未知の危険
話を戻すが、クーデターの本番はまだ半月は先らしい。
つまり、ぼくが遊び惚ける時間はいくらでもあるということだ。
あれから二日間、ぼくは楽しい日々を送っている。
「人間と比べれば、犬なんて忠誠心の欠片もないな」
「なんだと! ふざけるなよ、人間など主人にすら牙を向くろくでなしのあつまりだろうが!」
など。
「人間と比べれば、妖精なんて純粋さの欠片もない奴らだな」
「なんだと! ふざけるなよ、人間など腹黒く、心がねじ曲がった害悪の塊だろうが!」
などなど。
「人間と比べれば、リザードマンなんて体温調節も出来ない駄目な奴らだ」
「ふざけたことを言うな! 人間など、冬眠も出来ない不完全な生物だろうが!」
などなどなど。
ぼくが適当な言葉で人間は凄いと主張すると、むきになって反論してくるスェルトが楽しくて楽しくて。
どうせすぐに飽きるとわかっていながらも、ぼくはこの一瞬を楽しんでいた。
★
「ははははははっ! それは楽しそうだね」
なんてことを理事長に語っていると、大笑いされてしまった。
一応、なにがあるかわからないから話を通しておく。
という言い訳で、ぼくの楽しみを自慢していたのだ。
「いやしかし、君って本当にわたしの血を継いでないよね?」
「継いでない」
詳しいことは一切知らないが、その部分だけは全否定しておく。
それと同時に、本当にこの男との血のつながりがあると判明したら、全身を巡っている全ての血液を交換すると誓う。
「しかしその、スェルトくんだっけ? 面白い子だねえ」
理事長はいつまでも笑いながら、そんなことを口にした。
「しかし見る目があるね、無限くんの判断は正しい」
そう言って懐から、一枚の紙きれを取り出す。
その紙は、スェルトの調査書だと言う。
「そんな子は我が学院の生徒には存在しない。制服を着ていたようだけど、まあ冒険者か勝手に入ってきた外部の存在だろうね」
「そうなのか?」
冒険者になった魔法使いたちは、その依頼を世界中の魔法学院で受けるらしいと聞いたことはある。
「安心していいよ、わたしは寛容だからどこで手に入れた制服だったとしても、知らないふりをしてあげる。自らこの学院に通いたいと望むなら目こぼしをしてあげるよ」
つまり、何も問題はないといういうこと。
「いいのか、危険な奴だったらどうするんだ?」
「別に? スェルトが悪いことをして、学院の誰かが傷ついたとしてもそんなものは自己責任さ、ここはそういう場所だからね」
そういえばそうだった、この場所は世界で一番危険な学院だ。
なにせ、この男が学院長だ。
「勿論、反撃されたり、度が過ぎてわたしたちに始末されるのも自己責任だけどね」
学院長は冷たい笑顔を浮かべながら、そう答えた。
当然の話であり、こいつは誰の味方でもないらしい。
「だから無限くんも楽しめばいいよ。君のことはいざとなったらわたしが助けてあげるからね」
「必要ない」
助けてほしいなんて思っていない、手出しも口出しも望まない。
「まあ、それはそれとして少しだけ真面目な話をしよう」
「真面目な話?」
「君が遊びに行っている間、不思議な魔力のせいで一時の間行方の分からなかった時期があった」
気絶していた間の話だな。そういえば、詳しく聞いていなかったが、ぼくはなぜ、気絶していたのだろう。
何かに追われていて、攻撃でもされていたのだろうか。
「これでも私は、日ごろから無限くんのことをちゃんと見ているんだけどね。珍しくそんな余裕もないほどに忙しかったんだ。少し目を離している間に無限くんに危機が迫っていたことを察知したら、あの魔力のせいで状況がなにもわからなかったんだ」
「ずっと見てたのか?」
「気を悪くしないのでほしい、私だけではないし、無限くんの異常さはそれだけの必要があるものなんだよ」
おいおい、この男以外にも ぼくを監視している奴がいると言うことか?
まあいいけど、どうせ日頃からルシルに監視されているような生活だからな。
「その時、君になにがあったんだい?」
真剣な顔で学院長がぼくに尋ねる。
だが、それがどれだけ本気の言葉だとしても、知らないんだから仕方がない。
理由はわからないが、ぼくはまったく覚えていないのだ。
「そっか、残念だけど、仕方ない。いやむしろ、それでよかったんだろうね」
あの魔力はそれほどまでに異常だった。
ぼくが観測していたら、それだけで命が危うかったらしい。
「その魔力ってさ、結局のところどういう風におかしいものだったのかな?」
「それすらもわからない、確かに目の前にあるのに、その全てがわからないんだ」
その量も、質も、異常さも理解できないものであり……。
そして、近づくことや触れることも出来ない尊さを持っている。
理事長は神にすら実際に会ったことがあるらしいのだが、そいつらの魔力よりも余程恐ろしいものだったと。
一つだけ確信を持ったことがあったらしく、この傍若無人で魔法と危険に溢れたこの世界を怖いものなど一つもないと言う顔をして生きている男が……。
生まれて初めて、世界の滅びを予感したらしいのだ。
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