【18】 ダル絡み

 レブルでの作業が終わり、一度家に帰ってからすぐに自転車でバイト先に来ていた。今日のバイトは夜までだ。

 そして、一匹女狼が本当にバイト先に来た。バイト先を教えていたのは間違いだったか。

 一匹女狼は低回転時の低いサウンドを響かせて店前の駐車場にバイクを止めた。それなりに目立つので他の客がジロジロ見ているが、大半の客が見ているのは乗っている人物の方だろう。三つあるレジ群の一つである資材レジを担当していた和也は外で社員の積み込みの作業を手伝っていたのだが、彼女とヘルメットのシールド越しに目が合った。素顔が分からないのに、ニヤリと笑っているのがなんとなく分かった。

 捕まりたくないので社員に断って中に逃げ込むと、不良のような歩き方をしながら追ってきて話しかけてきた。

「おにぃさ~ん。探してるモンがあんだけどさぁ」

 毎回思うが、このダル絡みは何なのだろうか。ナンパは適当にあしらう癖に自分は人に絡んでいく。容姿が非常に整っているのに残念な性格だ。

「すみません・・・。バイトの自分にはよく分からなくて・・・」

「まだ何も言ってないんだけど」

「まさかホントに来るとは思ってなかったんですけどね」

「売り上げに貢献しに来てあげたのよ!さぁ、私は今は客やぞ?案内しろい!」

 どれだけ客が増えようとも物を買っていこうとも、アルバイトの給料には影響しない。社員に聞いた話ではボーナスに影響するらしいが、当然アルバイトにはそんなものは出ない。むしろアルバイトからすれば客なんて来ない方が楽でいいのだが。迷惑な客などもってのほかだ。

 傍迷惑な客に絡まれる菜前の気持ちが、少しだけ分かった気がする。

「何をお探しで?」

「チェーンクリーナーってある?」

 車用品売り場に置いてあるので連れていく。途中、厄介客のようにウザ絡みされているのを別のアルバイトの男性に見られて怪訝そうな顔をされた。

「こっちの方にありますけど・・・。でもバイク用品店で買えばよくないですか?」

 有名なメーカーの名前を出し、和也は不思議そうな顔で一匹女狼を見る。

「ん~、確かに物が良いのはそっちで買えるんだろうけど、ただ汚れ落とすだけなら安いので済ませてもいいかなって最近思い始めてね」

「なるほど」

「逆に、注す油はそれなりに良い物使ってるし」

 陳列されているホームセンターブランドのクリーナーをいくつか手に取って眺める。

「それと、菜前さんにお遣いも頼まれてるのよ」

「遣いですか」

 迷惑ながらも一応は客である彼女に使いを頼むとは、菜前さんも意外と図太い性格をしているようだ。

「そう!タイヤ代を安くしてくれる代わりに結構な量の買い物してきてくれって。全く人使いが荒いよね!」

 まさにプンプンといった顔でいる彼女だが、逆に遣い程度で相当な値段になるはずのタイヤ代を値引きしてくれる彼に感謝するべきではないだろうか。前々から思っていたが、彼は一匹女狼に甘いところがあるような気がした。彼女がバイクに乗り始めたのがいつ頃なのかは分からないが、昔から付き合いがあるとは聞いたことがある。

「さっさと買い物終らせてまたコーヒー飲みに行かなくちゃね」

「まだ飲むんすか・・・」

「よし、次は~」

 一匹女狼は手元のスマホのメモ帳の買い物リストを見て、次の品物を読み上げる。

「食器用洗剤・・・?菜前さんにこんなもの必要なんかね?」

 怪訝そうな顔で言う。ひどい言いようだ。

「洗剤は中央レジのちょうど前方にありますよ」

「分からないから連れてってよぉ、お兄さん」

 いつものからかい顔で言ってくるが、そろそろレジに戻らなければならない。面倒だからとかではなく、単純に仕事の理由からだ。

「いや、そろそろマジで資材レジの方に戻らないといけないんで・・・」

「何ィ?こちとら客やぞ!クレーム入れるぞ!」

「自分でクレーム言うとりますやん・・・無茶苦茶やで」

 関西出身の社員の多いお店のため、そういう人達の口調が移ってしまったエセ関西弁で返答していると、後ろから声がかかった。

「先輩、私が行きましょうか?」

 麗奈だった。

 手には空になった買い物かごが握られていた。

「おぉ、風野。そっちはなんか作業中じゃないの?」

「たった今終わったばっかりなんで大丈夫ですよ」

 返品された商品を棚に戻す作業でもしていたのだろう。それが終わったから声をかけてくれたのだろう。

「ん~??」

 一匹女狼がマジマジと二人を交互に見る。

「行きましょうか?」

「じゃあお願いしようかな」

 彼女の世話は麗奈に任せることにした。

「それじゃあ、後はこっちの子が案内しますので」

「ほうほう。ほうほうほう・・・」

 何を考えているのかは分からないが、一匹女狼は麗奈を見て一人納得している。

「お客様、洗剤はこちらです」

「は~い」

 麗奈に呼ばれ、彼女は素直に応じる。

「んじゃ、またね」

「はい」

 手を振る一匹女狼を見る麗奈の顔は何とも言えない顔だったが、和也はまるで気が付いていなかった。



 麗奈は、後ろで歩いている女性を洗剤売り場に誘導している。自身の先輩である男が何やら絡まれてる風だったので、今回は自分が代わりに対処しようと思たのだ。先輩には資材レジの仕事があるし、女性である自分が対応した方がいいと思ったのだが。

「♪~」

 鼻歌でも歌いながらついてくる女性は、何やら先輩と仲がいいように見えた。最後の別れの挨拶を見るに、知り合いか何かだろうか。クレーマーではなさそうだが、少し複雑な気分だった。

「お客様、食器用洗剤はこちらになります」

「ありがとうございます」

 ニコニコしながら答える。

 非常にきれいな人だと、麗奈は思った。和也とはどういう関係なのだろうか。ただのフレンドリーなお客さんだったのか、それとも。

 麗奈が目の前のお客さんを見つめていると、その女性は視線に気が付いた。

「ん?なぁに?もう大丈夫ですよ?ありがとうございます」

 並べられている数ある洗剤の中に無造作に手を突っ込みながら、その女性は麗奈を見つめ返す。

「あ、はい。ごゆっくりどうぞ」

 麗奈は愛想笑いしながらその場を後にした。

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