第23話「この後ストラップを揃えるかでも揉めたぞ」



 朝食を終え、俺の血があてにならないことを再確認したリゼットは、次にネット環境を手に入れるべくスマホショップへと足を運んだ。


「容量は大きいのがいいわよね、それに綺麗に写真が撮れるのも……」


 多種多様な携帯機器を前にして、スペックを眺めながら唸っている。

 とりあえず血を通販で買うことが出来ればそれでいいのではないかと思うが、このお嬢様も現代っ子。それだけでは足りないらしい。俺にはさっぱり分からんが。


「二人はどんなのを持ってるの?」


 顔を上げたリゼットが聞いてくる。俺と刀花はポケットからそれぞれ端末を取り出した。


「私のは普通のスマホですよ。兄さんは……」

「これだ」

「え、古くない?」


 二つ折りの携帯電話を見せると、リゼットは微妙そうな顔をした。


「兄さんあんまり機械得意じゃないので……」

「あー、なんとなくわかるかも」


 あはは、と困ったように笑う刀花に、納得したかのように頷くリゼット。失礼な。触ってたらなんか勝手に壊れるだけだ。


「電話とメッセージが使えればそれでいいだろう」

「言ってることが高齢者のそれよ?」


 憮然として答えると、リゼットがからかうように言ってくる。

 ふん、そもそも電話なのだぞこの機械は。ただの電話に機能を付けすぎだというのだ。

 鼻を鳴らして顔を背ける俺に、リゼットはクスクス笑いながらも「そうだわ」と手を叩いた。


「ジンも買い換えましょう。眷属が隣でカパカパやってるのも格好がつかないし」

「全国のカパカパケータイを使っている者を敵に回したぞ?」

「まぁまぁ兄さん、折角ですしお言葉に甘えちゃいましょうよ。スマホはなにかと使えておいた方がいいですし」


 以前から気になっていたようだった刀花も背中を押してくる。これはこれで味があっていいものなんだが……。それにブルームフィールドの資金に頼りきりになるというのもな。そのうち何か対策を考えておくべきだろう。

 そうしてすっかりその気になったリゼットと刀花は「どれにしよう」とご機嫌な様子で再び陳列を眺め始めた。俺もチラリとスペック表を見てみるが正直なところさっぱりだ。ここは現代の申し子たる女子高生二人に任せることにしよう。そうこうしていると――


「いらっしゃいませ、本日はどういったものをお探しでしょうか?」


 営業スマイルを浮かべたショップ店員の女性が俺達に近付いてきた。外国人であるリゼットの容姿を見ても動じないあたり、この者……できるな。


「えぇと、私と彼の使うものを」


 リゼットの言葉に、店員もこちらに視線を向けてくる。瞳に不思議そうな色を宿しているのは、見た目が日本人の俺と彼女の関係を探っているのか。


「ほら、ジンも突っ立ってないでこっちに来て」

「む……」


 少し離れていた俺を、リゼットが控え目にシャツの裾を握って引っ張る。その様子に店員は「ははぁ」と何かに気付いたような声を漏らした。心なしか目が耀いているように見える。


「それでしたらこちらはいかがでしょう」


 妙に意気込んだ様子で女性は陳列されたコーナーの一つに手のひらを向けた。

 オーソドックスな造形のスマホで、価格も手頃。ごちゃごちゃした機能もなくシンプルで使いやすそうなものだ。


「こちらペアで買われますと、さらにお値段をお安くしてご提供できますよ」

「ペア?」


 首を傾げるリゼットはコーナーを覗き込み、


「!」


 ポップに書いてあった文言を見た瞬間、ポンと顔を赤くした。


『カップル限定ペア購入でさらにお安くお求めいただけます!』


 赤字ででかでかと書かれたそれは否応にもこちらの目に入り込んでくる。ハートマークで縁取られなんとも芸の細かいことだ。

 そんなポップを見てしばらく固まっていたリゼットだったが、ゴクリと喉を鳴らした後、頬を染めながらも消え入りそうな声で、


「じゃ、じゃあこれで……」


 と、ペアのスマホを指差した。


「むむっ」


 正直俺は安く買えればなんでもいいのだが、しかしここで刀花はポニーテールをビビッと逆立て、待ったをかけた。


「待ってくださいリゼットさん。身分を偽るのはよくないと思います」

「い、偽ってないわよ失礼ね……」


 ギクリと肩を震わせるが、どこか開き直ったかのようにリゼットは自慢の金髪をかきあげた。


「私と彼は特別な関係なのだから、もはやカップルといっても過言ではないんじゃないかしら?」

「そんなこと言ったら私だってカップルです」

「トーカは妹でしょうが」

「リゼットさんは主従じゃないですか」

「なによ」

「なんですか」


 視線から火花を散らし段々ヒートアップしていく二人を、店員は「い、妹? 主従?」と呟きながらオロオロと見つめている。


「あ、あのー……お客様方はこの方とどういったご関係で……」

「「カップルです」」

「えー……」


 真顔で声を揃える二人に困惑の声を上げる女性は、訝しげな表情でこちらを見ている。


「うむ」


 俺はその疑惑の目に答えるように腕を組み、


「いかにも、俺と彼女達は特別な関係である」


 ふんぞり返った。

 瞠目する店員は小さく「お、女の敵……」と呟いている。なんだと、俺が彼女達の敵になるなどそれこそあり得んというのに。


「お客様、日本で大奥は作れませんよ……?」

「作らぬわ」


 大奥だと? それでは俺が上ではないか。

 よいか。俺が地、彼女達が天だ。彼女達の幸せこそが、我が誉れなのだ。


「しかし二股では?」


 二股……二つのことのどちらになってもよいように、同時に、両方にかかわりをもつこと。(広辞苑より)


「失敬な。俺は彼女達二人ともを愛している。どちらかに何かあれば俺は世界を滅ぼすぞ」

「きゃー、さすが兄さん豪胆です♪」

「言ってることはクズのそれだけれど……」


 刀花は歓声を上げ、リゼットは白い目でこちらを見ている。店員はいよいよ「なにいってんだこいつ」と目で語りかけてきている。


「妹さんと主様と聞きましたがー……」

「うむ」


 なお食い下がる店員に嘆息する。

 やれやれ、物分かりの悪い人間だ。

 仕方ない、ここは俺が彼女達がどれだけ素晴らしい子達なのかを説明するべきだな。

 俺はまず刀花の後ろに回り、肩に手を置いた。


「この子は俺の妹だ。血よりも濃い、魂を分けあった兄妹だ。過去の凄惨な事件を経てなお、その人間性は清らかなままに保たれている。人間という種を怨んでいてもおかしくないというのに、憎むどころか哀れみすら抱き、優しさを振る舞う様はまさに女神のそれだ。貴様達が生きていられるのは、ひとえに彼女の慈悲の心ゆえと知れ」


 つらつらと述べると、刀花は「むふー、照れますなぁ」とニコニコしながら背中からもたれかかってきた。優しく受け止めると、甘えるように後頭部を胸に擦り寄せてくる。

 その髪を慈しむように撫で、むすっとしながらもチラチラとこちらを見るリゼットに目を向けた。


「そして彼女は俺の主だ。過酷な環境においてもその信念を曲げることなく邁進する、誇り高い子だ。出会ってまだ数日だが、その黄金に輝く精神性は痛いほど伝わり俺の胸に響いた。目の前の欲に飛び付かず、はね除け、自らの心に従い己が道を信じるその様はまさに戦乙女、俺を従えるに相応しい」


 そう述べると、リゼットは手で顔を覆って崩れ落ちた。誉められ馴れていないというのも可愛らしい。

 そうとも、どれだけ美辞麗句を並べても足りることなどない。彼女達こそ俺にとっての世界であり、世界を覗く小窓でもある。彼女達抜きに、俺の世界は成り立たぬのだ。

 どうだ、と店員を見ると「な、なるほどぉ~~~???」と理解を示してくれている。うむうむ、見所のある人間じゃないか、気に入った。


「主がスマホを揃えたいと言うのならばそうする。しかし妹を蔑ろにもできないというのが辛いところだな」

「な、なるほどぉ……つ、つまり?」

「三つくれ」


 ちょうど三色ある、件のスマホを指差し言う。


「ペアではありませんので通常価格となりますが……」

「家族割で頼む」

「あっはい」


 店員は「いいのかなぁ……」と呟きつつも在庫を確認すべくバックヤードへ姿を消した。いいのだ、法に縛られない戦鬼であり、彼女達の優しさがあるからこそ許されるのである。


「さ、窓口に行くぞ。いつまでしゃがみこんでいる」

「あなたよくそんな真顔で言えるわね……」


 まだ耳の赤いリゼットの手を取る。


「本心だからな、俺はお前達を家族だと思っている」

「家族……」

「私、妹~!」


 笑って刀花が主張しながら腕に飛び付いてくる。リゼットはそれを見て「え、え?」と狼狽えた。


「わ、私は……?」

「ん、まぁ妹でよいのではないか?」

「……そこは恋人って言っておきなさいよね」

「ん? 何か言ったか?」

「ふん、なんでもないわよ……」

「『そこは恋人って言っておきなさいよね』」

「聞こえてるんじゃないのバカー!?」


 無双の戦鬼の耳をなめるな。その気になれば心の声すら見通すぞ。


「恋人か……」

「な、なによぉ……」


 涙目でこちらを見るリゼットは大変可愛らしく、とても好ましいと思う。


「ヒトは細かいことや名称に拘りすぎなのだ。俺にとっては家族も恋人も妹も同じようなもの。等しく愛し、守り抜く。それが俺の仕事だ」


 名称一つで俺達の関係を表すことなどできはしない。ならば俺はその全てを飲み込み、全霊をもって彼女達を愛するのみだ。彼女達は俺にとって家族であり、友であり、妹であり、恋人なのだ。


「兄さんは欲張りさんですねぇ」


 最愛の妹が腕の中で笑う。


「――無論だ、俺は無双の戦鬼ゆえな」


 気に入ったものはあらゆる手段を用い、全て手に入れる。それが鬼であり、俺だ。

 俺は家族二人の手を取り、鬼らしく不敵に笑ってそう返すのだった。


「「まぁ言ってることはクズなんだけど(ですけど)」」

「むっ!?」


 ――家族は手厳しかった。

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