ルールを破り、連行される
そのまま街に遊びに行きたかったのだが、冷たい眼をしているルシルに止められた。
無視してもいいが、力づくで止められそうなので三十分だけ時間を潰す。
「おっ」
そのうちに、また地面に波紋が生まれ。地面の海からつぼみが飛び出してきた。
気絶しているようだが、受け止めたフルーツが頬を叩くと、意識を取り戻す。
「……ここは、ヒッ!」
つぼみは周囲を見渡し、ぼくを見つけると叫び声を上げる。
「も、もう嫌ですわ! 許してくださいませ!」
フルーツを突き飛ばし、泣き言を言いながら、つぼみはどこかに走り去ってしまった。
「うーん、なかなかに刺激が強かったようだな」
「完全にトラウマになってますね、心が折れたんじゃないですか?」
おそらくその言葉は正しいだろう。あれだけプライドの高い妹が、泣き叫んで逃げていくんだから。
「まあ、人生経験だよ」
「……ムゲンくんがいいのなら、文句はありませんが。それよりも……」
ルシルが何かを言いかけた時、ぼくたちはいきなり周囲を囲まれていた。
さっきまで誰もいなかったのに、本当に突然だ。
ぼくとフルーツを背後に庇いながら、誰よりも先にルシルが尋ねる。
「なんですか、貴方たちは!」
そいつらは軍人に見えた。
わかりやすい軍帽に制服。体格が良くて、統一されような剣と銃を腰に差していた。
代表するように、一人の軍人が歩み出る。
「学院で許可もなく決闘をするのは、違反行為であります!」
至極真っ当な言葉だ。もしかしてだが、悪いのはぼくたちの方か?
「……決闘に許可がいるんですか?」
「もちろんであります。生徒や教師の怪我、学院の設備への被害。他にも予期せぬアクシデントは山のようにあるのです。事前に報告義務があるのは、当然でありますよ」
その通りだ、何も間違ってはいない。
そしてルシルやつぼみは、学院に許可など取ってはいなかったのだろう。
「わ、私はこの学院の教師なのですが……」
「なおのことであります。学院への報告と、教師の立ち合い。どちらも欠かすことが許されない、大切な行為であります!」
「うっ」
「いつまでもイギリス校のルールで行動されては、困るのであります。アメリカ校にはアメリカ校のルールがあるのですから」
一縷の隙間もない説明。ルシルに勝ち目はなかった。
「その辺りも含めて、あなた方には事情を聴くであります。指導室に連行するので、抵抗は無用で願います」
とても教師とは思えないルシルの姿。笑っていたいところだが、あなた方とか言わなかったか?
「待て、ぼくも連行されるのか?」
「もちろんであります。三人とも、連行するのであります」
「監督責任はルシルにあるはずだ、事情を知らなかったぼくは例外だろう?」
「例外は、ないのであります!」
ここまで言われては、仕方がないか。まったく、今日はついていない。
つまらない戦いに巻き込まれ、今からも時間を奪われる。
時間を無駄にすることを嘆きながら、ぼくたちは大人しく連行されるのであった。
★
「あれ、もう三時間も経っている」
連行の途中で、ぼくたちは一人ずつに分けられた。
用意された指導室に入ると誰もいなくて、退屈を持て余したぼくは眠っていたのだ。
だが、目が覚めても状況は変わっていないらしいな。
「暇だ……」
ここは普通に、学校の指導室と言う感じだ。パイプ椅子には馴染みがないが、座り心地は悪くない。
狭くて居心地がよくないが、眠るには丁度良かった。
それでも、飽きてきた。フルーツの魔道具は返したが、エキトの魔道具は残っている。
適当に暴れて逃げたいところだが、一歩間違えれば学院を崩壊させてしまうのが困りものだ。
「失礼するであります」
真剣に悩んでいると、さっきの軍人が現れた。
ぼくの対面に座ると思いきや、部屋の隅で立ち尽くしている。
無言で何もしないので、まだ誰かが来るのだと思う。
退屈なので軍人を観察していると、何かを思いだしそうになる。
「……うん?」
どこかで見たことがあるような。
百八十の長身で短髪、きりっとした顔をしている。姿勢は奇麗で、常に直立している。
こんな人間には見覚えがない。でも、少し違う人間には心当たりがあるような。
髪型か、服装か、身長か。どれかが変われば、見たことのある人間になる気がする。
「なんでありますか」
ぼくがじろじろと観察していると、不快気な顔になってきた。その言葉にも険がある気がする。
「なんだじゃない、説明はないのか? 説教するなら早くしてほしいんだけど」
指導室に入ってきて、何も説明せずに突っ立っている。
頭と察しが悪い人間だったら、怒り出しても責められないだろう。
「もう少し、待つであります」
「どのぐらい?」
「もう少しであります」
話にならないな。
「待つと、なにがある?」
「担当者が、現れるであります」
ぼくに因縁をつけにくる人間が、やってくると言うことか。
待ちたい気持ちが、なくなってしまった。
仕方がない。不愉快な顔をされながら、軍人を観察して暇をつぶすことにしよう。
そのうち、何かを思いだせるかもしれないから。
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