第三話 プロローグ
いま、ぼくはどこにいる?
今日は朝からシホのところで読書タイム。
ばっちりと起きて、朝食を食べて意気揚々とシホの部屋に向かう。
フルーツがルシルに連れられてどこかに行ったのも好印象だ。
「今日はよろしく」
「ああ、ゆっくりとしていくといい」
不思議なことにシホもご機嫌で、温かい紅茶とクッキーを出してくれた。
午前中だけで何冊の本を読んだかわからないし、近くでゲームをしていたキイチのことも気にはならない。
平和な日だった、楽な日だった。
こんな、なにもない日常のことを、人は幸福と呼ぶのだろう。
「無限、キイチ、昼食にしよう」
さっきシホがキイチに買いに行かせたサンドイッチを三人でつまみ、紅茶を飲む。
「楽しいか、ムゲン?」
「ああ、こんなゆっくりした日は久しぶりだよ」
ルシルやフルーツがいると、騒がしくてたまらない。
それが嫌と言うわけでないが、メリハリは大事で。
戦争と平和は両方が欲しいのだ。
「それはよかった。お前のことは毎日心配しているよ」
その表情は、あまりにも優しさに満ちていて……。
なんとなくだが、端的に怖気が走った。
「姉ちゃん、おれは?」
「お前は危険に愛されているわけではないからな。無限が傍にいなければ平和な日常だろう」
「まあな」
失礼なことを言っている。ぼくのことをなんだと思っているのだろうか。
★
平和な会話は続く、と思われた。
「ところで無限、実はお前に頼みがあるのだが」
「断る。ぼくの平和を乱そうとするな」
シホはぼくの平和を喜んでいるのではなかったのか。
「そう言うな、楽しい時間を過ごせたんだろう?」
「馬鹿言うな、短すぎるにも程がある」
まだ半日程度だぞ、三日ぐらい平和だったら一時間の戦争を許容できる。
大体が、シホの頼み事とは長い期間がかかるものが多い。
何か月もかかることだって、珍しくはないのだから。
「やれやれ、そういうと思ったよ」
シホがため息をつきながら首を振る。
そして、それが合図と言うわけでもないのだろうが、ぼくの体の反応が鈍くなってくる。
具体的に言えば、急激な眠気が襲ってきた。
「なにを、入れた?」
「お前は本当に困ったやつだ。魔法使い用の睡眠薬、それも数適で眠ってしまうものが半分近く入っている紅茶を、何杯飲んでも効果がないのだから。それでもう朝から三杯目だぞ? やれやれ、水と味が変わらないもので助かった」
おのれ、やはりお前の優しさは嘘か。
どうりで朝からサービスがいいと思った。
さっきから口が上手く回らないので喋れない。ぼくは自らの虚ろな視線に意志を込める。
「まあ、そう不満そうな目をするな。お前の身を案じているのは嘘じゃない、願わくばお前にもこのわたしの身を案じてほしいだけなのさ」
どこまでも勝手なことを言うシホを睨みつける元気もなくなり、ぼくの意識は闇へと落ちて行った。
★
「目が覚めると、そこは何もない荒野でした……」
洒落にもならんぞ。
両手両足が縛られていないのは、まだ幸いだが……。
目が覚めて辺りを見渡すと、どう見ても屋外であり、精々が大岩ぐらいしか視界に存在しないような荒野だった。
「状況から考えると、明らかにシホのせいだな」
キイチが巻き込まれていないのが許せないが、どうやらシホはぼくに何かをさせたいらしい。
無視してルシルに家に戻りたいが、ここがどこかもわからない。少なくてもぼくが来たことがない場所だ。
『グルアアアア!』
その時、何かの化け物の叫び声のようなものがした。
どこから音がしたのか、周りを見渡すとどうやら遥か上空らしい。
二匹の翼を持ったトカゲが、ケンカをしているようだ。
『ギャアアアアア!』
どうやら勝敗はついたらしく、片方が血だらけになりながらどこかに飛び去って行き、片方は血だらけになりながら地面に降り立った。
まだぼくは見つかっていないようなので、存在に気付いてもらうべく近づいていく。
大して深く考えていない行動だが、まあこれだけの怪我を負っていれば、人間ごときと争う気などないだろう。
『何者だ!」
ほんの数歩近づいただけで、トカゲにぼくの存在が気づかれた。
近くで見ると、本物の恐竜並みの迫力を感じる。
いや、実際に会ったことはないがイメージ的に。
「うわあ、痛そうだなあ」
近づけば近づくほど、その傷の深さはよくわかる。
死んでしまうような傷ではなさそうだが、とにかく痛そうだ。
「トカゲくん、実はぼく、迷子なんだ。ここがどこだか教えてくれないか?」
『なんだ、この不遜な人間は! うん、お前は人間か? それにしては……」
「ぼくは人間だよ、少なくてもそう思っている。そんなことよりここはどこだ?」
どいつもこいつも、同じようなことを。
『……まあいい。人間なら食い殺してやったが、お前はなんなのかよくわからないからな。おそらくは我々と同じ側の存在だろう」
空飛ぶトカゲが、小さい声で何かを呟いている。
『ここがどこかは知らぬ、我は偉大なるものに追われてここまで来る羽目になったのだ』
「偉大なるもの?」
『今は去ったようだがな、お前も気をつけろ。あまりの狂乱により、我は同族と殺しあう羽目になってしまったほどだ』
どれだけ怖かったのか。
『我はもう行く、また偉大なるものに近づきたくはないのでな』
「乗せて行ってくれ」
『悪いが断る、我は急いでいるのだ。手がかりがないと言うのなら、お前の衣服に魔力を感じるぞ。何かがあるのだろう』
そういって、トカゲはどこかに飛び立った。
「意外と親切なトカゲだったな」
とりあえず、手がかりとはなんなのか。
ぼくはポケットの中を探った。
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