第78話 悔しい

仮面の男がパチンと指を鳴らすと、その瞬間に彼とイリア達の周りを赤い炎が覆い、五人をそれが隔離した。


「邪魔はされたくないからな。さあ、始めるとしよう」


男は剣を持ち直し構えると、その刹那全員の視界から消え失せ、いつにの間にかロゼの後ろに回り込んでいた。仮面の男はその後ろから鋭く煌めく鋭利な剣を、容赦もなく振り下ろす。だが、これに反応できない程の弱者では、イリアの従者は務めることもままならない。


目視をすることもなく、自身の剣を後ろに回し仮面の男の繰り出した攻撃を受け止めはじき返すと、身体を横に回転させて今度はロゼの方から攻撃を繰り出した。回転による火力の加えられたその一撃に対して、彼は剣で軽く受け止め拳を繰り出した。


その拳を自身の右手で掴み取る様に受け止めると、先ほど仮面の男が見せたような不敵な笑みを作った。


「まさか、この程度とは言わないだろうな?」

「当然だろう」

「ぐっ………!」


受けごたえをした直後に、容赦なくロゼの横っ腹に重い蹴りの一撃が入り蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた彼女の勢いは止まることもなく、覆う炎に突っ込んでいくがエレンは糸魔法で彼女の飛んでいく方向に蜘蛛の巣を張り受け止めた。


すると、唐突にイリアとエヴァの二人の鋭い突きが仮面の男の左右から飛び出し、それを彼は体を仰け反らせることで避け、二人の剣を自身のそれで上に弾くと、そこから剣を上に投げ地面に片手を付けると足を上げて回転し二人に蹴りを喰らわした。


飛んでいく二人は空中で態勢を立て直し、手足で勢いを殺す。すぐに立ち上がり攻撃を仕掛けに飛び出し、男は剣を構えてそれに備えるがそれより先に攻撃を繰り出してきたのは、エレンだった。


上から落下してきた彼女は容赦ない踵落としを彼に落とすが、それを片手で受け止められると彼女はその手を利用し飛び上がりそこから糸魔法で糸を生成する。それが何重にも生成されるとそれが形作る様に集まっていき、遂には長い槍が完成した。


エレンが手を振るとそれに合わせて槍が猛烈な勢いで発射される。更には回転まで加わり螺旋状に回転しながら彼に目掛けて凄まじい速度で襲い掛かる。これには、彼も反応が遅れたのか剣を何とか振るってそれを斬ろうと試みるが、糸も糸とて頑丈なものでそう簡単に斬れやしない。


そこを更に畳みかける様にイリアとエヴァの攻撃が繰り出されるが、彼に一歩近づこうとした瞬間、


「もう少し、視野を広げたらどうだ?」

「?…何を―――――なっ!?」


先ほどまで、二人は確実にターゲットを目で照準を定めていた。だが、だからこそ彼女らの視野はそこに集中され狭まってしまった。


二人の足元には、魔方陣が描かれておりこれは俗に言うトラップだ。二人の足元から肩にかけて氷結していき身体が動けなくさせられてしまう。


「これで動けまい」


そして彼は槍とのせめぎ合いを終わらせるべく、剣に炎を纏わせて一気に力を加えて剣を振るいそれを切り裂いた。


「さて、と―――」

「こんなんで、私のことを抑えられるわけないでしょ!」


彼が振り向いた瞬間、氷結され動けないはずのエヴァが剣を横薙ぎに振るい、攻撃を繰り出してきた。これは、彼女の得意とする炎魔法によってその火力で氷を瞬間的に溶かしたのだ。しかし、これも仮面の男にとっては想定内であった。


「こうなることは予想していた」


彼は剣でエヴァの攻撃を抑え受け止める。火花を散らしながら行われるせめぎ合いの最中、仮面の男は言った。


「私がこのトラップを仕掛けたのは、あくまでも一時的に動きを止めること。すぐに動き出すことなど、容易に予想できた」

「ちっ」

「その程度では楽しめない…………もっとだ、もっと楽しませてくれ!」


エヴァの剣を弾くと、仮面の男の剣に纏われた炎が息吹を上げ赤い花火が上で散ると、その火力のままエヴァに襲い掛かった。対するエヴァも負けじと剣に炎を纏わせる。そして、


「はぁぁぁぁぁぁぁ―――――!」


彼女の上げる声と共に彼女の剣の炎の火力はみるみると上がっていき、それは青色に染まっていく。そうして、青白い獄炎と化したモノを纏わせた剣を、仮面の男の繰り出す攻撃に対抗するように繰り出した。


「はあああっ!!」

「はっ!」


対峙する二人の叫び声と共に剣がぶつかり合い、その刹那に爆ぜる。

爆発した音が轟き、爆風が三人を襲う。すると、エヴァが黒煙の中から放り出されるように飛び出してき、そのまま地面に落下し転がっていく。


「エヴァさん!くっ……」


未だ氷結状態に陥り動くことの出来ないイリアは、全身に血を巡らせ瞬間的に力を入れると共に、身体を動かし乙女の馬鹿力で氷結の束縛を解きすぐに剣を構えた。すると、黒煙の奥からそれを切り裂き仮面の男は猛突進をしてきた。


「この程度とは言わせないぞ!もっとだ!もっともっともっともっと私に力をぶつけてこい!ハハハハハ!」


嘲笑の様なその不気味な笑いと、彼の身体が勢いよくイリアの方へと飛んでくる。イリアはその迫力の一歩後退るも、単独で受け止める覚悟を決め剣を強く握りしめる。そして、眼前にまで迫った時にロゼが彼女の隣に姿を現し共に剣で仮面の男の一撃を止めた。


「ロゼ!」

「すいません……少々意識が飛んでしまいました……援護します!」

「ええ、助かります―――わっ!」


二人は彼の猛突進の剣撃をはじき返すと、二人ともが剣を強く握りしめそして横に一閃した。仮面の男の着ていた服は薄い布で、故に簡単に体の肉にまで攻撃が通った。バツの字を描くように斬られ、薄っすらと鮮血が飛び散らせると、イリアは右手を、ロゼは左手を握りしめて同時に胸に拳を入れた。


「カっ………!」


そのまま殴り飛ばされると、欠かさずエレンは糸で彼の身体を何重にも巻き、そして糸に炎を巡らせた。糸は流れる様に下へと進み、その終着点である仮面の男の場所で大爆発を起こした。


空中にいたエレンはひとまずイリア達のいる場に着地した。


一方イリアはエヴァの方へと駆け足で向かっていき、様子を伺い回復魔法をかけた。


「エヴァさん!大丈夫ですか!」

「う、うん……爆発に巻き込まれただけだから……これくらいどうってことないわ……」


回復魔法で応急処置を完了させ、エヴァを支えつつ立たせると煙の中からこちらにまで笑い声が響き渡った。


「ハーーーーーッハッハ!素晴らしい力だ!素晴らしい実力だ!楽しいぞ!だからこそ!殺しがいがあるというものだ!ハハハハハ!」


イリアやロゼは今後の彼の処置について、捕縛という一致した意見があったがそれでも猛者であることを考え、妥協せずに攻撃をしていた。そのため、彼に刻み込まれた攻撃も決して軽いモノではないはず。


それにも関わらず、彼は体力を失った素振りを見せるどころか、更に元気が強くなった状態で煙の中から現れた。彼女らはその姿を見て改めてこの者の強さを実感した。しかし、一歩も引くわけにはいかない。


彼女らは、一斉に仮面の男に攻撃を仕掛けた。





       ※       ※       ※




―――――この戦いを外野でしか見ることの出来ない自分が悔しい。

―――――弱い自分が悔しい。

―――――畏怖する自分が悔しい。


彼はただ悔しさでいっぱいだった。


シャガル学園の一生徒であり、今回のこの再試合を強く願い、屈辱を果たそうと心に決めていた少年、金髪が特徴的な男である。名を「ユリウス・アルデモル」。彼は、今回の再試合に心を燃やしていた。


その理由は他でもなく、プリスメア学園と再試合を行い屈辱を果たしたいと願っていたからだ。

模擬とは言えども勝負に負け、そしてかけられた暴言。これに、ユリウスは憤怒と憎悪で身を燃やし再試合を強く望んだのだ。

そして、遂に叶うはずだった再試合は、仮面の男によって壊された。その男に彼は一時的に人質に取られてしまった。


そこで強く心に埋め込まれた「死」の恐怖。


本当に自分は死ぬのだということを悟っても、覚悟すらさせてくれぬ恐怖だった。


その後、皮肉にもプリスメア学園の憎き生徒らに助けられたユリウスだったが、その後も彼の身体は言うことを聞かず動くこともできない。仮面の男の言い放った『動くな』というこの一言は、彼をさらなる恐怖に誘いここまで追い詰めていた。


しかし、そんな彼男よそに剣の交わる鋭い音が聞こえ始める。戦いが幕を開けたのだと理解した。音は激しくなるばかり、それが戦闘の激しさを物語ってり彼はそれをただ聞くしかできなかった。


ふと、仮面の男の言葉であろう声が彼の耳に入った。


それが、ユリウスの心を更に壊した。


―――そうか、あの時に人質に取られたのはただ強い奴を呼ぶため。

―――俺は強いなどと思われていない。


事実に直面した彼は、もはや永久に出られることのない感情の迷宮に閉じ込められていた。


加勢したい。助けたい。逃げたい。怖い。どうでもいい。あいつらなどどうでもいい。でも助けたい。戦いたい。怖い。悔しい。どうせ負ける。加勢しても意味がない。


助けたい怖い逃げたいどうでもいい戦いたい悔しい怖い怖い怖い怖い怖い死にたくない逃げたい逃げたい逃げたい死にたくない戦いたい戦いたいどうでもいいどうでもいい悔しい悔しい悔しい悔しい助けたい助けたい怖い怖い怖い怖い怖い。


ユリウスの頭で、幾度と言葉と文字が繰り返される。自分はどうするべきなのか、選択ができない。


助けたい気持ちはある。

けれど、あんな奴らなんかどうでもいい。

でも、弱いと思われたことが悔しい。

事実でも悔しい。


そうだ。

悔しいんだ。


ユリウスは心は今、決まった。


寝っ転がった自身の身体を動かそうともそれがままならない。自分の手を見てみると、ありえない程に振動し震えており未だ自分は本能的に恐怖していると理解する。


でも、そんなことはわかっていたことだ。

それに負けるわけにはいかない。

彼女たちになど負けたくない。

奴らにできて自分にできないことなどあってたまるか。


悔しさが彼に力と恐怖を紛らわす力を与え、ユリウスは拳を強く握りしめると同時に体を起き上がらせ、そして近くに置いてあった。最近手に入れたばかりの金属バットを握りしめ、そして――――――――






       ※       ※       ※






「ぐはっ!」


イリアの腹に強烈な膝蹴りが決まる。


口から胃液と鮮血を吐き、膝を血に着けた。


「おいおい、この程度で終わりか?少々興ざめしたぞ」


イリアは腹を抑えながら周りの様子を見る、そこい転がっているのは、共に自分とこの仮面の男と戦った三人であった。あの後のこの仮面の男の力は強大なもので、先ほどとは比べ物にもなりやしないものだった。


「はぁ……まあいい。少しは楽しめたからな。さて、貴様の屍も私の未来の糧にさせてもらおう」


首を掴み上に持ち上げた仮面の男はもう片方の手に握られていた剣を振りかぶり、それをイリアに振るおうとしたその時だった。


「うおぉおおおおおおおおおっっ!!」


追おう獄炎の外から現れたのは、ユリウスだった。

彼の中ではまだ、恐怖は強く残っている。だがしかし、それよりも自分が彼女らに負けたくはないとその思いが彼の身体を懸命に動かしている。


金属バットを上へと上げて、覚悟を胸に渾身の一撃を仮面の男に放とうとするが、


「遅いんだよ」


イリアの首から手を放し、ユリウスの目の前にまで移動すると剣を上げて振るった。自身の弱さにまた悔しさが募り、そして覚悟していた死を遂に迎えることになるのかと、彼はすべてを受け入れることにした。


しかし、ユリウスに目掛けて振るわれた刃は――――


「………なんだ、お前は…」


現れた、の者によって止められたのだった。








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