根源的な恐怖

 


 今日からエキトが住む、街はずれの一軒家に集まってみる。ここを店に改造するようだ。


 この場所がイギリスの店のように、周囲を誰も近づかない僻地になると思うと感慨深い。


 中に入ると、適当に置かれていた椅子に座る。ようやく、話を聞く準備が出来た。


「アメリカに商売を広げる気なんだ」


 世界規模の商いをしたいとか、もっと販路を広げたいとか。小難しいことを長々と説明しているので、その全てを聞き流す。


 イギリスの店は社長に任せたことと、しばらくはアメリカにいることだけを記憶した。


「正直、助かる。初日から面倒に巻き込まれてな、役に立つ道具をタダでくれ」


 素直な言葉を伝えると、エキトの顔は驚愕に染まる。


「驚いたな、無限が素直に助けを求めるなんて。いったい、何があったんだよ?」


「あの男の、後始末だ」


 少し違うが、そんなものだろう。


 ぼくはさっきまでの騒乱を、エキトに適当に説明してみる。


「小耳に挟んだことぐらいはあるが、剣閃の騎士か。厄介なのに目を付けられたね」


「もう慣れた。それに、今までよりは楽だと思う」


 少なくても、攻撃を避けることは難しくない。


 理不尽に魔法を撃たれるよりも、大剣の一撃の方が楽に対処できるからだ。


「ぼく一人になっても、逃げきれる可能性があると思う」


 今までは、それすらも許されなかったからな。


 少しだけ、楽なのは間違いない。


「わかった、色々と準備しておくよ。……それよりも、その子は?」


 エキトは退屈そうに目をつぶっていた、セカイに目を向ける。


 ずっと聞きたかったのだろう、その瞳には好奇心が宿っている。


「その辺にいた、通行人だよ。たぶん、今日だけの出会いだから気にしなくてもいい」


 どうやって説明するべきか、よくわからない。


 セカイのことを細かく教える気はないが、体の持ち主のことも全く知らないからな。


「そうか、詳しくは聞かないけど。これからよろしくね」


 エキトが微笑みを浮かべ、セカイに握手を求める。


 眼を開けたセカイが、興味深そうな目を向けると、エキトの手を握ろうとして。


 突然エキトが、勢いよく手を引き戻した。


「……?」


 セカイが不思議そうな顔をしているのも、無理はない。あまりにも無礼な態度だからだ。


 だが、エキトを責めることも難しい。


 その姿を見ればよくわかる、変化は劇的だからだ。


 顔色が真っ青で、全身が震えている。吹き出す汗は恐ろしく、瞳は揺れて焦点も定まっていない。


「落ち着け」


 小さく、エキトに声をかける。


 その声は、もちろんセカイにも聞こえている。


 ぼくは席を立つと、エキトを出来るだけセカイから遠ざけてやる。


 エキトは、その落ち着かない心を深呼吸で無理やり押さえつけ、ぼくを強い視線で見つめる。


「無限、この子はなんだ?」


 端的な言葉、抑えきれないのは好奇心ではなく、圧倒的な恐怖だ。


「聞くな。それが答えだ」


 それ以上は、語れない。


 説明を一つ間違えれば、その時点でエキトがセカイの敵になるだろう。


 それは、誰にとってもよくないことだ。


「……そうか」


「これに、触れようとするな。交わすのは言葉だけにしておけ、それなら大丈夫だから」


「わかった」


 恐怖を隠せないエキトに、ぼくは深入りしない。


 でも、ぼく以外の人間は、ここまでセカイに恐怖を覚えるのか……。


 ルシルやフルーツにも伝えておくかな。


「あはっ」


 色々と考えていると、突然セカイが笑った。


 どうやら機嫌は悪くないようだ。あそこまで怯えられたら、嫌な気分にもなると思ったのに。


「恥じることはないよ。あたしに怯えるのは、優秀な証拠だからね」


「優秀?」


 エキトの代わりに質問をする。まだ、セカイと対等に会話するのは無理だろうから。


「そう。普通の細胞たちなら、あたしに恐怖することも出来ない。本能的に近づけないか、生命を削られすぎて消えていくだけだから」


 能力の低い人間なら、端末のセカイに接するだけで、何かが削られていくのか。


 でも本能で自分を守れるところが、生命のいいところだと思う。


「喜ぶといいよ。キミほどの細胞なら、直ぐに慣れるさ。握手ぐらいなら、許してあげるよ」


 不敵な顔で、エキトを威嚇するセカイ。


 ……はあ。このままだと、あまりよくないか。


 決断したぼくは、直ぐに行動を起こした。


「いったああああ! なにするの、むげん!?」


 いつかのように、拳骨を落とす。


 涙目で蹲るセカイは、少しだけエキトの警戒心を緩ませた。


「ぼくとエキトは、少しだけ縁があるんだ。これからも、付き合いは続くだろう。なら、お前に怯えてもらっては困る」


 これから何度も顔を会わせるのに、苦手意識を持たれたら大変だ。


 エキトは有力なんだ。いつかセカイを、押し付けることが出来る人間だと思うから。


「……凄いな、相変わらず無限は凄い」


 そのままぼくに文句をぶつけるセカイを見て、エキトが称賛の言葉を吐いた。


「その子、それだけ凄い子に、普通に接することが出来るなんて。怖くないのかな?」


「別に、これはただの子供だよ」


 そう、その通りだ。セカイはただの子供なんだ。怯えたり、怖がったりするものじゃない。


 そんなことをしていると、今度こそ世界が滅びるだろうよ。特別扱いなんてしないで、腹が立ったら殴ればいい。


 普通に接していれば、普通になっていく。


 ……セカイは、変わることが出来るんだから。


「もう、本当にもう。むげんは……」


 永遠に続きそうな文句が、突然途切れる。


 電池が切れたように、突然セカイが倒れてしまった。


「おい、どうした!?」


 慌てるようなエキトの声、しっかりと心配しているようだ。


「とりあえず、どこかに寝かせるか」


 ぼくはいつもと変わらない声で、提案してみる。


 やれやれ、今日は寮に戻れないな。

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