狼も同じことを……
チンピラ人形と会話しながら歩いていると、またも二匹の狼に遭遇する。
「では、もう一度行ってきますね」
さっきの失敗にも全くこたえず、フルーツが接触しようとするのでぼくはそれを止めた。
「懲りろ、一度失敗した奴にはもうチャンスなんてない」
「ではどうするんですか?」
「今度はぼくが行く」
当たり前だろうに。
「それは危険です! 護衛として容認できません」
「敗北者の意見なんて聞く価値はない。ぼくも失敗してしまったらもう一回チャレンジするといい」
多少の情報を手に入れているとはいっても、争いになったら何の意味もない。
その時点で、敵だと認定されて逃げかえる可能性は高かったはずだ。
まあ、ぼくらは二人とも運がいいほうなので必然と言えば必然だったが。
それでも不確定要素は、当てにしないほうがいい。
「危なくなったら、直ぐに呼んでくださいね!」
フルーツの声に、ぼくは尻尾を軽く振って応える。
人間にはなかった尻尾を動かすのは、楽しいかもしれない。
★
「よう」
狼に話しかけて、ぼくは自分の失敗に気づく。
こいつらは人間の言葉を使えるのだろうか、そして狼の言語を使わないのは不自然ではないだろうか。
とはいえ、狼の言葉なんて知らない。
「なんだお前、よそ者か?」
右目に引っかき傷がある方の狼が返事をしてくれる。
「ああ、最近来たんだ」
「そうか、珍しくもない話だ。おれたちは新しい仲間を歓迎する」
なかなかに話がわかるというか、温厚な狼で助かる。
天狼なんて名乗るだけのことはあるのかもしれない。
「おい、長に報告に行ってくれ。おれたちも後で行く」
片目の狼はもう一匹の狼に指示をすると、もう一度ぼくに話しかけてくる。
「ところで、何故お前は人の言葉を話すんだ? 狼の誇りを持っていないのか?」
さあ、何て答えるべきか。
「せっかく、人の言葉を話せるほどの知能を持ってこの世に生まれ落ちたんだ。使えるものは全て使って生きたほうが楽しいだろう?」
「確かにな。知能の低い狼などいくらでもいる中で、その考えは一つの救いにもなるだろう」
出来る事の価値、そして出来ないことの価値ははっきりしている。
前者の価値は優越感、後者の価値は劣等感と呼ぶものだが、自分たちにしか使えないものに意味を見出すほうが素晴らしいと言う意味だろう。
どんな生物も自分の持っていないものを羨むもので、それを何の価値もないと判断するのは持っていない者を傷つける行為になってしまうから。
「ついてこい、我らの長にあってもらう」
片目の狼は歩き出そうとするが、ぼくはそれを引き留める。
「その前に、もう一匹いるんだが呼んでいいか?」
「……成程、用心深い奴だ。かまわん、呼ぶといい」
ぼくがフルーツのいる背後を振り向くと、真っ黒な狼が近寄ってくる。
その表情は、狼でありながら感心と悔しさを窺えるものだった。
★
「ところでお前たちはどこから来た? この大陸は確かに広く、様々な種類の同胞がやってくるがお前のような存在は見たことがない」
思いっきり、ぼくの方を見て片目の狼はそう言った。
「こいつは見たことがあるのか?」
ぼくはフルーツのほうに、視線を向ける。
「黒狼族であろう、その割には雰囲気が穏やかだがな。お前のことも当初は白狼族だと思っていたが、明らかに異常な気配だ」
「異常って?」
どいつもこいつも、失礼なことばかり言うがどんな風に異常なのかが気になる。
「魔力が感じられないのも不自然だが、……なんだろう、わからない。それでもお前の全てが、おれの生の中で一度も感じたことがないほど、はっきりと違うと分かる」
相変わらずの抽象的な表現だ。
誰も彼も違うことがわかっても、どう違うかはわからないらしい。
「ぼくがどこから来たのか、どんな種族なのかは知らないんだ。生まれた時からずっと一人で、ずっと旅をしている」
これは、あんまり嘘じゃないのかもしれないな。
「ならばこの地が、お前に取っての安息の地になることを祈ろう。なに、お前のような生き方をしてきた同胞は決して少なくはない」
自分の種族がわからない奴は、流石に珍しいと思うが。
「それでも、共にある仲間がいるのは幸いだったな。それはお前の家族なのだろう?」
「もちろんです、フルーツはマスターの家族ですから」
嬉しそうに断言をするフルーツ。
ぼくは苦笑いをしながら、話を受け流し片目の狼に続いて歩く。
どいつもこいつも、同じような勘違いをする。
家族? そんなものはいない。
こいつはあくまでもルシルの持ち物だし、そうでなくてもぼくとの道はほんの一瞬しか交わることのない奴だ。
ルシルやフルーツがどう感じて、どう思っているのかは知らないがぼくには関係のない話。
一年も一緒にいることになれば、長いほうだろう。
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