ありもしない呪い
茫然とした顔を晒しているジュリは、何かに気づいたかのように突然動き出した。
「なにを、やっている?」
久しぶりに会ったのに、第一声がこれだ。
「見てわからないか?なにもしていない」
ぼんやりしているだけだ。
「……ならば何故ここにいる、お前には魔力なんてないだろう?」
この学院は、世界で一番有名な魔法学院だからな。
その疑問は真っ当だ。
「ああ、まあ微妙なとこだが確かにぼくに魔力なんてものはないな」
実際はどうだか未だによくわからないが。
「お前も神崎の家のことはよく知っているだろう、察してくれ」
これで十分通じるほどに、神崎は本家と分家で仲が悪い。
相互不干渉であっても、お互いに嫌悪感が残るほどに。
「生贄、か。だが、お前が簡単に従うわけがない。魔法のことは知っているようだが何故この学院に残っている?」
当時ジュリがまだ分家に住んでいたころ、ぼくは何一つ説明などされていなかった。
こいつから見たぼくは、今でも無知な赤子に等しいのだろう。
「気まぐれだよ、お前はぼくに何か深い理由でもあると思っているのか?」
いちいち、深く物事を考えて生きてはいない。
そんなふうに生きるのは疲れそうだ。
「その言葉を簡単には信じてやれないが、俺と偶然出会ったのは本当らしいな」
それなら、いい。
ジュリはそんなことを言った。
「その、あいつらは元気か?」
曖昧な言葉、ぼくは鈍いのでなんのことかよくわからない。
「誰のこと?」
「オレはおまえのそういうところが好きじゃない」
そんなことを言われても困る。
推察は出来るが、ぼくには確証を持てない。
何故なら、ぼくがジュリと同じ立場なら決して振り返ることはないだろうから。
「弟と、妹だ」
推察は当たる、まあ自分に身に置き換えるとという誰にでもできる当たり前のことをしなければ、ぼくにだって簡単に分かる相手だった。
「元気にこの学院で暮らしているよ、ああそれは知っているのか?」
「知っているさ、進めたのはオレだからな」
こんな物騒な場所を進めるとは、相変わらず脳の出来を疑う。
だが、侮ることなかれ。
こいつは神崎の分家の歴史に名を残すほどの天才だ。
こいつのことを本当の意味で理解できる人間は、この世でたった一人しか知らない。
それはもちろんぼくではないのだ。
「さぞやオレのことを恨んでいるだろう、次に会う時が楽しみだ」
なにやら恨まれている心当たりがあるようだが、残念なことにあの二人からジュリの話題を振られた記憶はほとんどない。
それこそ最初の一度きりだけだ。
「お前の寝言は楽しいから構わないんだけど、そっちは何しにここに来たんだ?」
大して興味はないが、姿をくらましていた人間がこんなところに何の用があるかは重要なことかもしれない。
というより、せっかく出会った以上情報の一つでも奪っておかないと後で文句を言われそうだ。
こいつの動向を知ることに、何の価値もないと思うのだが。
「それはもちろん、お前の呪いを解くための手段を探している」
またそれか、ぼくは呪われてなどいないといつになったら理解するのだろう。
本当に小さいころから、ぼくは誰かと共感できなかった。
理解しあったり、歩み寄ったりは演技でしかなかった。
本当に小さい時から、物心ついた時にはそうであったぼくを見て小さいころのジュリはこう言ったらしい。
「こんなのは有り得ない、新しい弟は呪われている。このオレが必ず救わなければならないんだ!」
実際に何を見て、どう思ってそんな結論に至ったのかはわからない。
でもその日から天才は変人に生まれ変わり、どこかで誰かに迷惑をかける楽しい人生を送るようになったのだ。
「それで、何かわかったのか?」
この男を理解しようとは思わない。
もしそんなことが出来ても、つまらないし。
「なにも。だが徒労にはなれてるし、この図書館を調べ尽くす日は遠い。気長に探すさ、まあ一月後からだけどな」
本当に気長なことだ。
「この学院は外に開けていて、警備もない。俺のような闇に堕ちた魔法使いには楽園だよ」
警備がいないのは、ただの教師や生徒がとても強くて必要ないのと、学院そのものが危険過ぎて人が集まらないだけだと思うが。
「それよりもこの学院には嫌な空気が漂っている。まるでもうすぐ戦争が始まるような剣呑な気配だ」
鋭いことを。一応は教えておくか。
ぼくは最近の話を教えてみた。
「そうか。用がなければ参加したかったな、残念だがシホたちに楽しみを譲ろう」
この学院となんの関係もないやつが、まるで自分が主役だったような口振りだ。
「俺から見ると無限は弱い。逃げる気がないなら誰かに守ってもらえよ」
「気が向いたらな」
「弱いがシホでもいい。お前を守る意思だけなら誰にも負けないだろう」
「もう戻っていいか?」
そろそろコイツの相手にも飽きた。
「忘れるなよ、魔法の真髄は魔力にある。自在に扱えれば魔法がいらなくなるぐらいにな!お前もオレを見習って一流の魔法使いになるがいい!」
闇に堕ちた魔法使いは、偉そうなことを言いながら図書館の奥に進んでいく。
あいつの頭の中では、いつの間にかぼくが魔法使いの卵と言うことになり、弟子のように思っているのだろう。
これでも話が長く続いたほうだ。いつもならぼくかジュリが一方的に話を終わらせてしまう。
久々の再会に話が弾んだのだろう。
「結局なにもわからなかったな」
中身のない会話だったが、闇とやらに堕ちても楽しく暮らしているらしい。
元気ならそれでいい、出来ることならもう出会わないように。
呪われてなんかいないはずのぼくでは、あいつになにを言えばいいかも分からないのだから。
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