無限の例外

 


 幸いなことに、あれからすぐにぼくの眼は覚めた。


 気絶していた時間は、一時間にも満たない。


 体への治療はひと段落していたらしいが、最低でも丸三日は目が覚めないと言う診断だったらしく、ぼくのいいた病院の個室には誰もいなかった。


 いまいち状況が掴めないのでナースコールをすると、慌ててやってきた医者たちに精密な検査をされる。


 落ち着いたのは、半日がたってからだった。



 ★



「それで、大丈夫なんですか?」


 その後、どこかに仕事に行っていたルシルが病室に入ってきて、色々と騒ぎつかれた後、ようやく落ち着いてぼくとの会話を始めた。


「まあ、指が使えないのは辛いな」


 全身で火傷していない場所がない、とまで言われてしまったが、特に酷いのが顔と手首から先、つまりは肌が露出していた部分だな。


「少しだけ我慢してくださいね、医師の許可さえ下りれば治癒魔法をかけてもらえますから。全く、炎が呪われていなくて本当によかった」


「まったくだ、二人目の師匠みたいにはなりたくないからなあ」


 当然のことながら、この病院の医者も看護師も魔法使いであり、怪我や病気の治療に魔法が使える。


 かなりの重症でも、ここに来ればあっさりと治してもらえるらしいが……。


 特殊な怪我の場合は話が変わる、地獄の炎なんてその最たるものらしい。


 肉体や細胞の変質から、魔力や生命力を詳しく調べてからじゃないと、軽率に治療することは出来ないらしい。


 本来なら、何か月もかけて調べるらしいのだが、社長が手を回してくれたらしい。


 おまけに治療代から雑費まで、全てを負担してくれるらしい。


「それに、莫大な報酬までくれるそうですよ」


「報酬って?」


「魔法を覚える事とは別の話です。エレメント氏にとってあなたは子供を救ってくれた恩人ですから」


 別に、社長のためにやったことではないのだが、それよりも気になることがある。


「あのさあ、お前はぼくが怪我をしたって聞いて急いでここに来たんだよね? 何で色々と知っているの?」


 治療代の話も、社長のこともルシルが知っているのはおかしいだろう。


「それは、もちろんヴィーから聞いたんですよ。というよりも、ムゲンくんにお説教している時に、頭に直接情報が送られてきたんです」


「へえ」


 それは、魔法なのか? それとも超科学か、超能力か。


 世の中には、ぼくが知らないことが多すぎる。


 もう驚くのも面倒だ。


「いらないって言っておいてくれ」


「え?」


「治療費も、感謝の報酬もいらない。というか、師匠なんだから治療費はルシルが出してくれ」


「わ、私ですかあ! ……別にいいですけど、なんだかムゲンくんらしくありませんね」


 事実だが、失礼な言葉にも聞こえるのだが。


「そんなことはないさ、困っている人間を救うことに報酬をもらうことなんて出来ないよ」


「ふーん、それで本当は?」


 ルシルは一瞬たりともぼくの言葉を信じる気がないらしい。


 どうしてくれようか……。


「嘘じゃないよ、今回はね」


 そうだ、今回は嘘じゃない。


「……本当に、今回はムゲンくんらしくありません。あなたは全てのことは自己責任なんだから、自分には関係がないってはっきり言う人ですよね?」


「……罪のない被害者は見たくないんだ」


 自分に責任があるから、自分が悪いことをしたから酷い目に遭うのは当たり前のことだと思う。


 人は、それを因果応報と言って。人はそれを自業自得だと言う。


 そんなものに救う価値などない。


 ぼくは本気でそう思っている。それでも……。


「これは違うと思った」


 人災ではなく天災の類なら、その被害者になんの罪もなければぼくは救ってあげたい。


 たとえ、その身を削ってでも。


 だって、何も悪くないのだから。


「ヴィーに確認したんだ、今回の件は事件だって」


 それが、決め手。


「あんな地獄の炎を呼んでしまって、死にかける。事故でないのなら誰かにやられたに決まっている」


 自然の火事とは違いすぎる、誰かが行わなければ起きなかった事件だ。


「もしかしたら、誰かに恨まれていたとかは?」


「あるかもね。でもとりあえずあの時点でぼくが知っている情報では、あのバカ息子に罪はなかった」


 それと、ヴィーが何も言わなかったのも気にかかる。


 あの全てを見透かしている不審者が、ぼくの意に沿わぬ人助けをさせるだろうか?


 あの不審者のことはある程度理解している、もしこの件が自業自得だったら、ぼくを関わらせたとは思えない。


 あいつは、この事件を放置したらわたしたちに不利益が出ると言った。


 このことから二つのことが想像できる。


 一つは、ヴィーがあの社長たちの一族と個人的な知り合いだったり、といった感情的な不利益。


 つまりは死んでほしくないと思ったのだろう、わたしたちの定義がどこまでかは聞いていないから。


 もう一つは、今回の事件を引き起こしたのが身内の類だと言うケースだ。


 こちらが正しいのなら、おそらくは学院関係者に犯人がいるのではないかと思う。


 どんな理由であれ、学院長があのバカ息子を殺していれば、世界一の商人の一族が学院の敵に回っていたのかもしれない。


 この場合、その被害はぼくやヴィーにも出るだろうから。


 出来れば前者であってほしい。


 もしも、後者なら……。


 そして、確かに事故ではなく、事件なら……。


 まだ、話は続くのかもしれない。

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