誰も教えなかったけど

 


「それと騙すこととは、関係がないじゃないか!」

「騙していたのは、優しさだろう? 裏の目的があったにせよ、聞く耳を持たないお前に協力をしていた」


 三人とも、フェリエを見捨てたりしなかった。


 間違いだと、決して叶わないと思っても。ずっと傍にいて手伝っていた。


 それを誤魔化しと言うのなら、それを悪意だと言うのなら。


「お前の血は穢れているよ。幼馴染のトラウマになるわけだ」

「……まれ」

「黙らないね、ぼくは止まらない」


 ここで止まったら、何の意味もない。


 伝えることは、最後まで。壊すのなら、コナゴナなるまで。


「そんなことだから、フィアの視界にも映らない。血だけじゃない、魂まで穢れている証拠だ」

「だまれええええ!!」


 我慢の限界を超えたのか、黒い霧に包まれたフェリエが斬りかかってきた。


 その速さは音を超えて、その迫力は重火器では比較にならない。ぼくは呼び出した剣を構え、その一撃を受け止めるが……。


 まるでガラス細工のように、一瞬で砕け散った。


 だが、その一瞬で十分だ。


「今だ!」


 怒りに染まる脳には、ぼくのことしか表現されない。


 視界に映ろうとも、横から攻撃されようとも。決して心に伝えられることは、ないのだから。


「光りの檻よ」

「骨よ、軋め!」

「うおおおおおおおお!!」


 三人そろって、フェリエを抑えにかかる、無防備な身体には攻撃が良く通った。


 ファングの光が、ぼくへ近づくことを許さず。爺さんの魔法がフェリエの身体を弱らせ、メディの大斧で無理やり抑え込んだ。


 殴られて気絶したフェリエを見て、ひと段落したと実感する。


 ぼくは冷や汗を拭うように、額を拭ってみた。緊張などしていないのだから当たり前だが、雫の一つも有りはしなかったな。



 ★



 夕焼けの落ちる姿が美しいと、誰かが言ったことを覚えている。


 眩しい明りが落ち、静寂の暗闇が満ちること。それを望む人間がいるとしたら、その心は何を思っていたのだろうか。


 センチメンタルな感傷に浸っていたのか、それとも儚さを尊重していたのか。


 あるいは、世界の破滅でも望んでいたのかな……。


「……う、ん」


 切ない光に、身じろぎをする声がした。ここはフェリエの部屋で、ぼくは近くの椅子に座っている。


 体が心配だと言って、無理やり看病役を引き受けた。


 ファングたちは深く心配していたが、後ろめたさがぼくに譲ってくれたのだ。


 なぜ、ぼくがこんな役を引き受けたのか。それは……。


「いいなあ、この部屋。三日ぐらい、譲ってくれないかなあ」


 金持ちのバカ息子らしく、その自室はとても広かった。そして、個人用の本棚があったのだ。


 巨大な棚の数は四つ。本の冊数は、数百冊。これを読み切るまでは、フィアの元に戻れない。


 断っておくが、ぼくは本を読むのが好きなわけではない。興味を持てる、素晴らしいものを探しているのだ。


「むげん、か?」


 フェリエが目覚めたようなのに、全く声を掛けなかったぼくだが。


 声を掛けられたら、しっかりと返事を返す。


「おはよう、覚えているか?」


 端的に質問してみる。何も覚えていないと、言われたほうが楽なのだが。


「全部、覚えているさ」


 体を起こしながら、フェリエは応える。その言葉には、悲壮感や後悔が含まれているようだ。


 でも、大丈夫だと思う。だって黒い霧が、ほとんど消えているから。


「みんなは、どうしているんだ?」

「眠りの魔法をかけられて、スヤスヤしているさ」


 心配している姿が鬱陶しいので、快眠サービスとやらを呼んでみた。


 魔法は神秘ではなく、文化だと理解できたな。値段も優しかったし。


「そうか。……すまなかったな」

「謝る必要はない。ぼくには、関係のないことだからな」


 被害はなく、関係もない。通りすがりの他人に、謝る価値などありはしない。


 どうしてもというなら、優しいプレゼントをして欲しい。例えば五年ぐらい、宇宙旅行でも行かせてくれないかな。


 流石のぼくも、まだ経験していないから。


「僕の血は、穢れているか……」


 おいおい。


「ぼくの言葉なんて、気にするなよ。だからお前は、駄目なんだ」


 他人の言葉に価値はない。よくわからないし、直ぐに忘れてしまうから。


 どんな名言を吐かれても、二時間もすればきっちり忘れる。それが、人間なんだ。


 もちろん、主観的な言葉だけど。


「ずっと、考えていたことなんだ。僕は……」

「ストップだ」


 つまらない泣き言なんて聞きたくない。いや、先に聞かせる相手がいるはずだ。


「あいつらを叩き起こしてくるよ、いくらでも話せばいい。それでも満足できなかったら、また聞いてやる」


 他人の泣き言を聞くのは嫌いじゃない。そこには、人間の本質が詰まっているからだ。


 でも今はタイミングが悪い。目先に楽しみな本の山が待っている。


 フェリエの悩みが解決して、すっきりと明日を迎えるのが美しいか。


 フェリエの悩みがより深まって、次の楽しみが増えることが嬉しいか。


「……悩むなあ」


 人の不幸は蜜の味。醜い考え方だが、きっちりと解決するので許してほしい。


 どう巡り巡っても、フェリエの悩みは解決する。だって現実は、甘くも厳しいのだから。

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