いつだって約束を守りたいとは思っている
なにもかも嫌になったので。しがらみのほとんどは、この国に捨てておくことに決めた。フィアとか大統領とか、細かいことは忘れて。あとはどうにでもなれと考えている。
今日は朝からストレスをためたルシルの買い物に付き合い、フルーツと二人で荷物持ちをしている。それも嫌になって脱走したら、小さな公園で魔剣を握り締めた大統領と遭遇したのである。
ぼくは一歩づつ追い詰められる自分に絶望しながら、気安い感じで話しかけてみるのだった。
「よう、久しぶり。一国の大統領が、こんな場所で何をしているんだ?」
隣で護衛をしているフィアを確認すると、ほとんどのことは知られているとみていい。
果たしてどんな展開になるのやら。
「契約を破って、どこかに逃げようとしているガキがいると聞いてね。言い訳の一つでも聞こうと思ったのさ」
言葉からは怒りの感情は感じない。どうにかして誤魔化そうと思っているが、持っている魔剣が不安を誘う。まさかとは思うが。一つでも失言をしたら、首を切られるわけじゃないだろうな。
だが、黙っていても話は進まない。いつでも逃げる覚悟を固めながら、楽に話をしてみよう。
「逃げるなんて、人聞きが悪い。もう少ししたら、会いに行こうと思っていたんだ」
出鱈目にも程があるが、嘘だと言う証拠などあるわけもない。
「いいがかりが過ぎるな。誰がそんなことを? そいつには、きついお仕置きをしておいてくれ」
余計なことを言う奴は、数を減らしておいた方がいい。
状況からするとフィアだと思うが、視線を向けてみると違うみたいだ。
「そいつは悪かったね。でもあんたが国を出ようとしているのは本当だろう? あたしとの約束は、果たしたとみてもいいのかい?」
「いいわけがないだろう。だが、少しは進歩したと思っている」
フィアの性格を直すことか。次の大統領に成れるほどの、圧倒的な成果を出させること。
どちらも道のりの途中だが、半分ぐらいは進めたはずだ。
「それと、魔剣もか」
「そうだよ。確かにあんたの行動には意味があったと認める。でも契約を果たせていないのも、また事実だ」
確かにその通りだ。ぼくだって、まだ続ける気があった。
でも状況が動いてしまって、出来なくなってしまったのだ。
「仕方がないだろう、話は変わったんだ」
「聞いているよ。あんたの師匠が、大きな問題を起こしたんだろう。だが、それはあたしには関係がない話だね」
「まあな」
それでも、ぼくには関係のある話だ。事情を理解させるしかない。
「大統領如きに、良く知ることが出来たな」
「孫が事情聴取までされているからね。一国の大統領如きでも、政府から話を聞けたのさ」
傲慢さが見えない。地位よりも実力の方が上だと、しっかりわきまえている。
「ルシルが飛ばされるんだから、ぼくだって飛ばされるんだと」
「なら、報酬はなしでいいね」
「駄目。途中だけど、報酬はもらいたい」
欲しいものは欲しいのだ。是非、譲歩していただきたい。
「フィアは少しだけ変わっただろう? これで合格にしてもいいじゃないか」
「いいわけないだろう。勝手なことを言うんじゃないよ!!」
おお、ついに怒り出したか。大統領は魔剣を振り回して、満足したのか杖のように地面に突く。
「勝手なことを言いたいんだよ、文句を言うな」
「……本当に、このガキは。そういうところは、嫌いじゃないけどね。強い奴ってのは、ワガママを通すもんだ」
呆れと怒りを等分に。苦笑をしながら、少しだけ嬉しそうにも見える。
「お婆様、自分は先生に助けられたであります。出来る事なら、望むようにして欲しいでありますよ」
「あんたもあんただねえ」
フィアの優しい言葉に毒気を抜かれたのか、勝敗は決したと言う感じだ。
そして落ち着いたのか、言葉を続けていく。
「だが、一理はある。今まで変わらなかったのに、あんたの近くにいただけで変化があったんだ。……だから、こうしよう」
「え?」
「本格的な選挙は、二年後だ。その時になったら、またこの国に戻って来るんだ。そして、孫に協力してほしい」
その言葉に嫌な顔をするが、まだ話は終わっていない。
「報酬は先払いにしてやるよ、だから約束しな。必ず戻ってくると」
「わかった」
気が向いたら、必ず戻ってこよう。気が向かなかったら、そのまま忘れるとしよう。
とにかく情報を貰えれば、こっちのものだ。
「胡散臭い顔をしているね、破ることは許さないよ」
「ええ……」
とは言ったものの、興味があるのも確かだ。
二人の決着がどんな形になるのか、どちらが勝者になるのか。
その結果として、この国がどうなってしまうのか。
「多分また来るさ。ワールド・バンドの情報をくれ」
★
「こんなところだね。あんたがその気になれば、間に合うはずだろう?」
「まあ、な」
また面倒な話になった。行きたくもない場所に行って、会いたくもない人間に会わなければならない。
おまけに、少しの間はおあずけだ。その時を、待たなければ。
「話は変わるけど、次はどの国に行くんだい?」
「知らないけど、一年中戦ってばかりの場所だと」
行く場所も知らず、何も考えずに流される。いつものことだが、浮雲と変わらないな。
「ああ、あそこだね。また難儀な」
「知っているのか?」
「当たり前だろう。そこはね……」
大統領は、その手を高く掲げて。人差し指を、宙に向けた。
「月の、裏側さ」
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