第74話 少年の決意
エレン学園長と一戦を繰り広げてから二日経ったある日の放課後。
イリアの部屋にオレは来ていた。
しかし、彼女の部屋だからと言って別にイリアから誘われたわけではなく、オレからとある理由によって話がしたいと言ったところ、自分の部屋で話をしようと彼女から提案したので、今に至る。
そうしてイリヤの部屋に来てから、もう一人の人物が部屋に来るまでのその際中に、ほとんど明確だった彼女に関した仮説を立証し彼女としたかった話し合いもし終えた時だった。
ドアがおもむろに開き、そこから現れたのはイリアのそばにいつも仕えている紫色の髪をサイドテールに結う少女、名を「ロゼ・リエリット」。
彼女がこの部屋に入ってくると、彼女は驚くような仕草と共にその眼差しでオレを目視し、しかしそれからすぐに自分のするべきことを思い出したかのように、腰に提げていた剣を抜いた。
「貴様!イリア様には近づくなと言ったはずだろう!」
「ああ、言ったな」
「ならば何故…!」
「それを守る理由がなくなったからだ」
「っ!……おのれ貴様……!」
剣を振り上げ、オレに突進してそれを振るおうとした時、イリアは一人叫んだ。
「ロゼ!」
「!い、イリア様?」
「いいから剣を仕舞い、今すぐそこに座りなさい」
「……はい…」
主人の命令には従わらざるを得ず彼女は息を落ち着かせると剣を納めて、用意していた椅子に彼女は座った。
「さて、じゃあ話し合いを始めようか」
そもそも、何故オレがこのような行動に出たのか。
話は二日前に遡る。
※ ※ ※
「先生、どうして戦いの際中、あんな暗い顔をしたんですか?」
「へ?」
それから互いに体力を使い切り、エレン学園長との戦いを終えて隣り合わせで地面に座っている時に、オレはそんな風に気になったことを問うた。それに対してエレン学園長はなんとも間の抜けた声であった。
「もしかしなくても……顔に出ていた、ということですか……」
「……ええ、まあ」
正直に言うなら全然無表情ではあったんだけどね!
どうやらオレは、エレン学園長のあの顔から感情を読み取る能力を手に入れたらしい。だって、パっと見たらやっぱり無表情なんだもん。
さて、切り替えて。
「何か悩んでるなら、相談に乗りましょうか?」
「いえそんな、私は学園の長。生徒にそんなことをさせるわけにはいきません」
「先生だからって、悩みを打ち明けないで甘んじるって、苦しすぎやしませんか?別に、生徒であっても先生であっても、悩みを人に話すことくらいは良いと思いますけど」
これは事実だ。
確かに、教師たる者、いやそれどころか学園の長を務めるとなれば、常に威厳を持って虚勢を張り続けるということは大事なのかもしれない。けれど、だからといって自分の悩んでいることを自分だけのことだと我慢して、身の内に潜めるということは自分を壊すのに繋がってしまう。
前世でもオレは先生に悩み相談を受けたことはある。
三十代になっても結婚できない女性教師や倦怠期を迎えて妻と仲の悪い教頭先生など、まあ半ば強引ではあった気がするけれど。
「それとも、それってもしかして大人な話だったりしますか?人に話したくないこと、みたいな」
「いえ、そういうわけではないですが……」
「なら、思い切って話しちゃいましょうよ。今こうして戦い合った仲じゃないですか。それにオレ以外、別に誰かが聞いているわけではないですし」
「………正直、助かります」
彼女は一言そう言い残すと、先生は全て話してくれた。ある程度予想は出来てはいたが、やはりシャガル学園のことであった。しかし、そのシャガル学園のことではなく、自分のやり方に一番苦悩していると先生は言った。
「メレナはいつも見切り発車、大胆、大雑把。そんなやりたいことをやる、というのが彼女ですが、その一方で私は違い常に“効率”というものを大切にしています。それが一番だと、私は思っているからです」
それが、正しいはず。
しかし、と彼女は暗い顔のままで続けた。
「その所為で、私はこのシャガル学園との問題を解決出来てないと思うのです。メリット、デメリット。それを考えて、常に最善を取っていましたが、今日話し合いをしたことで、よりそれが正しいのか分からなくなってしまいました」
エレン学園長の顔は終始暗い様子で、先生がいかに悩んでいるのかということはそれで充分に理解した。
「なるほど……先生、一言いいですか?」
「はい……」
「すごく、ムカつきます」
オレは本心を先生に言った。
「……やっぱりそうですよね。こんなことで悩むなんて、ばかばかしい―――」
「先生にではなくて、シャガル学園の方にです!」
「えっ?」
当たり前だ!
彼女の話を聞くに、そのシャガル学園が提示したメリットは、プライド、ことの収まり、といったものだけ。結局本当のメリットになるものはないのだ。
「シャガル学園はちゃんと叩くことの利点を示せていないのに、そうやって再戦できるなんて、これ以上愚かな考え方ありますか!?」
「あ、あの、アークヴァンロード君?」
「それに、あなたもあなたです!間違っていないことをそんな風に女々しく悩む必要はないんですよ!」
呼ばれてビクンと身体全体を揺らして驚く彼女にオレは続ける。
「効率の良い方を選んで何が悪いんですか!むしろ生徒のためを考えたいい事じゃないですか!」
「そ、それは…」
「あっ………」
いかん、どうにも怒りが強くなりすぎて我を忘れてしまっていた。エレン学園長が今までに見たことがない程に女の子らしい怖そうにする顔をしているので、それで我に返ったオレは呼吸を落ち着かせて今度は優しい声音で言った。
「まあ、確かにあなたがそうやって悩んでしまうのも、わからないわけではないです」
それは、エレン学園長のその生徒に対してのやさしさだけでなく、シャガル学園が再試合をするうえでメリットを示すことができていないのも関係しており、それによって逆に示せていない、答えのない答えを導き出そうとしているが故に、悩んでいるということだ。
というかこの人、本当にメレナの姉なのか?
確かに遊び心みたいなところがあるのは似ているが、それでもある程度の自重は出来ている……はずだし、その無表情な様子はまさにそれを物語っている。
こんなことを考えるのも、失礼だな。
「でも、それは相手側に非があります。正直学園長は正しい事をしているんです。なにも悩む必要はないと思います」
「し、しかしですね……」
「その証拠に、あなたが最善を尽くして育てた生徒達はどうなってます?一躍有名になって、今やオレたちの住んでいる街にまで噂が届くほど。それは先生のしてきたことが報われた証拠でしょう」
「―――――」
そこで、エレン学園長の顔から暗いものが取り除かれていき、オーラもまた闇が消えようとしていた。オレはそれに安心し、見てはいないものの自分が安堵の表情に満ちていることがわかった。
「ありがとうございます、アークヴァンロード君」
「いえ、力になれてよかったです」
「はい、後、これからは私のことは、エレンでかまいません」
「えっ?な、なんででしょう?」
「アークヴァンロード君はメレナを呼び捨てにしている、と本人から聞きまして」
あの野郎。
変なことまで口走りやがって。
「なので、是非、私もと思いまして」
「…まあいいですけど。その代わり、流石に敬語ですよ?あと、それなら学園長……エレンもオレのことはアークと呼んでください」
「わかりました、アーク君」
と、こんな風にして少し親睦を深めたところで話題をもとに戻した。
「さて、こうして私の悩みは解決されたわけですが、これとは別にもう一つ」
「シャガル学園との再試合について、ですね」
そこで、オレは顎に指を添えて考えてみる。
ここから、考えられる一番の最善策……争いを起こさずかつことを静かに済ますことのできる方法……
「……よし、わかりました」
「えっ?」
「後のことはオレに任せてください」
「いやいや、ちょっと待ってください。流石にそれはお礼では済ませなく……」
「単純に解決策が浮かんだだけですよ。それに、これはただのオレの自分勝手なのでエレンがオレにお礼するような筋合いはありませんよ」
自分勝手なエゴなのは分かっている。
だが、あそこまでエレンが追い込まれてしまっている所を見たら、動きたくもなってしまった。
それに、解決するために必要な材料はだいたい揃っている。
こうしてオレは、シャガル学園とプリスメア学園のこの問題を解決しようと決意したのだった。
※ ※ ※
と、そんなわけで今に至る。
本来なら昨日の内に話し合いをしておきたいという気持ちはあったが、昨日はギルドから要請されて討伐づくめだったこともあり、疲れている可能性もあったのできちんとした話し合いができるように今日にこの場を設けた。
とは言っても、オレがイリアに近づいたことで激情したあいつには、冷静な話し合いができるかどうかだけれど。まあ、そこはイリアが冷静かつこちら側についてくれているので、問題はないだろ。
「話し合いとはなんだ?私はさっさとイリア様をつれて部屋に戻りたいんだが」
「そこはお前の忍耐でどうにかしてくれ。それより、その話なんだがな―――――」
オレは、確信しているその一言を突き付けた。
「お前、シャガル学園に暴言吐いただろ?」
「っ!き、貴様がなぜ……」
「わけあって話を聞いてな。その話を聞いて暴言を吐くような奴って誰だっていったら、お前くらいしか思いつかなかった。あんな言い方であんあ言葉つきつけるのは、だいたいお前らの派閥だと思ってな」
「……」
あの表情、そして先ほどのの漏れた声。
間違いもなく図星。
さっきイリアから話を聞いてはいたが本人から見せてもらえれば、確信は更に強くなる。
「男嫌いもほどほどにしておけよ。まあ、オレがそんなことを言うのも差し出がましいとは思うだろうが―――」
「そうだ!私には私なりの……」
「でも、事実学園に迷惑かけてるからな」
オレに反論を言いかけたところで、それを言われ彼女はぐうの音も出ないように、声を消していった。
「そして、わざわざ無理をしてそんなことを言ったお前もな」
「……はい…」
「……それは、どういうことだ?」
「それは本人の口からきいてくれ。オレは少し部屋を出るから、二人の話し合いが終わったら部屋に呼びにきてくれ」
そう言い残して、オレは部屋を出る。
ここから先は全て覚悟した彼女に全てを託している。彼女も問題解決をしようと考えていたのは事実らしく、また、いい加減“真実”を伝えなければならないと、自分でも考えているらしい。
ここは彼女に任せるとしよう。
※ ※ ※
その一方で、部屋に残った二人。
部屋の中にはいつも仲良く話しているときとは全く別物の張り詰めた空気が辺り全体を漂っていた。
「あの、イリア様……?」
「……ロゼ……あなたには、ずっと言いたかったことがありましたの。それも子供のころから」
「えっ?」
彼女は膝の上に置いていて自身のその拳をより一層強く握りしめる。彼女は口を一瞬つぐみそこで過去を思い返していた。
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