自由へ

 


「しばらくの間、ソレガシを同行させてください!」


 サクリは上半身を直角に曲げ、深々と頭を下げる。


 その力強い言葉を向けられたのは、ぼくではなくフィアだった。


「え、えっと」

「ちょっと待つんだ。どうしてそうなった? 僕を裏切ると言うのか!?」


 困惑するフィアと、激昂するフェリエ。二人を前にして、頭を上げたサクリが冷静に言葉を発する。


「主よ、申し訳ない。無限との会話で、ソレガシは気づいたのです。このままでは、貴方のお役に立てないと」

「……なに?」

「敵を知り己を知ることで、負けがなくなる。無知蒙昧なソレガシでは、皆の足を引っ張るでしょう」


 百戦始うからずだな。そんな言葉があった気がする。


「主の役に立つために、みなさんの役に立つために。あえて、敵陣に踏み込みたいのです!」

「……」


 強い言葉は大変結構だが、フィアを目の前にしてよく言った。


 これで受け入れてもらえると思っているのか?


「それでも、駄目だ。危険すぎる」


 サクリの決意は、まるで通じず。


「せ……」

「パーティーのリーダーは、フィアだ。なにか言ってあげるといい」


 ぼくに意見を求めるフィアに、先手を打って答えておく。


 サクリたちに下っ端だと思われている方が、何かと都合がいいからだ。


「自分たちは、構わないであります。よくわかりませんが、協力するでありますよ」


 フィアにしては、柔らかい意見だ。そこにどんな思惑があるのか。


 フェリエの仲間だから、甘い態度を取っただけかな。


「主よ、お願いします。ソレガシは、フィア殿の想いを知りたいのです」

「想いだって?」

「国への想い、仲間への想い。そして、主に対する想いを確かめたいのです。理解しなくては、貴方を上に導けないのです!」


 熱意を込めたサクリの言葉は、果たして響いたのか。フェリエは深く黙り込み、仲間たちは成長に困惑している。


 傍から見ていても、手ごたえはあると思う。それでも心の内はわからない。


「……やはり、駄目だ」

「主よ!」


 思ったより強情らしいな。これ以上の会話には、意味がないか。


「大切な仲間を、危機には追いやれない。その結論は、変えられないんだよ。わかってくれ」

「……主よ」


 折れたな。大切な仲間と言う言葉が、トドメになったらしい。


 そんなもので心が折れるなんて、意味不明にも程がある。……だが、それは認めない。


 話がまとまりかけた時。全員の空気が弛緩した時。優しい諦めが、場を支配した時に。


 ぼくは、動いた。


「ごちゃごちゃと、うるさいな」


 人の心とは不思議なもので、どれだけ強くても隙が出来る。


 だから、弱者であるぼくの行動に、誰も追いつけない。


 ……そう、サクリが剣を突き付けられるまで。誰も反応できなかったのだ。


「大人しく要求を受け入れるんだ。さもなければ、斬る」


 首筋に突きつけられた剣は、眩しい光を放っている。太陽の光を反射しているだけだとわかっていても、その怪しい光は殺意を具現化しているようだ。


「……なんのつもりだ?」

「言葉が聞こえないのか? サクリの言葉を受け入れろ、と言っているんだ」


 少しずつサクリの背後に移動し、その腕を拘束する。フェリエが攻撃してきたら、その身を盾にしてもらうために。


 力では及ばないが、一瞬で逃げられることもないだろう。そして、内緒話にもいい距離だ。


「協力する。静かにしていろ」


 小さな声で、サクリに伝える。理解したように、こくりと頷いた。


「何故、サクリの肩を持つんだ? 得になることなど、一つもないだろう」

「心の動きに、理屈なんて必要ない。手伝いたいと思ったから、そう動いただけだ」

「自らの主の、不利になってもか?」

「フィアならわかってくれるさ。……なあ」


 いつの間にかフィアが主になっているが、間違ってはいない。今は雇い主だからな。


 ぼくの行動に困惑と緊張がピークになったフィアに、強い視線で無理やり頷かせる。


「難しい話じゃないだろう。言うことを聞けば、大切な仲間は生き延びるんだ。断れば、今ここで死ぬ」

「……」


 悔しそうに歯を食いしばるフェリエに、どこまでも要求を突きつける。


 さっきから、よくわからない感情論を語ってやってるんだ。お前の心には響くだろう?


「仲間が裏切り者になるか、死んでしまうか。フェリエはどっちがお望みだ?」

「サクリは裏切ったりしない!」

「可能性はあるさ。フィアのほうが、優秀だと判断すればな」


 純粋なサクリが、別の人間に心酔する可能性はある。フィア如きでは無理だと思うが。


 さあ、計算してくれ。感情的にも、理性的にも一人分の戦力が減るのは痛いだろう?


 代価、あるいは担保が欲しいはずだ。


 サクリの願いが叶い、自分も保証を得る。出来る事なら、より大きなメリットが欲しいだろう。


「……交換条件だ」

「なに?」


 それでいい。悪くない流れだ。


「サクリの気持ちは尊重したいが、僕はフィアを信用していない。その命を保証するために、その男を借り受けたい!」


 ぼくを指さしながら、その身柄を要求する。


「なっ!?」

「誓って、危害などは加えない。不自由をさせないと、約束しよう。だからサクリが返ってくるまで、ボクに身柄を預けてほしいんだ」


 よし、それでいい。


「あり得ませんわ!」

「駄目であります!」

「……止めた方がいいですよ」


 フルーツには後で話があるが、みんなが激高しているこのタイミングで。


 ぼくは、動揺したふりをして剣先を緩めた。


「ファング!」


 その瞬間を狙われて、ぼくの身体は強い力で引っ張られる。


 気付いた時には、フェリエに取り押さえられていた。


「誓いは守る。……サクリ、本当にいいんだな?」

「はい、ありがとうございます!」


 なんて甘い対応だ、実力の差が分からないのか。


 奴らがその気になったら、一瞬で取り返されるぞ。仕方がない、名演を披露するか。


「ぐっ、なんて力だ。振りほどけないぞ! ……みんな、ぼくのことは気にしなくてもいい。このままフェリエについて行くとするよ!」


 必死の言葉で、みんなを説得する。この身を犠牲にしてでも、争いをさせない強い言葉。


 だが……。


「……」


 奴らは白い眼で、ぼくを見ている。なんて冷たい眼だ。ぼくの辛さがわからないのか?


「一応、返してもらいますわ」

「はい、大切な仲間ですので」

「……お兄ちゃん、それでいいのですか?」


 もうこいつらはいい。フェリエよ、急げ。まだラスボスが残っている。


「僕らは行かせてもらう。くれぐれもサクリを丁重に扱ってくれ」


 ファングが光を放つと、ぼくを連れて逃亡する。途中でトワと目を合わせたが、笑いながら手を振っていた。


 よし、これで自由だ。

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