オモチャ
嫌なことをさっぱりと忘れて、あれから三日ほどが経った。
なにか大きなことを忘れている気もするが、別に困ってはいないので大したことではないと思う。
学院に帰ってきてから一度だけルシルと顔を会わせたが、すぐにどこかに行ってしまった。
その辺りに関係があることだと思うのだが、なんだったかなあ。
まあ、そんな細かいことはいいだろう。必要になれば否でも思い出すだろうから。
「そんなことよりもだ」
最近、ぼくは新しい楽しみを見つけた。
ある、一つの出会いがあったのだ。
戻ってきてから二日目のこと、ぼくは相変わらずルシルが姿を見せないのをいいことに、学院をサボってのんびりしていたのだ。
これは必要な骨休めなのだ、今まで頑張っていたのだから。
そんな風に適当な言い訳を考えながら、ぼくは学院内を散歩していた。
「危険だろうがなんだろうが、楽しいんだから仕方ないよね」
そんな誰かに理解されないであろうことを思っていると、一人の生徒とすれ違う。
「……お」
端的に言って、そいつは面白そうだった。
学院の制服を着ていて、年頃はぼくよりも少し上。
鋭い視線を持つ男子生徒だった。
全身から、自分は不機嫌ですと主張し、時々すれ違う生徒たちを憎悪の目線で見ている。
「いいね」
何をどう思っているのか、詳しいことはわからない。
でも、これだけ強い感情を持っている奴は、それだけで面白いと経験から知っていた。
話しかけてみようと考えていると、頭の上に、小さな何かが降りてきた。
「むげん、あそぼ、あそぼ」
時々見かける、妖精たちだったようだ。
こいつらは時々、ぼくにかまってもらいに遊びに来る。
たまにはぼくの散歩の供にすることもあった。
それでも今日は忙しいと追い払おうとしていると、不機嫌な生徒がこちらを見ている。
「……信じられん、人間如きが妖精に懐かれているだと!」
そいつは何かを呟くと、つかつかと急ぎ足でぼくのもとにやってきた。
「おい貴様、妖精としてのプライドはないのか! 何故、たかが人間におもねいているのだ!」
なんか、理不尽な言いがかりをつけてきた。
「むげん、すき?」
「ふざけるな! 下等な人間に……」
不機嫌な生徒は近くでぼくを見ると、その勢いのある言葉の流れを止めた。
「なんだ貴様は、……本当に人間か?」
相変わらずのセリフを言われる、どこをどうみたらぼくが人間以外の何かに見えると言うのか。
いい加減、同じことを言う奴をしばいていくほうがいいのかもしれない。
「ああ? 人間に決まっているだろう、それに妖精に好かれる人間ってのは古今東西、存在するって聞いたぞ?」
「チッ、そうだったな、知能の低い妖精では人間の本質は見抜けぬか」
随分と人間を見下した発言をする、自分も人間だろうに。
「おいおい、随分なことを言うじゃないか」
「黙れ、人間などというものは醜悪なえ……。いや、なんでもない。忘れよ」
醜悪なえさ、と言いたかったのだろうか。
……ふむ、なるほど。こいつは人間じゃないんだな。
察するに、人間に化けた異種族と言ったあたりか。
そんな奴が人間に交じって学院に通っていると言うには、まあ不思議なことじゃなさそうだ。
ぼくは聞いたことがなかったが、あの学院長が人間以外は受け入れないなんて言いそうもない。
「はは、お前、面白いな」
「面白くなどない! いいか、我の言葉はすべて忘れよ、さもなくばその命はないと思え」
一方的なことを口にして、ぼくに背を向けてどこかに行こうとする。
だが、こんな面白……。こほん、危険そうな奴を野放しには出来ない。
からかって遊……。こほん、こんな時期だ、クーデターと関係があるのかもしれないから、見張っておく必要があるな。
さあ、どうやって興味を引こうかなあ。
「そうだ、お前たちに土産話をしてやろう。今回、色々な異種族たちと会ったんだけど、やっぱり人間に比べると知能が低くてね……」
「なんだと、ふざけたことを言うな! 人間如きに劣るような種族など存在するものか!」
ぼくが妖精たちに語りかけるふりをしていると、予想通りに不機嫌な生徒は話に割り込んでくる。
「あん? 話に混ぜてほしいのかな?」
「そんなわけがあるか! だが、貴様が人間に対して過大評価をしているのなら、その思い上がりを正す必要があると思っただけだ!」
つまり、話に混ぜてほしいんだな。
「いいだろう、たっぷりとお前に人間の素晴らしさを語ってやろう!」
別に人間が素晴らしいなどと思ったことはないのだが、この話題ならこの玩具は上手く動いてくれそうだ。
名目上は危険な存在の監視と言うことで、遊び倒すことにしよう。
いつもなら文句を言ってくる奴がいるような気がしたが、勘違いと言うことにしておこう。
「その前に、お前の名前は?」
「我の名は、偉大なるスェルトだ! その頭脳に刻み込んでいくがよいわ!」
自信満々なスェルトを見て思う。
これで、しばらくは退屈しないな。
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