これで本当にマスターになってしまった

 


「さて、オマエの質問にはある程度答え終わったと思う」


 そうだな、まだ疑問はあるがキリには答えることが出来ないものか、聞いてしまったらつまらなくなるものだけだ。


 この辺りで会話を終わらせるのも、悪くないだろう。


「ああ、フルーツも復活したことだし、帰るとするよ」


「その前に、ワタシも言いたいことがある。フルーツのマスターの話だ」


 最後に捕まってしまったようだ、頑張って話を変えたい。


「今まではミルトがマスターだったが、これからは少年に我が子のマスターになってほしい」


「断る」


 ぼくは即答する、そんなのは嫌だ。


「何故?」


「その質問に答える前に、何故ぼくがその人形のマスターにならなければならない」


 迷惑この上ない話だし、そもそもお互いにメリットを感じない。


 ぼくは戦えないし、魔法が使えないのだ。色々と不便ばかりが目立つだろう。


「ふむ、ではそこから語ろうか」


 キリは一拍置くと、自らの考えを語りだした。


「オマエはホムンクルスというものを、どういうものだと理解している?」


 唐突な質問だった。ぼくが知っている限りだと……。


「お前みたいな錬金術師が作った人工人間」


「そうだな、他には?」


「他に? うーん、特には思いつかないな」


 別に詳しいわけでもないし、興味もない。


「ホムンクルスとはね、基本的には兵器なのだよ」


 キリは悲しそうにそう言った。


「使い捨ての魔法兵器、それが魔法使いの共通認識なのさ」


「ちょっと待ってください、それは違うでしょう?」


 思わずと言った風にルシルが口を挟んだ。


 横眼には、フルーツへの心配で溢れている。


「一昔前は学術的な価値として、現代では一個の命としても尊重されているはずですよ」


 人工生命にも人権問題があったのだろうか?


「相変わらず、オマエは現実を知らないな。我が子たちを除き、ホムンクルスはいつだって人間だなんて認められていないさ」


 たとえ創造主だとしても。


 キリの言葉は無情だった。


「だから、少年がいいんだ。確かに我が子に対して冷たく、関心すらもないようだが。それでも理不尽に虐げているわけでもないし、一つの命として扱ってくれている」


 フルーツが大きく頷いた。


「人間とも平等に扱ってくれて、兵器扱いをして危険にもさらさない。フルーツも懐いていて、ワタシにとって理想的なマスター候補だと言えよう」


「ええ、その通りです」


「待ってください! 私だってフルーツを兵器扱いなんてしてませんし、愛情を持って妹のように接していますよ」


 ルシルが二人に強烈な抗議をしている。確かに、そういう接し方をしていると思われるし。


「オマエは駄目だ。どれだけ奇麗事を言っても、本心ではフルーツを人間扱いしていない」


「そんなこと……」


「別にオマエに限った話でもない。死んでも生き返る生物を見て、命の価値を重く考えることが出来ないのは当たり前のことだ」


 思い当たることがあったのか、ルシルが顔を俯かせる。


「この少年は、この城でフルーツのことをどれだけ知っても表情一つ変えない。一切の関心がないのだろうさ。フルーツの創造主としては複雑だが、人間もホムンクルスも、いやこの世界の全てのものを平等に見ているのではないかな?」


 キリが探るように問いかけてくるが、それはどうだろう。


 別に深く考えたこともないし、ぼくは普通に生きているだけだ。


「ワタシはね、フルーツを兵器として扱わず、傍においてくれればそれでいい。フルーツはオマエの周りで自然と人間としての生き方を学ぶだろうさ」


 ぼくに期待することはなく、フルーツを傍においてくれればいい。


 だがそれでも……。


「断る、だったらルシルでいいだろう。兵器がどうだとか、家族がどうだとかはどうでもいい。生物ってものはその場の環境に合わせて生きるものだろう」


 戦場にいれば戦って生きるものだし、平和な場所にいれば穏やかに生きる。


 それは誰だってそうだ、生まれた環境と育つ環境に左右されるのが当たり前。


 ルシルがフルーツを兵器扱いするとしても、それは自然な流れなんだ。


 子供は育てる者によって、ある程度左右されてしまうのだから。


「とにかく、ぼくはお断りだ。他を当たってくれ」


 いつものことだが、ぼくは他の命を背負う気などない。


 一人が楽なんだ。


「どうしてもか?」


「どうしてもだ」


 命は、重いのだ。


 どんな命だって、重いのだ。


 無価値に消費するも、大事に保存するも構わないが、少なくてもぼくは背負いたくない。


「ならせめて、ミルトと二人でマスターになってくれないだろうか?」


「二人?」


「ああ、ホムンクルスはどうしてもマスターが必要だ。様々な雑事も、責任の話も全てミルトに任せて構わない。だからせめて、名目上だけでも正式な二人目のマスターになってくれないだろうか?」


 名前だけ、名前を貸すだけで他にはなにもない。


 ルシルにも特に文句はないようだ。


「何故?」


「親心、という奴だよ。オマエたちにはワタシの考えを伝えた。最悪の場合でもまた生き返らせてみせる。だから初めの目的は果たしたと言える」


 確かにな、ルシルがこれだけの話を聞いた以上、もう少しフルーツへの扱いを考えるだろう。


 フルーツが自爆した件にルシルは直接関係がないのかもしれないが、結局は危険な場所に行かせたせいで死んだことには変わりない。


 もう少し大事にしてやれば、身の危険も減るだろうさ。


「他にはなにもないんだな?」


「ああ、どんな制約も責任もない。ただ、フルーツの願いが一つ叶うだけだよ」


 まあ、それならいいか。別に何らかの契約違反があったとしても、ぼくは方針を変える気などない。


 なにがあっても、ぼくはフルーツの命を背負うことはないのだから。


「わかった」


 ぼくが軽く頷くと、フルーツがぼくの目の前で跪く。


「では、これからもよろしくお願いしますね。改めて誓います、マスターの身はこのフルーツがお守りしましょう」


 余計なお世話にも程があるが、喜びを隠せないフルーツに水を差す気もない。


 残念ながら、これでフルーツは正式にぼくのお人形さんになったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る