愁いを知らぬ鳥のうた

南雲 皋

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「ブリジット様、今日は何をなさいますか?」

「今日は編み物をすることにするわ」

「かしこまりました。糸のお色はいかがいたしましょう」

「貴方に任せるわ、ローザ」

「では、お持ちいたしますのでお庭でお待ちくださいませ」


 私はブリジット・シュナイデン。

 公爵家の令嬢で、今はヴァンホーデン辺境伯の元で暮らしています。

 何故公爵家の令嬢が辺境伯の元にいるのかとお思いでしょう。

 その疑問もごもっともです。

 その疑問にお答えする為には、私の兄の話をしなくてはなりません。


 私の兄、ジルベルト・シュナイデンはかなりの色男として知られています。

 妹の目から見ても、見目麗しいお兄様でいらっしゃいますから、それは頷ける話ではあるのですが。

 兄は、顔がいいだけではありません。

 剣の腕も良く、また勉学も得意で、詩人の真似事なども出来る程に博学でセンスに溢れています。

 完璧すぎる兄ですが、唯一の欠点が、『女たらし』なことです。

 何人ものご令嬢と仲睦まじくなったやら。

 二股、三股、いえ、最大で何股だったのでしょう。

 とにかく兄の尻軽さといったら。


 その兄が、初めて本当の愛を知ったのです。

 そのお相手というのが、ヴァイオラ・フェリー公爵令嬢でした。

 ヴァイオラは私と同い歳で、社交界入りしたのも同じ時期でしたから、良く存じておりました。

 彼女は私を蛇蝎のごとく嫌っておりました。


 自分で言うことではありませんが、私も兄に負けず劣らず優秀でした。

 それがヴァイオラには受け入れ難い物であったのでしょう。

 ヴァイオラは兄からの求愛を受け、数多の女性の頂点に立つだけではなく、更に私を排除してしまおうと動いたのです。


 私のことが気に食わない方は、ヴァイオラの他にもそれなりにいたようで。

 気付けば私は社交界の悪であるかのようになっていました。

 曰く、私と目が合うとその日の帰り道に馬車が横転する。

 曰く、私の誘いを断ると数週間寝込む。

 曰く……まぁ、いいでしょう。

 とにかくヴァイオラは、兄と婚約しても構わないが、その代わり私を辺境伯へ嫁がせろと条件を突き付けたのでした。


 セオ辺境伯は、変わり者として有名でした。

 一人息子であるにも関わらず未婚のまま、怪しい実験に現を抜かしていると。

 辺境伯を見たことのある者は殆どいませんでしたが、噂に拠れば髪はぼさぼさ、身体は骨のようで、目は落ちくぼみ、嫌な匂いをさせているとか。

 両親は反対しましたが、兄の熱意には敵いません。

 私は辺境伯の元へと嫁がされたのです。


 そして冒頭の会話に戻る訳なのですが、ローザは元々セオ様の乳母であり、今は私のお世話をしてくれています。

 セオ様とはまだ、この家に来た時にあったきりお会いしていませんが、噂に言うほど嫌な見た目ではありませんでした。

 確かに研究に没頭されていらっしゃるようですが、私が生活に困ることは一切ありません。

 むしろ、ヴァイオラたちに囲まれて社交界にいた時の方が苦しかったくらいです。


 ただ、ヴァイオラからの条件の中に、辺境伯の領土以外の土を踏んではならないというものがあり、今のところこの家から出られないということだけが、少し寂しくはあるのですけれど。

 というよりむしろ、そんな条件さえも飲んでしまう兄の愚かさが悲しいというか……。


 私はローザの持ってきてくれた濃紺の毛糸でマフラーを編みながら、母がいつも歌ってくれていた歌を口遊みます。


「優しい歌でございますね」

「ありがとう。ねぇ、お母様にお手紙を書くのは許されるかしら?」

「えぇ、勿論でございますよ」


 今夜はお母様に手紙を書こう。

 私は元気にやっていますと。

 たとえ籠の中の鳥になってしまったのだとしても、穏やかな気持ちであの歌を歌っていますと。

 

 

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愁いを知らぬ鳥のうた 南雲 皋 @nagumo-satsuki

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