勧誘

 


「さっさと行くぞ。楽しみにしているんだ」


 目覚めたフィアに声をかけ、手を引っ張ると。それを強く振り払われた。


「何を言っているんですの? 話が見えませんわ」


 そう言えば、まだ何も話していなかったことを思い出す。


 色々とあったから、事情を全て話し終えた気分だった。


 ぼくは改めるように、姿勢を正す。


「これからダンジョンに遊びに行くんだ。お前も来てくれ」


「はあ?」


 分かりやすく説明したつもりだが、呆れたような声を出されてしまった。


「ダンジョンに遊びに行く? どれだけ緊張感のない言葉ですの。それに、何故ワタクシまで」


「危険なところなんだろう。戦力は多いほうがいいさ」


「理解していて、遊びだと。『潔癖の守護神』がいるのに、ワタクシなど必要ありませんわよ」


 つぼみはフィアを見て、そんな言葉を呟いた。


 ルシルは知らなかったのに、フィアを知っているのか……。


 思ったより世間知らずではないのか、それとも魔法使いに詳しくないのか。


「安心を覚える基準は、人それぞれだろう? ぼくはフィアだけだと、心から安心できない」


 面白いあだ名を持っているようだが、戦うところを見たこともないしな。


「それはつまり、ワタクシが傍にいれば、安心できると?」


「その通りだ」


 なにしろ、人数が足りないからな。


 フルーツとフィアだけでは、まだまだ戦力が心もとない。


「それなら、仕方ありませんわね。それほどにワタクシが必要だと言うのなら、兄上のために一肌脱いで差し上げましょう!」


 うん? なんだか、少しだけ話がズレている気がする。


 別につぼみという個人が必要なわけではなく、頭数が欲しいだけなのだが。


 まあ、いいか。


「初めてダンジョンに入るからな。鉄砲玉が欲しかったんだ」


「鉄砲玉、ですの?」


「そうだ。一番先頭に立って、危険や罠がないか調べる。あれば身をもって対処するんだ」


「それは捨て駒ではありませんの!」


 その通りだ。だから失っても惜しくない人材が欲しかった。


「そんなのはお断りですわ。ワタクシをなんだと思っていますの!」


 だから、鉄砲玉だと言ってるだろうが。


 そっぽを向きながら、いかにも不機嫌だと、全身で主張しているつぼみ。


 そんなものを考慮する気はないのだが。


「おい、負け犬が逆らっちゃだめだろう」


「負け犬とは、何の話ですの?」


 こいつ、気絶した時に都合よく忘れたのか。嘘ではないようで、きょとんとした顔をしている。


 そうはいかない、しっかりと思い出させてやるぞ。


「地獄めぐりを、もう一度味わいたいか?」


 ぼくの一言で全てを鮮明に思い出したようだ、顔が恐怖で引きつり、全身が小刻みに震えている。


「もう一度言うが、一緒に来てくれ」


 最後通告のように、もう一度頼んでみる。これで駄目だったら、強制連行することに決めた。


 自分の意志が良かったが、無理やりでも適当にダンジョンに放り込めば、少しは役に立つだろう。


「先生は不器用なのでありますか?」


 つぼみを追い込んでいると、フィアが口を挟んできた。


「本当のことを、言わなければよかったであります。もしくは、その口の上手さで丸め込むことも容易いはず。何故、正直に捨て駒になれと?」


 捨て駒ではなく、鉄砲玉だと言ったのだが。


「役立たずは必要ないだろう? つぼみが役に立つと思うから、連れて行くんだ」


 騙して連れて行き、寸前で本当の話をする。


 つぼみを連れて行くだけなら、それが一番だが、ダンジョンでどれだけ役に立つのだろうか。


 準備をさせて、心構えをさせることで、最高のパフォーマンスが発揮できるのだ。


「つぼみが必要なんじゃないんだ。役に立つ奴が、必要なんだよ」


 その言葉が全てだ。


「なんですの、それ。ワタクシが必要ではない、駒が必要ですって?」


 恐怖とは違う震えを、つぼみは抑え込んでいる。


 怒鳴るのを我慢しているのかもしれない。


「そうだよ。だってぼくは、つぼみのいいところなんて見てない。弱いところか、情けないところだけだ」


 そんな奴に期待なんて出来ない。でも、アメリカ校に知り合いは少ない。


「あったまきましたわ! そこまでワタクシを見下しているとは。いいでしょう、兄上の役に立って、その言葉を撤回させて見せますわよ!」


 ついに怒り出したつぼみだが、ぼくではなく自分自身に怒っているらしい。


 プライドの高い奴だ、扱いやすくて助かるな。


「その時は、兄上を地獄に叩き落としてあげますわ! ワタクシと同じ苦しみを味わいなさい」


 地獄めぐりは楽しそうなので、ぼくへの罰にはならないと思うが……。


 まあ、それでいいか。


「いいよ、約束だ。つぼみが凄い奴だったら、ぼくは喜んで地獄に落ちるよ」


「約束ですからね、早く行きますわよ!」


 やる気を出したつぼみは、身支度を整えるらしい。


 ぼくたちは、グラウンドで合流することを決めると、部屋の外に追い出されたのだった。


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