ニャンダフルライフ!! ~Cat rights~
部屋でテレビを観ながら毛づくろいをしていると、おいらの耳のさきっぽに、よく知ったヒールの足音が響いてきた。
おいらたちは人間より遥かに聴覚が優れているから、ご主人サマがアパートの階段を上り始めた時点で帰宅を察知できるのだ。
おいらは急いでリモコンに前足を伸ばし、テレビの電源を切る。
玄関に駆け寄って、ドアの前に座り込んでじぃっと待つ。
かちゃかちゃと鍵を回す音がして、ドアが開かれる。
「にゃん
スーパーの買い物袋を片手に帰ってきたご主人サマは、玄関マットに座って見上げるおいらの姿を認めると満面の笑みを浮かべた。
「今日も待っててくれたんだねぇー!! いい子いい子!!」
「にぃ」
「うひゃあああ!!」
おいらが返事をすると、ご主人サマはおいらを抱き上げてすりすりと頬ずってくる。
ご主人サマが毎日つけている香水の、桃の匂いがおいらの鼻孔をくすぐった。
「にゃん吉はかわいくて賢いねぇー! まるで私の言葉が分かってるみたい!」
もちろん、おいらたち飼い猫は、人間が何を喋ってるかなんて全部わかってる。
だって、考えてみてよ。きみたち人間が、人間の言葉を話せるのはどうして?
産まれた時から人間の言葉に囲まれてるからだよね?
アメリカ人に英語だけで育てられた日本人は、英語を話せるようになるけど日本語は話せないでしょ? それと同じ。
産まれた時から日本語で育てられた猫は、もちろん日本語をちゃーんと理解してる。
まあ発声器官が違うから喋れはしないし、言葉がぜんぶ分かってるってバレたら色々とめんどくさいから、大半の飼い猫は秘密にしてるけどね。
「にゃん吉ぃ、今日の晩ご飯は茹でササミと焼き鮭だよぉ!!」
ぱりっとした上着を脱ぎ捨てたご主人サマは、いそいそとおいらの晩ご飯を作る。
もちろんご主人サマは猫の食事に余計な調味料を加えてはいけないと知っているので、鶏ササミは本当に茹でただけ。鮭も素焼きだ。
「いただきまあす!」
「にぃ」
おいらはがつがつと晩ご飯にかぶりつく。鶏も鮭も大好物だ。
「わあぁ食べてる! 今日もにゃん吉が私の作ったご飯を食べてくださってる!」
おいらのがっつく姿を見ながら、ご主人サマはレンチンした冷凍ご飯をもくもくと口に運び、4ℓ入りペットボトルからジョッキに注いだ焼酎をぐびぐびと飲む。
「おいしいねぇにゃん吉ぃぃ!! ササミとお魚おいしいねぇぇぇ!!」
明らかに、おいらの食事の方にお金が掛かっている。
なんだか申し訳ないので、おいらは時々ご飯を残したりして『おいらはこんなに要らないから、自分もお肉や魚を食べた方がいいですよ』アピールをするのだけれど、ご主人サマは聞く耳をもたない。
「にゃん吉がご飯を食べてる姿だけで、私はいくらでも白米と焼酎が進むのぉ!!」
大丈夫かこの人、と思うけれど、時々ベランダに遊びにくる他の猫たちの話を聞くと、世間の愛猫家たちは基本的にそういうものらしい。
人間って、ときどき怖い。
「にゃん吉ぃぃ。今日もねんねねんねしようねぇ!」
お風呂に入ってもこもこのパジャマに着替え、ネコミミナイトキャップを被ったご主人様は、ベッドの中でおいらを抱き寄せて頬擦りしてくる。
「聞いてぇぇにゃん吉ぃぃ! 今日もクソみたいな一日だったのぉ! クソ
ご主人サマは平均すると一晩に焼酎を1.5ℓ飲むので、このぐらいの時間にはだいたいクソスイッチが入ってしまう。
「にぃ」
「ああぁぁにゃん吉かわいいぃ!! あのね! こんなクソみたいなクソ毎日でもね、クソにゃん吉が一緒にクソ寝てくれたらクソ毎朝がクソリセットされるのぉ!」
おいらは毎晩、こうやってご主人サマに抱かれながら愚痴を聞いてあげる。
日中に十分お昼寝しているから、眠くはならない。
「にぃ」
「ああぁにゃん吉ぃ!! 肉球ぷにぷにのにゃん吉ぃぃ!! あああああ!!!」
ときどき相槌を打ちながら、愚痴り疲れたご主人サマが静かに寝息を立て始めるのを待つ。そうすると翌朝には、ご主人様はシャキッと目覚め、颯爽と出勤する。それがご主人サマとおいらの毎日だ。
でも、今晩はそうは行かなかった。
おいらを抱きしめてうつらうつらし始めていたご主人サマの耳元で、スマートフォンがぶるぶると震え始めたのだ。
「うごごご!! クソクライアントからの電話だあ……」
眠そうに眼をこすりながら、ご主人様はスマフォを取り上げて電話に出る。
「はい、
その声色は、まるで1.5ℓの焼酎なんか飲んでないみたいにシャキッとしている。
「これはこれは
電話を切ったご主人サマは、名残惜しそうにおいらを一撫でするとベッドから出て、ネコミミナイトキャップともこもこパジャマを脱いだ。
「ごめんねぇにゃん吉ぃ!! 人権を理解してない馬鹿にお説教してくるよぉ!!」
またパリパリのスーツに着替えながら、街で有名な人権派弁護士であるご主人サマはおいらに言う。
「まあ地球上のどの『人権』も、にゃん吉たち『猫さまの権利』に比べたらクソみたいなものなんだけどねぇ!!」
まだ焼酎が残っているみたいだ。
「じゃあねぇにゃん吉! すぐ帰ってくるから、いい子にしててねぇ!」
そう言ったご主人サマは、颯爽と玄関から出て行った。
やっぱり、人間って、ときどき怖い。
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