理想と現実
「勝手に話を進めないで欲しいであります。自分はまだ、諦めるつもりはないであります!」
その言葉は精一杯の意地なのか、それとも本当にやる気が出たのか。
本心はわからないが、一歩踏み込んだことに間違いはないだろう。
「やめときな、アンタには無理さね」
コーラスの気持ちは変わらないらしい、フィアには向いていないと。
「お婆様の話では、戦っている時に命の心配をする余裕はないと」
「その通りさ」
「でもそれは、弱いから余裕がないのでありますよ。本当に強い魔法剣士なら、勝負には勝って自分の命だって守れるでありますから」
まあ、な。というかそれが当たり前だ。命を懸けるのは、いつだって弱者であり強者ではない。
始めにぼくが語った言葉は、なんでフィアたちが負けたのかという理屈。弱い奴が生き残ることを考えていたから負けたと、簡単に言えばそんな内容だった。
強い奴には関係のない話だ。
「自分に言わせれば、狂うのは弱者の証拠。強者こそ、理性を保っていると思うでありますよ」
それはオーガのことなのか、それとも大統領のことなのか。
本当に強い奴は、狂いながらも理性的。ぼくも同じ意見だ、それが真理だと思う。
「自分はそれを目指すであります。たとえお婆様とは別の道だとしても、もっと素晴らしい大統領に成れると思うでありますよ!」
その通りで、間違いはない。
問題があるとすれば、今のフィアでは絶対に不可能だと言うことだけだ。ぼくに言わせれば、フィアには才能がない。全てにおいて、行動が遅いからだ。
今の反論だって、あまりにも遅かった。諦めろと言われた時点で、怒鳴り散らすぐらいでないと。
いつだって感情の強さと実力は、比例するのだから。だが……。
「今なら間に合うんだよ、引き返すことも出来る。……それに、今度は自分で選んだことになる。アタシのせいには出来ないよ?」
「望むところでありますよ、そもそも自分で選んでいたであります。誰に何を言われていても、その全ては自分の意志であります!」
その通りだと思う。フィアは自分の意志で歩いていた。ただ単純に、意志が弱く実力が足りないだけで。
酷い潔癖症でありながらも、戦いを選んでいる。そこに楽しさや充実感も抱いているだろう。
それでも現れた壁の大きさに、心が折れかけただけに過ぎないのだ。
「だってさ。コーラスとは違う道かもしれないけど、頑張るって」
全てを捨てて戦いに狂うのではなく、理性的に全てを守りたいのだと。
わかっているのだろうか? それは学院長よりも強くないとできない、理想と呼ぶにも生ぬるい幻想だと。
今のフィアでは完全に狂って、命を捨て去っても、一対一で全力のオーガには勝てないだろう。
その程度の魔法剣士が、国を襲う脅威に勝てるわけもない。大統領として国民を守るためには、どれだけの強さが必要だろうか。
「なら頑張りな。アタシより優秀な大統領に成るんだよ」
「はい、わかったであります!」
「潔癖症も治すんだよ」
「……そ、それは難しいでありますよ」
叱咤激励と、心からの忠告。ああ、いい話に聞こえる。
でもぼくに言わせれば、フィアが永遠に大統領になれないという宣告に聞こえてしまった。
フィアが大統領に相応しい実力になるまでに、どれだけの年月がかかるのか。
上手く功績を積めたとして、大統領として国を守れるのか。前途多難にも程がある、この国が亡びるのは時間の問題かもしれないな。
★
病室に長くとどまるのは、退屈すぎる。ぼくは解放されている屋上に訪れて、大の字になって横になった。
今日は天気がいい、全てを忘れて眠るのもいいだろう。
「大変だねえ、むげん」
聞きなれない声が響く、そろそろ現れるころだと思っていた。
「元気が出たのか?」
「少し前にね、ずっと見てたよ」
ぼくの隣に誰かが座る、薄眼で見てみると白衣の女性だった。
「今度は看護師か。自由なことだ」
「そんなことないよ。この子は深度が低すぎてね、お喋りするのがやっとだよ」
その言葉は正しいのだろう、声に元気がないようだ。
「どう思った?」
「くだらない理想論だね。嫌いじゃないけど、身の程を知ったほうがいいと思うよ」
辛らつな言葉だが、全くの同意見だ。
「別にいいんじゃない? あたしとむげんには関係ないからね。いくつか国が滅びたって、生きていけないわけじゃないよ」
「やっぱり、この国は亡びるかな?」
「そうだね、国は滅びると思う。でも人が滅びるわけじゃないし、不幸なことにはならないね」
確かにな、人同士の戦争じゃないんだ。他の国の強い奴が、助けてくれるだろう。
その代わり力を無くしていって、他国に全てを奪われるだけだ。
「それは違うよ。今の大統領たちが淘汰されるだけさ。この国にも、隠れた実力者はたくさんいるからね、その人たちが台頭してくるんだよ」
「へえ」
「人はしぶとく、また強い。本当に危機になれば、本当に強い人たちが現れる。その人たちが新しく国を引っ張っていくだけだよ。時代が変わるってことだね」
こいつが言うと、説得力が違う。
そんな状況は、呆れるほどに見てきたんだろうな。ぼくは忘れてしまったが、そんなものを見せられた気がする。
「それで、これからは近くにいるのか? セカイ」
「もちろんだよ、あたしはいつだってむげんの近くにいるんだからね!」
そんな言葉を、見たことのない看護師の顔で、ぼくに伝えてくれた。
一期一会が信条でよかった。普通なら混乱しそうな状況でも、何も気にせずにいられるから。
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