隠し財宝と孤独な盗人

 

 少年が初めて彼女を見た瞬間、その現実離れした美しさに目が釘付けになった。


 この闇に飲み込まれた夜を優しく照らすお月さまのようだ、と。



 少年の名前は皓月こうげつ。彼に故郷はない。親もない。兄弟もない。


 一人、根無し草のように各地を放浪していた。しかし皓月には夢があった。盗人ぬすっととして生きるために盗みを働くしかない彼にも、幼い頃から描き続ける夢が。けれど、その夢も徐々に忘れ始めていた。



「お前、いつからここに閉じ込められてるんだ?」


 ある日の夜のこと。先日まで滞在していた街の酒場で聞いた情報を頼りに、目的地へと辿り着いた皓月がそう尋ねた相手は、冷たい鉄の牢屋に閉じ込められた一人の少女だった。


 金色に染まったさらさらの髪、透き通るような白い肌、美しく整った顔立ち。そしてなによりも彼女の美しさを際立たせているのは、彼女が纏う優しい、淡い光だ。いや、彼女が光っているといった方が正しい。ランタンや松明もなにもない薄暗い空間で、少女の姿だけがぼんやりと浮かび上がっている。



 ここは、人々から見放された荒野の真ん中にそびえ立つ塔。皆危険だからと決して近付かない不毛の土地。

 盗賊の隠し財宝があるという噂を聞いたとしても、こんな場所へとやってくる変わり者など皓月くらいなものだった。

 そんな怖いもの知らずの彼でも、塔に入って一番に目に飛び込んできたものが鉄の牢屋に閉じ込められた少女だなんて、何事かと思ってしまう。


「おーい。言葉分かる?」


 少女は床に座り込んだまま質問には答えない。突然塔へとやってきた皓月を不思議そうに、ただ見上げているだけだ。

 もしかしたら言葉が分からないのかもしれないと、皓月は牢屋に少し近付いてもう一度尋ねた。少女は首をぶんぶんと横に振る。少女には皓月の言葉が通じていないようだ。


 困ったように頭を掻いていた皓月だったが、考えるのを諦めたらしく手を叩いて、薄暗い塔には不釣り合いなほど明るい声で言った。


「よし! よく分かんないけど、ここにずっといたら死んじゃうだろ。ちょっと奥に行ってて」


 身振り手振りでなんとか意思を伝えようとする皓月。少女は首を傾げながらもなんとなく理解したようで、牢屋の一番奥まで下がる。十分少女が下がったことを確認すると、皓月は懐から小型のリボルバーを取り出し、銃口を牢屋の扉に括りつけられた鎖に向けた。小気味良い発砲音が静かな塔内に響いた。


「ほら! 開いたぞ。出てきなよ」


 皓月は扉に絡みつく千切れた鎖を解きながら少女に声をかけた。彼の手のよって解かれた鎖は、がしゃんと煩い音を立てて床に叩きつけられた。

 扉を開いて少女に目を向けた彼は、先程の少女と同じように首を傾げることとなる。


「あれ? どうしたんだ? そんな奥でうずくまって」


 少女は牢屋から出てくるどころか、奥で膝を抱えてうずくまっていた。皓月はどうしたらいいか分からず、とはいえ放っておくこともできず、うずくまる少女のそばにしゃがみこんだ。


 近くで見る少女は、遠目から見るより身体の線も細く、触れてしまったら壊れてしまいそうな儚さを帯びていた。


 皓月はずっと一人で生きてきた。人と話したことがないわけではなかったが、ちゃんとした繋がりを持ったことは一度もなかった。こういう時にどうしたらいいかも、皓月は知らないのだ。


「どっか痛いのか? もしかして腹が減ったとか? それだったらまだパンが残って……」


 皓月とずっと旅を共にしてきた、薄汚れた布で作られた巾着袋を背から下ろした彼は、帰り用にと残していたパンを探し当てて少女に手渡そうと顔を上げた瞬間、大粒の涙をぽろぽろと流している彼女の悲しそうな瞳と目が合った。


「え!? な、なんで泣いてるんだよ、そんなに体調悪いのか?」


 突然のことにおろおろとする皓月。少女は涙を流しながら、その細い指先で皓月の足元を指差した。そこには、先程牢屋の鎖を撃ったリボルバーが転がっている。少女が泣きだしたことで慌てていたため、しまうのを皓月はすっかり忘れていたのだった。というより、リボルバーを持ち歩くことはこの辺りでは常識であるため、怖がるだなんて彼の考えが及ぶところではなかったのである。


「あぁ、そうか。これが怖いのか。ごめん。もう大丈夫だぞ」


 床に転がっていたリボルバーを皓月が手早く懐にしまい込むと、少女はようやく泣き止んだ。涙はこぼれてはいないが、まだ悲しそうな瞳で皓月を見つめている。皓月は元気付けられる物はなにかないものかと辺りを探していたが、自身の首に下げている物の存在を思い出して、“それ”を首から外すと不安そうな顔をしている少女に見せてやる。


「ほら! これ、みんな生まれた時に必ず一つ貰うんだけど、お前は持ってないだろ。見たことあるか?」


 皓月の手のひらの上に乗せられた首飾りには、表面に傷一つないまんまるな宝石のような玉が付いていて、その玉は淡い光を放ちながら輝いていた。物珍しそうに首飾りを見つめる少女。玉の側面に掘られた文字を指差して首を傾げている。


「あぁ、これは俺の名前が書かれてるんだよ。皓月って読むんだ」


 不思議そうに首を傾げる少女には皓月の説明はあまり伝わらなかったようだ。他の伝え方を考えているのか、難しい顔で唸る皓月。しばらくして彼は説明するのを諦めたようで、かぶりを振って首飾りを彼女の首にかけた。


「夜になると真っ暗でなにも見えなくなるから、みんな外に出る時はこの首飾りの光を頼りに歩くんだ」


 少女の表情がぱっと明るくなる。

 その笑顔は可憐で美しいものだった。皓月は赤らめた顔を見られたくなかったのか急に立ち上がって、


「……こんなところに長居してても仕方ないから、早くここを出よう。なんもなさそうだし。街まで案内してやるよ」


 そう早口で言うと、巾着袋を背負って塔の入り口にさっさと歩いていく。少女が彼に付いていく気配はない。皓月が後ろを振り返ると、少女は立ち止まり上を見上げていた。


 少女の見つめる先には、塔の壁伝いに建てられた螺旋階段がはるか上まで長く続いている。塔の中には灯り一つないため、どこまで続いているのか皓月には分からない。


 少女の細い指先が、塔の真上を指差している。


「上になんかあるのか?」


 少女に言葉は通じない。皓月が同じように指を真上に向けると、少女はこくこくと頷いた。


「あぁ! そういえばここに盗賊の隠し財宝があるって聞いたんだ。もしかしたら、上に行けば見つかるかな?」


 少女は首を傾げる。皓月は言葉が通じないことにももう慣れたようで、


「よし! じゃあ、一緒に見に行ってみようぜ。財宝見つけたら山分けな」


 そう明るい声を上げて、少女の白く細い腕を取り、螺旋階段を上り始めた。

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