【19】 不運

 うんざりするような出来事というのは、唐突に起きる。それはこちらの都合など待ってはくれず、とんとん拍子で悪い方向へと進んでいく。

 巡りあわせというか悪運というか、自分の運を呪いたくもなる。自分にはどうにもできない。

 関わってはいけない人間というのは、確実にいるのだろう。

 


 バイト終わり、和也はコンビニにいた。家で飲むためのコーラを買うために寄ったのだが、店に入る直前に見知った人影が中にあった。

 椎尾七葉だった。

「あっ・・・」

 ドア付近ですれ違い様に、先に声を発したのは彼女の方からだった。

 和也は気づかれないように俯いていたのだが、普通に気付かれた。

「ねぇ」

「・・・何?」

 話しかけられて無視するのもあとあと面倒なことになりそうなので、応じる。

「いいところにいた。ちょっといい?」

 手招きされて外に出た。

「ちょっと話があるんだよね」

「俺まだ買い物してないんだけど」

「少しだけだから」

 建物の角にある赤いポスト付近まで移動する。

「あんたさ、バイクってまだ乗ってる・・・よね、当然」

「あぁ、まあね・・・」

 当然のことを聞いてくる。

 真意がわからない彼女の顔を窺うようにしていると、彼女の方が切り出す。

「前も話したと思うけどさ、あんたがよく行ってるとか言ってた峠あるじゃん?あたしをニケツしてくれたさ」

「うん」

 『D』のことだ。彼女との微妙な関係が始まったのも、この峠だ。

「あそこさ、なんていう道なの?」

「なんていう?名前とかの名称のことか?」

「うん」

 人と話しているというのに、椎尾七葉はスマホの画面を凝視していた。自分から呼び出しておいてこの態度で、和也はいら立ちを覚えながら『D』の正式名称を答える。

「あぁ、そう・・・」

 そういうと彼女はため息をついた。

「何?それがどうしたの?」

「いや、あのさ・・・」

 普段はハキハキと話すであろうギャルが、口ごもっている。

「最近、その道に変な車って来てたりしない?」

 変な車という単語に、和也はピクリと反応する。心当たりはあるが、それのことだろうか。

「まぁ、話はよく聞くな。俺も実際に遭遇したよ。セダンのヤン車だろ?」

「まぁ・・・うん。確かにヤン車かも」

 苦笑いしながら、ヤン車という言葉に賛同する。

 少しの沈黙の後、白状するかのように口を開く。

「・・・それさ、もしかしたらあたしの彼氏かもしんないんだよね」

「・・・は?」

 始めは言っている意味が分からなかったが、すぐに内容を飲み込む。

「彼氏?君の?」

「そうだって」

 どういう感情なのかは分からないが、彼女は下を向きながらスマホカバーの端をいじっている。自分の彼氏が何をしているのかわかっているのだろうに、真剣さがまるで感じられない。それとも、顔を挙げられないのか。

「何で君の彼氏があんな煽りまがいの運転してんのさ。ちゃんと言っといてよ」

 呆れ顔で和也は諭す。

「あんたを、探してるかもしんない」

「あ?」

 聞き捨てならない言葉を、聞いてしまった。

 探すって、誰を?

 誰が誰を探すって?

 何で、自分を探す?

 言葉の意味を段々と理解していく。それと同時に、動悸がしてきた。恐怖か怒りか、心臓の動きが活発になる。

「ちょっと待て。どういうことだ」

 畳み掛けるようにして問いただす。

「あれ以来さ、完全回復とまではいかないけど、ある程度まで関係は修復されたんだけどね」

「そんなこと聞いてねぇよ。なんで俺を探してんだよ」

「・・・なんか最近、その峠に行ってんだってさ。ラインでその名前が出ててね」

 ラインの画面をこっちに向ける。

 頭の悪そうな会話の中に、確かに『D』の名前が出ていた。

「なんか、あたしをニケツしてくれたところ見てたみたいでさ。それに少し怒ってるみたい」

「何でそんなことで怒んだよ?俺はただお前を助けただけだぞ」

「椎尾七葉。お前って言わないでよ」

 人のことはあんたと呼ぶくせに、自分が似たような呼ばれ方をすると切れる。こういうところが質が悪い。

「うるせぇよ。何でそいつがキレてんだって」

 苛立ちを隠すこともせず、問いただす。

「なんか、舐められてるって感じてるみたい」

「はぁ!?」

 普段から他人を怒鳴ることを良しとしないことを信条にしている和也だが、さすがに限度がある。

 文字通り、あまりにも意味が分からなかった。

「いや、ふざけんなよ。まじでふざけんなよ!逆恨みもいいとこだ。俺以外にもいろんな人が迷惑かけられてんだぞ。勝手すぎんだろ!」

 二人の前を通過していった歩行者がこちらを窺っているのが分かるが、構っていられない。

「俺を悪者扱いしやがって。お前もそいつに何とか言ってやってくれよ!」

「言ってはいるんだけどね。止めろって」

 俯きながら、半ば諦めたかのようにつぶやく。

「でも、言うこと聞いてくれなくてね・・・」

「お前も同罪だぞ」

「・・・」

 後悔が一気に押し寄せてくる。目の前の女の子に怒鳴ったことではない。この子を助けたことだ。

 何であの時、無視しなかったのか。何で助けてしまったのか。何で安易に関わってしまったのか。

 おかげで自分だけでなく、他のバイク乗りにまで迷惑が掛かってしまっている。自分が関わってしまったせいで、変な奴を『D』に呼び寄せてしまった。

 人助けをしたことでここまで後悔するなど、誰が予想できるであろうか。

 一匹女狼や菜前に、どんな顔して会えばいいのか。なんて説明すればいいのか。

 泣きそうなるのを何とか堪えて、椎尾七葉を睨みつける。

「俺のこと何か言ってないだろうな」

「うん。それは気を付けてはいる」

「当たり前だろ。お前までそこまでヤバイやつだとは思いたくもないわ」

 目の前のギャルに、もう覇気はない。

「話は終わりか?」

「うん・・・」

「助けなきゃよかったわ」

 本音を吐き捨てる。もう遠慮はない。

 これは最低な言葉なのだろうか。それとも、今の自分にはこれぐらいのことを言ってもいい権利があるのだろうか。

「・・・ごめん」

 今更の謝罪に価値はない。謝罪すること自体には意外性を感じたが、ここまでの状況にならないとその言葉が出ないことに呆れる。

 踵を返して、和也はその場を後にした。

 

 

 和也はモヤモヤしたものを感じながら、帰路についていた。

 自転車の籠の中ではコーラが数本入ったビニール袋が踊っていた。

 椎尾七葉の彼氏が『D』で暴れている。そいつは和也が原因だ。自分の女である椎尾七葉に手を出したと思っているからキレている。

 和也本人からすればあまりにも理不尽な内容だが、そいつからすれば十分な理由なのだろう。人として欠陥があるような気もするが。

 菜前との会話を思い出す。

 菜前によると、『D』で暴れまわっているのは『狗駄』ではないかという話だ。そいつも車に乗ってバイク乗りに絡んでいるという話だが、椎尾七葉の彼氏が『狗駄』ということだろうか。しかし、『狗駄』は暴走族を破門されているらしい。ならば未だに暴走族と絡みのある椎尾七葉と破門された男とが付き合うなんてことがあるのだろうか。そもそも、椎尾七葉の彼氏と『狗駄』が『D』に現れ始めた時期は重なるのだろうか。車の車種は?人相は?

 せっかくの夏休みになんていう事が起きてしまったのだろうか。

 この先、どう対処していけばいいのだろうか。知り合いにはなんて説明すればいいのだろうか。これからは『D』に行くことを控えた方がいいのだろうか。

 考えればキリがない。

 家では相変わらず母親が嫌味を言ってきた。こういう時にこそ頼もしくあるべきなのが親なのだろうが、母親との関係上、それも望めない。その顔にコーラを投げつけてやりたくなる気持ちを抑えながら、自室に戻って行った。

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とある峠のバイク乗り もてぎ @japan_bike

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