戦う理由

 


 ボロ屋の扉を、内側から開く。外の景色は、広大な自然だった。

 田舎には間違いないが、山を一つ越えれば大きな町でもあるのかな。


「まったく、ここはどこだ?」


 日本のどこかとは聞いているが、詳しい地理がわからない。一時間も全力で走れば、首都に着くぐらいの位置らしいが。

 力尽きてしまったセカイの力で、ぼくは日本へと飛ばされた。

 エキトを探すのを目的としているが、その場所が見当もつかない。


「ああ、そうか」


 そういえば便利なものがあった。全身のポケットをまさぐると、覚えのない硬質な感触。

 取り出してみると、いつものスマホ。どこに捨てても、コナゴナになっても、戻ってくる優れものだ。


「よく見たら、電波が入っていないのに。……もしもし」


 あっと言う間にかかってきた、誰かからの連絡。そいつが誰かは、確認するまでもない。

 このスマホをぼくに持たせているのは、誰かと言う話だ。


「どこにいる?」

「首都だ、早く合流しよう」


 急いでいるのか、その言葉だけで会話は途切れた。こちらから呼び出しても、繋がる気配はない。

 あの男が焦る姿は想像しにくいのだが、学院長が殺されるような状況だからな。

 この国はまだ平和だ、ルシルの現れた気配もない。

 でもそれがいつまで続くかはわからない、急いだほうがいいだろう。


「よし。行くか」


 久しぶりに全力で走る。その気になれば、誰よりも早く走れるだろう。



 ★



 山を三つ超えて、高速道路を見つけた。

 沿うように走ると、明らかな近代都市を見つける。それでも……。


「この国の首都って、なんて名前だっけ?」


 詳しくないのだ、全くわからない。

 一つの国なら、主要都市は複数あるだろう。この場所で合っているのか?

 困惑していると、また電話がかかってきた。


「タワーの頂上で」


 端的な言葉に違和感が残る。エキトに何かあったのか。

 都市に入ると、人の集団が目に映る。無理もないことだ。世界中が攻撃されて、人口の大部分が世を去った。

 高いところから見るとよくわかる、人々の恐怖が。

 恐慌に支配されて暴れまわる人や、狂ったように叫んで逃げ回る人間。そんな光景が、今の当たり前だ。


「人間らしくて、大変に結構」


 家に閉じこもって絶望しているよりも、遥かに健康的だ。

 滅びることが確定しているとしても、無駄な足掻きをして欲しい。

 今日が最後の日なら、何をするのか。

 諦めるのか、刹那の欲望に溺れるのか?そんなものは、つまらない。


「どうすればいいかわからないのなら、せめて足掻かないとな」


 勇気をもらった気分だ。

 死にたくない、まだ生きていたい。それが一番大事なことだから。

 色々と知っている身からすると、バカにしか思えないが。人々は必死に、足掻いているのだ。

 建物の上をピョンピョンと飛び跳ねて移動し、都市で一番高い塔に登る。そこにいるのは、言うまでもなく。


「よう」

「結論から言うと、対抗する手段はない」


 話の早さには助かるが、どこまで知っているのか。


「何も知らないけど、時間はたっぷりあったからね。聞きたいことはわかっている」


 その脳内だけで全てを察して、全ての結論を出したらしい。

 でも話が早すぎて、こっちがついていけない。


「……むげんの知り合いは、おれ以外の全てが死んだと思っていい。あの化け物は、別だけどね」

「奴らが死んだ理由は、どうでもいいか。お前との戦いでルシルはおかしくなったんだろう? 治す方法は」

「ない。店にあった魔道具の効果なんだろうけど、そもそもどんな力があるかわからないものばかりだった。大部分は、あの時に破壊されたしね」


 つまり、お手上げか。


「なんで日本は、攻撃されていないんだ?」

「わからない。でも時間の問題だよ、ここは安全な場所じゃない」


 人類の滅びも、確定している。戦う手段は、ない。


「戦う手段がないわけじゃない。救う手段がないだけだよ」

「それは?」


 尋ねるとエキトは持っていたカバンや、体のあちこちから不穏な魔道具を取り出した。

 その数は二十を超えて、手に持っているのも、嫌な気配を出している。


「これらを使ってくれ、なんとか戦えると思う」


 それだけを告げると、エキトは倒れてしまう。

 よく見ると体の至る所が変色していたり、黒く染まって原型が分からなくなっていた。


「ルーシーは今、宿命のライバルと最後の決着をつけている。子供を亡くした親を敵に回したんだ、負けなくても無傷とはいかないだろう」


 そいつは誰だろう、心当たりがないけど。会ったことがある気はする、また忘れたのか。


「少しだけど、時間はある。だからよく考えてくれ」

「なにを?」

「もうすぐ流れ星が来て、全てが元に戻る。でもその時には、ルーシーはいないだろう。だから……」


 だから、ぼくは。


「倒すのか、あるいは赦すのか。その選択は、無限にある。世界が終わるときは、エゴこそがあらゆるものに優先されるからだ」

「……」

「人類を滅ぼした化け物を許せないのか。それでも、大切な家族だから許してしまうのか。そこに正解はないんだよ」


 全てが元に戻るのだから、そこに責任はない。辛いのも苦しいのも、今だけの幻だから。

 エキトはそう言いたいみたいだが。そんな戯言に、聞く価値はないと思う。


「お前は全てを勘違いしている。ぼくがルシルと戦うのは、勝ち逃げされたくないからだ」


 これで終わりなら、綺麗な終わりを。どっちが上か、徹底的に決めておくだけだ。

 言い訳が出来ない最後、元に戻ることがない終焉。それが終わりなのだから。


「世界も人間もどうでもいい。許せないわけでも、抗っているわけでもない」

「それなら、なんだ?」

「今だけを見て生きているんだ。ぼくはさ、何も考えていないよ」


 その言葉で、エキトは安心したように息を引き取った。

 ……衝動だけで進んでいる。

 今のぼくは、人間よりも動物に近い。これこそが、本当の自分だと思えるほどに。

 だから刹那を生きよう。ルシルを倒して、終わればいいのさ。

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