実力行使

 


 学院長との不思議で溢れる話し合いが終わると、ぼくはゆったりとルシルの家に向かって歩く。


「世界の滅びねえ」


 叶うなら見てみたいものだ。


 自分で世界を滅ぼすのではなく、世界に寿命が来てしまい、もう滅ぶしかなくなった瞬間をこの目で見たい。


 それはきっと、幻想的なものだろう。


 概念的にしか理解できていない世界の終わりなどと言うものを、実際に体感できるのだから。


「ムゲンくん!」


 そんな風に考え事をしていると、前方から誰かに声を掛けられる。


 それはよく見たらルシルだった。


 ハンドバックを持ち、外行き用の服を着ている。


「なんだよ、静かにしてくれ」


「何を言っているんですか、らしくもない。それよりも、行きますよ」


「行く?」


 行くってどこに? もう夕方なのに。


「明かりぐらいどうにでもなりますよ、どこに行くってもちろんフルーツを迎えに行くんですよ」


「あ?」


 ああ、ああそうか、何か忘れていると思ったらフルーツだったか。


 ぼくを手を叩きながら、ようやく人形のことを思い出す。


 そういえばいなかったな、いやあリフィールとスェルトのせいですっかり忘れていた。


 うん、あいつらが悪い。


「行くってどこに?」


「もちろん、あの子を作った者のところに。フルーツの魂は自動的に帰還しているはずですからね」


 それがどこかなんて知らないが、面倒なことだ。


「一人で行ってくれ」


「……は?」


「帰りたくなったら一人で帰ってくるだろう? 迎えに行く必要もないさ。別に用事もないし」


「何を言ってるんですか! あの子は家族ですよ、それにフルーツなら目覚めて直ぐに私たちの所に帰って来るはずです。それなのにまだ帰ってこないのだから何かがあったに違いありません!」


 まあ、そうかもな。あんなに四六時中べったりと鬱陶しかったのだから。


「別にいいだろう? 久々に帰ったんだから誰かと話が弾んでいるんだよ。それにあいつだってたまには一人で息抜きぐらいしたいだろう。放っておくがいいさ」


 というか、ぼくが一人になりたい。百歩譲って学院内でいいからぼくを一人暮らしさせてほしい。


 無理だろうなあ……。


 ぼくは嫌な視線でルシルを見る。


「な、なんですかその眼は? それより、あの子が心配じゃないですか。一緒に迎えに行きましょう?」


「断る、行きたいなら一人で行ってくれ。ぼくはゆっくりと待っているから」


 今からエキトの所に遊びにいって、その後に甘いものでも買っておこう。


 そうすれば、最低限のことをしたことになり、迎えに行かなくても、フルーツからの文句は少ないだろう。


 あいつは甘いものが好きだからな。ご機嫌をとれるであろう。


 ゴッ!


 と、ぼくの頭から鈍い音がした。そして、いつかのように意識が遠くなる。


 強制的に目が閉じる前に、ぼくの視界にはルシルと角が赤く染まったハンドバック。


 首根っこを掴まれて、どこかに連れ去られて行くときに、声を聞く。


「全くもう、この子は本当に。殴られてもわからないんですから」


 お前さ、もっと何かの魔法で安全に眠らせてくれればいいのに。カバンの角で殴ったら死ぬ可能性もあるだろう。


「かどは、はんそく、だ……」


 意識が本当に飛ぶ前に、ぼくはそんな言葉を残した。



 ★


 目が覚めると、ぼくはルシルと共にその体のみで空を飛んでいた。


 と言うより、飛んでいるルシルに首を掴まれ運ばれていると言うべきだろう。


「あ?」


「ああ、起きましたか? 早かったですね、あれからまだ一時間ほどですよ」


 あれから、というのはこいつにカバンの角で殴られてからと言う意味だろうか?


「手加減したとはいえ、半日ほどは寝ていると思ったんですけど。この学院に来てから丈夫になったのでは? 学院の濃い魔力に影響を受けたんですかねえ?」


 何を他人事のように言っているのだろうか、怒りの鉄拳を食らわせてやりたいが、今の状況では不可能だ。


「しかし、高い」


 まだ真っ暗と言うほどでもなく、ある程度周囲の様子が見えるがなにもない。


 下を見ても、なにもない。陸も海すらも見えないほどに。


「ここはどこだ?」


「熱圏ですね」


 それは確か、遥か上空だった気がする。


「高度四百キロ地点ぐらいです、大西洋の」


 ここまでくると、下にどこの国があるかなんてどうでもいいのだが。


「でも、こういう時には助かりますよね。本来なら私が国外に出るにはたくさんの許可が必要なんですが、こんな場所では制空権を主張されたとしても、無視できてしまいますから」


 それはそうだろう、まず行けない場所だし、バレたとしても誤魔化すのは簡単だ。


 そもそも、姿を隠す魔法ぐらいは使っているだろうし。


「それで、こんな場所に何をしに?」


「む、フルーツを迎えに行くと言ったでしょう? あの子の創造主は宇宙と地球の狭間にいるんです」


「それはまた」


 頭が悪いのだろうな。そんな場所はとても不便だろうに。


「さあ行きますよ、無限くん。もう少しで付きますから」


 そう言ってルシルはスピードを上げる。


 別に高いところに恐怖を感じないし、首も痛くはないのだが、それでも早く着いてほしいと思った。

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