記憶喪失
こいつらのことは、徐々に理解するのが正しいペースだろう。一気に進めてしまうと、飲み込まれそうで凄く嫌だ。
理解しないという選択肢はない。興味深い考え方なのは、事実なのだ。
外の景色を眺めることで、頭の中を元に戻す。数分が経ったぐらいで、ぼくは情報収集を再開した。
「そういえば、聞きたいことがあったんだ」
トワから聞いた情報の、答え合わせといこう。疑っているわけではないが、信じているわけでもないからだ。
さて、どうやって聞こう。あいつは神なのか? なんて尋ねるのは難しい。
どういう反応が返ってくるか。バカにされるだけならいいが、愚か者だと切り捨てられたら大変だ。
「……サクリって、どんな奴なんだ?」
「サクリ?」
迂遠な質問だが、少しずつ距離を縮めるのが正解だろう。これなら、どんな方向にも持っていける。
「それはこちらが尋ねたいな。どうやって、あいつと仲良くなれたんだ?」
その質問は、どういう意味だろう。難儀な性格をしているようには、見えなかったが。
ともあれ、質問には真摯に応えておくか。
「どうもこうもない。仲良くなれたかはわからないが、ベラベラと喋っていたら警戒心を薄めていったよ」
ちなみに、ぼくは仲良くなったとは思わない。
サクリを信用する要素もなければ、その過去も正体も謎だらけ。興味がなくて、聞かなかっただけだが。
……同じ情報量なら、ぼくじゃなくても。心を開ける要素なんて、ないだろうさ。
「そうか、サクリは人を信用しないタイプだから。無限に心を開いていて、驚いたものだったよ」
フェリエの言葉に疑問を持つが。よく考えれば、サクリという個人には、興味を持っていなかったと思い出す。
必要な情報を抜き出しただけだったので、情報が載っている端末には興味を抱かなかったのだ。
ちょっとだけ軽率だったかもしれない。全てのことに貪欲でなければ、素晴らしいものに辿り着けないのだから。
まあ、反省や後悔は誰かが代わりに背負えばいいさ。
「へえ、サクリはそんな感じか」
「まあな。あいつとの付き合いは、一年ほど前からだが。最初の一月は、野犬と変わらなかったぜ。今では、フェリエの忠犬になっちまったがな」
「だが、ワシらには心を開いておらんよ。警戒心や恐怖心を、節々から感じておる」
ファングたちの補足説明が、とても分かりやすい。
主観的な意見と客観的な意見は、釣り合っているのが理想的だ。
「それが一時間ほどで、笑顔で礼を言われるほどの仲になるとはのう。心を操る魔法でも使われたかと思ったわい」
そんなものが使えたら、どれだけ便利なことか。便利だからって、使うわけではないけれど。
「お前たちのことは、仲良し五人組だと思っていたけどな」
「間違っちゃいねえよ。あいつだって、立派な仲間だからな」
こいつら四人が会話をしているところは、この一日でも何回か見た。でもその中にサクリが入っている姿は、まだ見ていないのだ。
当たり前と言えば当たり前。ぼくはサクリと交代で、この中に入ってきたのだから。
「おれっちとフェリエは幼馴染で、同級生。爺さんは副大統領のお抱え魔法使いで、メディはフェリエの用心棒と教育係をしていたんだ。おれっちたちは古い仲なのさ」
その中に割り込むのは、大変なことだったのだろう。それも、たったの一年前のことだ。
「サクリは、どうやって?」
「ある日突然、フェリエが拾ってきたんだ」
なあ、とファングがフェリエの話題を振る。
「ああ、その通りだよ。その出会いを鮮明に覚えている。ふらつく体と、定まらない目。大雨の中であいつは、あてどもなく彷徨っていたんだ」
ぼくなら、そんな奴には近寄りたくないが。好奇心に負けて、近づくかもしれないけど。
「心配して尋ねてみると、記憶喪失だったことがわかったんだ。そんな人間を放っておくことは出来ないだろう?」
個人による、と答えておこう。まあフェリエなら、見捨てることは出来まい。
「行く当てもなく、身寄りもない少年。世話をして、体が回復したころには仲良くなっていたんだ。その時には、僕に協力したいと言ってくれていた」
刷り込みか、恩か。意図的ではないにしても、極限状態の人間に洗脳をしたようなものだな。
心のよりどころを失うことは、恐怖だろう。善意か打算か。どちらにしてもサクリがフェリエに協力するのは、必然だったのかもしれない。
盲目的な忠誠心や、周りにいる者への無自覚な攻撃性。わかりやすい成長をしたのだろうな。
「……それで、記憶は?」
「まだ戻っていないし、無理に戻すつもりもない。サクリの身体には、極度の消耗が見られたからな。元の生活が、幸せなものだったとも思いにくい」
サクリが普通の人間なら、消耗の理由は飢餓状態や虐待などが思い浮かぶ。
だが忘れるなかれ。サクリの正体は十中八九、神の生き残りなのだ。そんな理由なわけもない。
ただ一柱の生き残った神が、消耗していた理由か……。あまりいい想像は、出来ないな。
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