中途半端
痛烈な叫び声に向けて、メディは全速力で走っていく。その勢いに負けないように、ぼくも隣で並走する。
自分が何かの助けになるとは思わないが、たどり着いた時に全てが終わっているのは耐えがたい。
奥へ奥へと進んでいき、ひときわ大きな広間に出ると。そこには三人の姿があった。
……でも、その姿は悲惨なものだ。
「うらぎった、裏切ったな! 頼りにしていたのに、信じていたのに!」
見るに堪えない姿をしているのは、もちろんフェリエだった。黒い霧に全身を覆われて、人間だと認識するのも難しいほど。
ファングたちの姿も、負けず劣らずだ。ファングは右手を、パニックの爺さんは左足を失っている。
傷口が、服で隠されていて助かった。傷は伝染する。視界に入るだけで、ぼくが痛くなってしまう。
むろん、ただの勘違いだが。人間の想像力とは恐ろしい。
「死んでしまえよ、僕の前から消えてくれ!」
フェリエの行動は止まらない。なにがどうなって、こんな状況になったかはわからないが。
その手に持っていた剣を振りかぶり、止めを刺そうと……。
「止めてください、フェリエ様!!」
直前で割って入ったメディに止められる。体格では圧倒的に勝っているのに、押されていた。
精神的にも、物理的にも。
「無限、頼む!」
二人を庇うメディが、ぼくに声をかける。拾って距離を取ればいいのだろう。
あまり近づきたくはないのだが、さっと近づいて二人を回収する。そのまま大きく離れて、地面に降ろしてやった。
「で、なにがあったんだ?」
腕や足がなくなったぐらいなら、口は聞けるはずだ。脂汗をかくファングに話しかけると、ちゃんと応えはあった。
「どうもこうもねえよ。らしくないことは、するもんじゃねえってことだ」
その言葉だけで、ピンとくるものがあった。つまり、全てが裏目に出たってことだ。
「心苦しくてのう、全て話してしまった」
「本当にらしくない。ずっと黙っていたんだ、こうなることはわかっていただろう?」
つまり、フェリエの本当の立場を教えたってことだ。ただの操り人形で、誰も期待なんてしていないのだと。
本当のことを言われると、人は傷つく。逆切れに過ぎないと思うが、それでも理解はできる。
「テメェに影響を受けたんだよ。とんだ間違いだったぜ!!」
二人はぼくのせいだと主張している。そんなのは、筋違いだ。
「お前たちの、伝え方が悪かったんだよ。これはデリケートな問題だろう、不器用な奴には向いてなかったのさ」
一つだけ評価できるところがあるとすれば、暴れても大丈夫なダンジョンの中で話をしたことだ。
それ以外の全ては、低い評価をせざるを得ないな。
「お前もか、お前も裏切り者なのかあ!」
「落ち着いてください、何の話ですか!?」
メディは大斧で器用に、フェリエからの攻撃を防いでいるが、とても戦いづらそうだ。
武器の問題もあるが、自分の主と戦いたくはないのだろう。
「で、どうする。止めを刺すか?」
「なにをいうか。無傷で止めるに決まっておるわ!」
ぼくの言葉に、爺さんが怒り出す。同時にファングによる治療は終わり、二人の手足は元に戻った。
魔力の汚染も問題だが、そうも言ってられないのだ。
「行くのじゃ、ファング!」
「おうよ」
メディのサポートをするために、ファングが飛び出していく。
だが……。
「もううんざりだ、僕に近づくなよ!」
黒い霧をまき散らすように、二人を一蹴する。
負けないように、果敢に向かっていくが。それでも、実力の差は歴然だ。
「驚いたな、フェリエって強かったんだ」
「ワシも驚いておる。こんなはずはないんじゃが……。せいぜいが、ファングの七割程度の魔力なのに」
爺さんの知る限りだと、そう強くはなかったようだ。
そんなことは、とても信じられない。目の前の光景が、それを表している。
剣に黒い霧を纏わせて、斬りつける。拳に黒い霧を纏わせて、殴りつける。
ただそれだけで、見る間にメディとファングは傷ついていくのだ。
既に満身創痍で、回復しながら戦っても辛そうだ。
「あれを、無傷で捕らえるって?」
「……隙さえあれば、捕らえることが出来るわ。どう見ても、心身ともに不安定じゃ。そのチャンスは、必ず来る」
それは間違いないだろう。だがそれは、いつの話か。
長く時間を稼ぐことは出来ない、そして簡単に隙を見せることもない。
今のフェリエは、ストレスを解消しているだけだ。それが深かった分だけ、なくなるまでは長いだろう。
「大変なことだ」
きっと、思うところがあったに違いない。何も言われなくても、疑問に思うことが多かったのだろう。
大事な仲間が、自分に隠し事をしている。大事な家族が、何も言ってくれない。まともな人間にとって、これはかなりのストレスになるのだ。
ただ自分に同情する目を向けられて、ただ自分を慮る振りをされた。
どれだけ、プライドが傷ついたんだろうな。
「手伝ってやろうか?」
「……なに」
「手伝うか、と聞いた」
「……出来るのか?」
隙を伺って、一歩も動けない爺さんに。簡単だ、と頷いてやる。
「なら頼む、どんな手段を使ってもいい。あの子を、助けてやってくれ!! このままでは、壊れてしまう」
黒い霧は、本人も傷つけている。剣を振るうたびに、全身から血が噴き出ている。
そして内面も問題だ。大切な仲間を傷つけるたびに、その顔が歪んでいた。
どこから壊れていくかわからないが、いつかは致命的なことになるだろう。
傷付けるたびに、傷付いているのだから。
「ああ、わかったよ」
軽く了承してやる。要するに、やり方が甘いのだ。
気を使ってか、気持ちを察してか。そんなことはわからないが、その態度が良くない。
一度、徹底的に壊してやった方がいい。ちっぽけなプライドは粉々に砕いたほうがいい。
言葉ってものは、そんな風にも使えるのであった。
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