そしてクーデターのはじまり

 


『平和と戦争は同じ価値を持っている』


 はてさて、この戯言はどこで聞いた言葉だろうか。


 聞いた当時も間違っていると思っていただろうし、もちろん今でも間違っていると思う。


 その必要性や、当たり前の日常になってしまえば同じようなものだと言う意味を含んだ言葉だとは思うが……。


 それが同じ価値だと言うのなら、ほとんどの人間は平和を選ぶだろう?


 だったら、その時点で同じ価値でも何でもない。


 僕はそう思った。


 でもそれは、みんながみんなそう思う当たり前の理屈での話で……。


 実際に平和から戦争にぐるりと変わってみると、ああやっぱり。


 ぼくにとっては、確かに同じ価値だったと。


 どちらを選んでも変わらないものだったと。平和を選ばなくてもいいものだったと。


 戯言を口にした人物に心からの賛辞を送りたくなったのだ。



 ★



 王者に逃亡は許されない。


 そんなバカなことを言いたいのだろうが、ぼくはシホたちから普通に授業に出て日常を過ごせと言われた。


 こんな時ぐらい大手を振って、ルシルの家で寝ていたいのに何が起きるかわからないから学院に通えと。


「ふざけんな、そんなのはそっちの都合だろう!」


「……へえ、それなら面白いものを見逃してもこのわたしに文句を言うなよ」


 ぼくの強い抗議は、ほんの一瞬で論破された。


 冗談ではない。一時の快楽を逃して、一時の愉悦を手に入れても意味がない。


 ぼくは今日もくだらない授業を受けながら、堂々と主席くんとお喋りをしていた。


「だから何度も言っているだろうが、至高の炎に焼き尽くせないものなどない!」


「炎は炎だろう?いつかは燃やすものがなくなるだろう?」


「舐めるな。たとえこの世界から酸素が消え失せても、世界と言うものが存在する限り全てを燃やしてみせるわ!


 ぼくらは今、授業中でありながらとってもくだらない論争に興じている。


 主席くんの得意な魔法は炎なので、その方向でおちょくっているのだ。


 この男は真面目だが、こういうふうにノリノリで話に付き合ってくれるので楽しい。


 ぼくらの席は最前列なので、ほんの数メートルの距離で教員がキレているがなにも気にしない。


 ……と、それはあまりにも唐突に訪れた。


『……世界は、水に染まる」


「「!!??」」


 そんな言葉が頭の中に響いたと思ったら、目の前が、いやクラスそのものが水につかった。


 あまりにも突然の変化、あまりにも急激な変化に声なき声が喉から搾り出る。


 ああ、海水ではないようだなとどうでもいいことが頭をよぎり……。


 会話の最中だったので、思い切り肺の中まで水が入る。


 いかん、これは本当に死ぬぞ。


 自分が死ぬ危険を理解できている時点で自分が冷静さを保っているのがよくわかるが、圧倒的に苦しく普通より遥かに強靭な体を持っているとは言え、数分は持たない。


 だからと言って水のない場所にまで逃げることなど到底不可能だ、ここはあくまでも教室の中で窓の外の景色が目に入るが少なくても視界に入る距離の全ては水の中に埋まっている。


 この水の効果範囲はこの校舎だけではないと言うことだ。


 だが、それでもここは魔法学院。


 ぼくにはよくわからない不思議な力を持つ奴らであふれている。


 少し離れた位置にいる見慣れない生徒の一人が、オレンジ色に光り出す。


 そして、その光がクラス中に爆発するように広がった。


 すると呼吸が楽になり、その上水の中なのに呼吸が出来た。


「わたしは水に関わる魔法が使えます。本来なら数時間の間、水中で呼吸ができる魔法なのですが、出来る限り効果範囲を広げたので十分程度しか持ちません!今の内に逃げましょう」


「助かったぞ、バジル・スクリース!」


 聞いたこともない名前だが、主席くんは流石に把握していたらしい。


 すかさず褒めて、なにやら魔法を使う気のようだ。


「残念だが逃げることは出来ない。十分程度ではこの水中でどこまで行けるかわからないし、敵の素性も目的もわからない以上逃亡中に殺される可能性は低くないだろう」


「じゃあどうする?敵が誰で、どこにいるかもわからないぞ?」


 そもそも、これが攻撃だと言う確証すらない。


 ぼくにはジャッジの奴らだとわかっているが、この危険すぎる学院では何らかの魔法に失敗したら愚か者が犯人だと言う可能性だってあるのだ。


「この場が水に染まる前に、不可思議な声が響いただろう?あれはおそらく、ジャッジだ」


「ジャッジ?」


 こいつ、なかなかやるな。


 どんな根拠があるのか知らないが、ノーヒントで正解に辿り着いたぞ。


「うるせえ、おれは逃げるぞ!」


「そうよ、あなたの話を聞いている暇なんてないわよ!」


 身の回りに起きた出来事があまりにも不条理だったせいか、クラスメイト共は我先にと逃げだす。


 他のクラスの様子を見に行くなんて発想もなく、教師たちに助けを求めると言う発想もないらしい。


 極めて人間らしく、利己的で結構な考え方だ。教師たちも助けに来てくれる気配がないし。


 どうやらルシルたちが来る気配もないし、クラスに残ったのはぼくと主席くん。


 後はギースとグリムでいつもの面子だけだった。


 フルーツ?さっきから気絶しているよ。


 どうやら、こいつは泳いだことがないらしい。


 というか、プールや海などで遊んだ経験もないのかもしれない。


 パニックになって、水を飲んで、ショック状態になって、気絶した。


 ……本当に、いらんぞコイツ。

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