、私も浮気しちゃいますからね」
拗ねたように言い、寝転がりながら正面に兄さん人形を配置。への字に縫った唇を見ると、兄さんからのキスを思い出してドキドキしちゃいますが……
「んー……ちゅっ」
ぎゅっと抱き締めながら口付けをする。
ふふ、兄さん人形に浮気してしまいました。私が浮気する対象は兄さん以外あり得ません。……これが浮気になるのか? これがなるんです。兄さんは独占欲が強いので、相手が自分でも嫉妬しちゃうんです。それは過去の出来事が証明しています。
「あの時は大変でした……」
それは私が中学生だった時。
高校入学の資金を稼ぐため、兄さんはその頃マグロ漁船に乗り家を空けることが多くありました。
もちろん私はその時も兄さん人形を作り、自分を慰めていましたが……ある日、そんな私を不憫に思ったのか、兄さんは縫いぐるみに術をかけたんです。
我流・酒上流十三禁忌が壱――『刻命刃』
対象に生命を刻み込み疑似生命体を作り出す、神の御業を嘲る戦鬼の禁忌が一つ。もともとは私から奪った生命力を返すために作った技ですけど、少しアレンジしてこれを縫いぐるみに放ちました。
最初は動くお人形程度の予定だったのですが、兄さんは力加減を間違えて結構な霊力を注ぎ込み、その縫いぐるみは自我と戦闘力を持つようになりました。
私としてはちっちゃい兄さんが増えた気分で垂涎ものだったのですが、いったいどちらだったか……兄さんは言ったのです。
『たとえ俺だとしても、他の男が刀花のとなりにいるのは気に入らんな』
その言葉がきっかけとなり、兄さん達は刀を抜き殺し合いに発展。三日三晩の死闘を無人島で繰り広げることになってしまいました。兄さんの戦歴の中で最も苛烈な戦いだったといえるでしょう……。
帰ってくる頃には、敵には一度も殺されたことのない兄さんが二百回くらい殺されていて肝が冷えたものです。ちなみに無人島は沈みました。
「そして嫉妬から一日中私を抱き締めて過ごしたんですよね。あれは至高の一日でした……ふふ、にいさーん♪」
その時のときめきを思い出し、強く縫いぐるみを抱き締める。気難しそうな顔をした兄さんが、むぎゅっとちょっぴり自慢の胸の中でつぶれた。
「……うーん、出来はいいですけどやはり『アレ』が足りませんね」
私は縫いぐるみのクオリティを上げるために立ち上がり、隣の兄さんの部屋へ。許可? いいですか、『兄さんは妹のもの、妹は兄さんのもの』です。酒上家家訓ですよ?
「ふんふふーん♪」
部屋に入り、一直線にベッドにダイブ。そして兄さんの枕に縫いぐるみをコシコシと擦り付けます。これで……
「くんくん。あぁ、兄さん最高です……」
縫いぐるみに兄さんの匂いがしっかりと反映されました。これですよこれ。この香りにうっとりしちゃいます……。
充分に香りが移った縫いぐるみを脇に置き、今度は自分の顔を枕にダイブ。
あぁしゅきぃ……だいしゅきぃ……。
この焼けた鉄のような香りが妹を狂わせるのです。
「むふー」
より強く兄さんの存在を感じられるように鼻を強く押し付ける。あぁ私今兄さんに包まれています。そう、妹の身体に兄さんの匂い染み付いて――
「げほっ、げほっ!?」
むせる。
「ま、待ってください。兄さん以外の匂いがします!」
この優しく香るラベンダーの風はまさか!?
「はっ!? ベッドシーツに見覚えのある金髪が!」
な、なんていうことでしょう……。
あの吸血姫さんは大切なものを奪っていきました。私の兄さんです。
「うわーん、いーやーでーすー! あいたー!?」
ベッドの上でジタバタゴロゴロと暴れ、勢い余ってベッドから転げ落ちる。しくしく……、こんなに悲しいことはありません。これでは本当に浮気現場……
「……へ?」
そんな風に絨毯の上でうじうじと泣いていると、視線の先にとあるものが飛び込んできました。
「ベッドの下に何かあります……」
ゴソゴソと手を入れ引き寄せると、それは紙袋に納められた何かでした。中身は……手触りからして雑誌っぽいです。
というかベッドの下に雑誌って……え、それって?
「え、え? 嘘です。に、兄さんが……?」
そんなまさか。一緒の部屋で過ごしていた時にはそんなもの……。
あぁでも、だからこそなのでしょうか。
兄さんが自室を持つのなんて初めてです。自室とはつまるところ自分の城。ここに来てもうそこそこの日数が経ちます。見られたくないものの一つや二つは持ち込んでいるものなのかもしれません。私も実際、通販で勝負下着買いましたし。紐の。
「……ゴクリ」
と、いうことは。
こ、これには兄さんの崇高なご趣味があられもなく掲載されているものが入っているのでは……?
「っ」
意味もなくキョロキョロと周囲を確認する。敵影なし!
兄さんのご趣味のご本……い、妹としてこれは検分しなくては……。あぁでも結構ハードなものが出てきてしまったらどうしましょう!? 痛いのはちょっとくらいなら我慢できます!
「いえ、私は妹モノだと信じますよ……!」
あわあわとしながらも紙袋に手を入れて、一心不乱に祈りを捧げる。
妹モノ妹モノ妹モノ妹モノ妹モノ……!
「なむさんっ!」
そうしてガバッと一気に雑誌を抜き取る! ほ、頬が熱いです! 思わず目を逸らしてしまいましたが、ゆ、ゆっくりと……
そうして、私の目に入ってきた雑誌には……!
『日本の名刀百選』
「……」
まぁ……そんなものですよ。
あ、でもなにやら付箋が張ってあって書き込みもありますよ?
『この反りが大変スケベ』『波紋がセクシーサンキュー』『ふーん、エッジじゃん』
……。
「ごめんなさい兄さん、私は兄さんのことを理解している気でいましたが……まだまだだったようです」
兄の知られざる一面を垣間見て、私はなんとも言えない気持ちになりました。
それに別に隠すほどでもないと思います……その想いを込めて、ベッドの下に戻すのではなく本棚に置いておきましょう。
「――って本棚の方にえっちなご本があります!」
兄さん絶対それは逆です! こっちがベッドの下にあるべきだと思います!
「そして妹モノです! 黒髪ポニーテールです!」
素早く抜き取りパラパラと捲ると、私に似ている黒髪ポニーテールの子が水着でポーズを取っています! 際どいアングルです! スケベさんです!
「きゃあん、もう兄さんったら♪ 言ってくれればいくらでも水着なんて着てあげますのにぃ!」
テンションがマックスになった私はやんやんとポニーテールを振りながら嬌声を上げる。
夏ですからね! そうです、今日のお迎えは水着にエプロン姿で出迎えてみましょうか! 着込んでいるはずなのに、なんだかすごくえっちさんです!
「ふふ、やっぱり兄さんも私を女として見てるんですねぇ、むふー、むふー」
鼻息荒くページをじっくりと見る。兄さんと海に行った時のためにこのポーズは覚えておきましょう。こう、脇を見せつけるようにして……なるほどぉ……。
「ほ、他には――」
水着はこれでいいとして、他に兄さんの好きそうなものは……
そう思いもう一度本棚に目をやり、適当に抜き取る。その本の表題には――
『イギリス美少女と秘密の旅~俺のビッグベン~』
「……」
……。
「……」
……。
「るーるる~♪」
ぬきぬき
「(二番)刀花、刀花、刀花ちゃーん」
ガチャリ
「兄さん大好き刀花ちゃーん」
てくてく
「清楚で可憐な尽くす妹、兄さん大好き刀花ちゃーん」
ガチャリ
「可愛いぞ、愛おしいぞ、愛らしいぞぉ~」
~間奏~
「可愛い妹の本音を見抜いて、鋭い視線でハートを射抜いて」
ガラガラ……ガタン
「ニーソとミニスカ絶対領域、クールなふりしていてもバレバレ、兄さんの視線は私に釘づけ」
ポイポイ
「だからよそ見はしないで欲しいの、おっきなお胸で抱き締めるから、兄さん兄さん~」
シュボッ
「(セリフ)『浮気はめっ、ですよ?』」
我流・酒上流焼却術『恋獄――嫉妬の炎』
私は棚から抜き取った全ての雑誌を、外でバケツに入れてマッチで着火。よし!
「酒上家ぇ家訓! 側室は一人まで!」
たとえグラビアでも、移り気は許しませんからね?
「るーるる~♪」
私は三番を歌いながら、お口直しにもう一度兄さんの香りを楽しもうと思い、るんるんと屋敷に戻るのでした。
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