第54話 それぞれの心

しばらく歩き、バロン村へと戻ってきた。先ほどはちゃんと村を見ることは出来ておらずその光景を見て言葉を失ってしまった。村に住んでいたであろう人たちは燃やされ焼死体となった状態で山積みにされており、他にも倒壊した建物の下敷きとなっている者や、首やら胴体やらがバラバラになった人がそこら中にいる。

あまりにも酷い。


向こうにはアルトリアがおり、オレの存在に気づくとこちらへトコトコと歩いてきた。


「無事だったようだな」

「ああ。でもあの男、かなり強かった。さっき死にかけたしな。でも逃しちまったのは痛い」

「それでそのまま死ねばよかっただろうに」

「縁起でもねえこと言うんじゃねえよ!」


その気持ちはよくわかるけどさあ!


「にしても、これは酷いな」

「ああ。私も見たときは驚かざるを得なかった」

「生存者は?」

「一応何人かはいるが皆重傷、意識不明だ」

「事態は本当に深刻みたいだな」


それから、オレも救出作業を行うことにした。地面に倒れているケガ人は、回復できる限りはとりあえず回復魔法で傷を癒し、他に崩壊した建物に埋もれた人たちの救出作業にも携わった。

ひと段落して休んでいた時。


「すまん!こっちに埋もれている人がいるんだ!人手が足りないから誰か来てくれ!」


兵士の叫び声が向こうから聞こえた。

しかし、他の兵士たちもそれぞれの作業で手が離せず、助太刀できそうな人がいなかった。


そこで言わずもがなオレがそこへと向かった。ワイシャツの袖をまくり上げながら声の方へと向かう。そこは崩壊した建物があり、そこから微かに「助けてくれ」と声が聞こえていた。


「すまん。すこし避けてくれ」

「な、なにを…」


オレは疑問の表情を浮かべる兵士を下がらせて瓦礫へと近づいていく。確かにこれは一人でどかすには大変だ。オレは両手で瓦礫を持つと力を振り絞り、徐々にそれを上へと上げていき間を作った。


「今のうちに出ろ!」


すると、中から男の人が這い出る様に出てきた。瓦礫を置くとその男の人に回復魔法をかけて所々にあった傷を治療する。その人は見た目は三十代後半といった男だった。


「いやあ、助かった。危うくあそこで死ぬところだったよ」


申し訳なさそうな、しかし笑顔でそう言った。


「にしても、凄い力だな。驚いたよ」

「昔から鍛えてましたから。力量には自信がありますよ」


まあ、転生者あるあるのチート能力ってのがおおよそだとは思うけどな。それからしばらく、魔法による治癒も終盤を迎えた頃だ。会話が終わってから何か考え込んでいた男の人が向こうにある、とある場所へと駆け出して行った。その場所とは、死去した村の人たちを弔うために兵の人たちが作ったとこ。


彼の向かったそこへオレも行くと、並んだ多くの死去した人の中の一人のもとに彼はいた。顔を隠され体も白いシーツで覆いかぶせれたその人の前で、しゃがみ込んで肩を揺らしていた。


彼は泣いていた。


「……その人は……」

「………つ、っ妻…だっ…うううっ……」


よく見てみると、男の人はその人の首にあるネックレスを強く握りしめている。この世界ではアクセサリを渡すことは地球で言う指輪を渡すこと、つまり求婚を意味しており、結婚した者はそのアクセサリをネックレスに吊らして身に着けている。つまり、それは大事なもの。


ただ握りしめ、ひたすらに泣く。それがしばらく続いた。何か声を掛けたいという気持ちも強かったが、無責任なことも言えずただ佇むしかなかった。


しとしと。

雨が降り始めた。

そんな時間の中でオレの中では、数多の感情が心の中に現れたのだった。




      ※       ※       ※





それからしばらくして、馬車に乗り込み帰宅し始めた。

重い空気の漂う馬車の中にも雨音が微かに聞こえていた。


オレは心の中で、あの時芽生えたその感情の整理と爆発してしまわない様に抑制することで精一杯だった。


その感情とは―――――


何かをしたわけでもない。

なのに、こうやって理不尽に奪われることへの憤怒。


なぜ、あのときにノアールトを逃してしまったのか。自分の詰めの甘さとそもそもの弱さ。その悔恨。


疑問もある。

あの男、ノアールトの目的とは一体なんなのか。

考えること、感情。

色んなものが頭の中でゴチャゴチャになっていた。


なんて語っていたら、突如頭に物凄い一撃が炸裂した。

脳天に決められたのはアルトリアの拳骨であった。


「てめえ!いきなり何しやがんだコラ!」

「何をそんなに怒っているんだ」

「そりゃ怒るだろ!」


シリアスになっているときに唐突に重い拳骨ぶちかましやがって!


「むしろ感謝してほしいものだな。思考しているところを強制停止させて休憩させてやったんだ」

「拳骨以外に方法あるだろ…」


彼女は一度軽い溜息をつくと、オレに対して言った。


「一度深呼吸でもしろ。後悔やら怒りやらで心がすごいことになっているぞ」

「………そうだな。というか、なんでオレの心を読み取れたんだ?」

「そういうオーラをかなり放っていたし、何より顔を見ればすぐにわかる」


い、言われてみれば。

無意識にでてたかも…


「まあ、それだけではなく「魔眼」を使ってみたからでもある」


そう言って彼女は自分の右目の青い瞳を指さした。


「……お前のその『魔眼』ってどんな効果があるんだ?」


変装したオレを見抜いたり、心を読み取ったり。

よく関連性がわからん。


「わたしの『魔眼』は『透過の魔眼』と言って、様々なモノを透視することができるのだ」

「『透過の魔眼』……えっ、色んなモノが透けて見えんの?」

「ああ」

「ってことはオレの体も…………こっち見んな、エッチ!」

「気持ち悪いわ!」


身体を隠すオレに彼女はそう叫ぶ。

オレも自分で言ってて気持ち悪いって思った。

咳ばらいをした後、彼女は更に詳しく『透過の魔眼』についての説明を始めた。


「透けて見えると言っても、見たものが全てが透過されるというわけではない。ある一部分をよく「視る」ことで、それを透過できる。だが、先ほど言った様に見なければならない、要は透かすにはいくらか時間がかかるのだ」


かなり使い勝手が悪そうな『魔眼』だな…

まあ、いつも永遠に透けてたらそれはそれで気持ち悪いか。


「例えば、服を着た人間の腹部を見たとしよう。それを少しの時間見ていると服が透過し、さらに長い時間見ると皮膚も透過、骨やら血管やら色々を見ることができる。そして今回私はお前の胸部を見た」


アルトリアはオレの胸部を指さした。

なんか、密かに見られていたって考えるとなんか変な気分…


「その胸部を見ると、他の部位では見ることができない、とあるものが見ることができる。それが――――」

「感情なわけか」


彼女はコクリと頷いた。

なるほど、それでオレの心を読み取った、というか覗き見たわけか。恥ずかしいとかそういう気持ちは特にない。オレの心は純情で清潔なんだ。断じて汚らわしいことなど考えていない。


でも、羞恥とは別に見られたくないという気持ちはある。後悔とか怒りとかそういう感情は、あまり人に見せたいものではないというのはオレだけじゃなく、他の人達にも共通していることだ。


まあ、アルトリアみたいなちゃんとしてる奴なら、まあ良しとするけど。


「まあ、そういうことで貴様のこころを覗いたわけだが、私から言わせてもらえば、次に会ったとき存分に叩きつぶす、それでいいんだ。私も貴様と同じようにあの男には憤慨しているしな」


後悔してる暇があるなら次に備えろと、そういうことか。


「ありがとな、なんかスッキリした」

「例には及ばん」

「じゃあ、オレからも一つ」

「なんだ?」

「お前も、オレと同じ類のことで悩んでんだろ」


ビクビクっと反応を示した。確信、絶対図星。だって見てたらすぐ分かったもん。馬車の中で偶にちらっとアイツの様子見てたけど、とんでもないくらいに顔に出ていたし、体から「触れるな危険」みたいなオーラを存分に出していた。


恐らく、最初にグリア村の前でノアールトと戦ったときの事とかだと思う。あいつ自身もあの男には勝てないとわかっていた。きっとそのときにあいつ自身太刀打ちできないことに、罪悪感と悔しさがあるんだろう。


きっとそういう感情は初めてではない。そう言える根拠こそが彼女のコンプレックスであろう「魔法が使えない」ということ。

この世界じゃ、本当に魔法という存在は必要不可欠なモノで、旧アークも魔法が使えなく、それが原因で皆に嘲笑れた。


アルトリアが魔法を使えないということは公にはされていないが、きっと彼女も苦労してきたはずだ。さっきのお礼じゃないが、さっきのこともそのコンプレックのことも含めて言えることがあるはずだ。


「さっきのお礼じゃないが、オレからも一言言わせてもらうとだな。さっきのあの男は強かった。だからオレもアイツを逃してしまったしな」

「……しかし私にはそれ以前に問題があるんだ」

「どうせ魔法が使えないことだろ」

「!どうせとはなんだ!私は真剣に悩んでいるんだぞ!どうせ貴様の様なも優れた魔法を使える者にそんな気持ちわかるはずも―――」

「知らないのか?オレも昔はオレも魔法が全く使えなかったんだぞ」

「……なんだと?」


反応からするに本当に知らなかったご様子。


「本来なら魔法は七歳で発現する。でもオレには発言しなかった。才能なし!」

「……そうだった、のか」

「その二年後、オレはこんなえぐい魔法の力を手に入れた訳だが、」


転生によるチートですけど…


「それでもお前の気持ちはよくわかる。魔法を使えないというそのお前の気持ちが」


そこで一呼吸を置く、そして。


「長くなったが、オレから言いたいことはその魔法が使えないという欠点を欠点にしなければいい。つまり、強くなればいいんだよ」

「そんな簡単にいうがな…」

「別に、強くなることを簡単だと言ってるわけじゃない。努力なんていくらやっても足りないからな。でもすることに意味はあるはずだろ?」


オレ自身転生チートがあって強くなれたということもあったが、それでも努力を惜しんだことはない。


「そもそもお前のその強さは、天賦の才とか以外にも努力で手に入れたものでもあるはずだろ?」

「勿論だ」

「だったらそれを更にがんばればよし!そうすりゃそれが報われるときがくるはずだ」


努力が必ず報われるとは限らない。しかし、アルトリアが現にここまで強くなれたというのなら、きっと報われるとそう信じたい。


「なんなら、オレが鍛えてやってもいいぞ。結構指導はうまいほうだからな」

「気が向いたらにさせて貰おう」

「人の厚意をそんな…」


すんなありと断られた。

まあ、見たところ元気も出たみたいだし、良かった。

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