地獄の炎で燃える店

 


 爆音がした方向の窓に目をやると、かなり離れた位置に真っ黒な煙を吐き出している、燃えている建物が見えた。


 さっきの音は、この建物から響いてきたのだろう。


 だが、注目するべきはその建物の頭上に漂っている黒い煙の方だ。


 その色の濃さも驚きだが、まだ数分しかたっていないはずなのに、その周辺は既にまるで月の出ていない夜と同じぐらいの暗さだ。


 まるでその周辺だけが夜に見える。おまけに劇的な速さでその範囲を広げている。


 建物自体は真っ赤な炎で燃えているが、その周りは青い空を飲み込んで、ゆっくりと夜になっていく。


 町中にもかかわらず、それは神秘的な光景だと言えた。


「ゆっくりしている場合じゃないな」


 何が出来るとは、思わないが。


 それでも、ぼくは走り出した。



 ★



「マスター、どうしたのですか?」


 建物から飛び出して、夜に向かって走るぼくの後ろをフルーツがついてくる。


 ぼくは全力で走っているつもりだが、この人形は余裕な顔をしている。


 つくづく、魔法を使える奴は恵まれている。


「黙って走れ。今はお前に話してやる暇はない」


 フルーツの疑問は当然だろう、この火事とぼくには何の関係もないのだから。


 日頃のぼくを知っているから、何故関わろうとするのか不思議で仕方がないのだと思う。


「お前の魔法で、何か情報は手に入らないのか?」


「被害の規模や、怪我人などの情報ですか? 一々調べるよりも、現場に急ぐほうが早いですね」


 まったく、本当に戦闘以外ではなんの役にも立たない。


 こんな時に便利な奴は……。


「わたしだね?」


 脳裏を過る前に、街角からヴィーが合流してきた。弟子は連れていないようだ。


「周囲の人間は現場から避難させておいたよ。元々、町からは少し外れているんだけどね」


「それで?」


「爆発を起こしたのは『不思議の実』の店、店長だ。君がさっきまで会っていた、ロギス・エレメントの長男だよ」


 それで、社長は焦っていたのか。


「名前はエキト・エレメント。一人で店を切り盛りしていたみたいだねえ。怪我の具合は、まあ早く店から出ることが出来なければ……」


「おいおい」


 つまり、まだ店の中に取り残されていると言うことか。


「一応は消防と警察は呼んであるんだけど、何の意味もないようだよ」


「それは何故? あの黒い煙と関係があるのか?」


 今、こうしている間にも夜は浸食している。


 それそろ、燃えている建物の場所もわからなくなるほどだ。


 三階からはよく見えたが、街を走っていると建物は全く見えてはいない。


 幸いにもヴィーは何も悩まずに走っているので、その後ろをついていけばいい。


 だが、この不審者は本当に両目とも隠しているのか? 実は両目を隠している布が、透けて見えているんじゃないだろうな。


「あの煙は『地獄の炎』から出ているからね、普通のものじゃないんだ。魔法以外では消化できない」


「また物騒な名前だ」


「エキトはよほどの変わり者だったみたいだねえ、魔法社会でも流通を禁止されているような、際物ばかりを店に置いていたようだ」


 わかっていたことだが、まともな話ではないらしい。


「彼の店には、地獄の炎を召喚できるようなアイテムが置いてあったみたいだ。うっかり壊しでもしたのかな?」


「うっかり?」


 それだけの理由でこんな事件を起こしたのか?


「さあ、詳しい理由はわからない。今回の事件を解決するのに理由は必要ないからね」


 調べる気はないと言うことか。


「今回の事件は絶対に起こるものだった。わたしがどんなことをしてもね、だからむーくんがいる時にタイミングを合わせたんだ」


「そう」


「この事件は絶対に見逃せないものでね。対応によっては、わたしたちにも不都合が出るものだったんだ」


 そのわたしたち、にはどこまでが含まれているのかが気になる。


「一つだけ聞いておきたい。これは事故なのか、それとも事件なのか?」


 気になるのは、その一点だけだ。


「事件だねえ、詳しくはわからないけど」


「そうか」


 これでぼくの方針は決まった。


 余程のアクシデントがない限り、エキト・エレメントは助ける。



 ★



「エキト、今行くぞ!」


 消防車や多くの野次馬が集まってきている場所に近づくと、まだ少し遠いが、社長の声と姿がそこには存在した。


 どうやら、無謀なことに燃えている建物に突入しようとしているらしい。


 その焦りはよくわかる気がする、何故なら近くにいる消防士たちが全く役になっていないからだ。


 使っている消火のための魔法は、全く効果がないようだし、中に突入することをためらっている、いや諦めているように見える。


「駄目です! 地獄の炎には何者も耐えられません!」


 周りにいる人間が、必死で社長を止めているようだ。


「地獄の炎は、命を直ぐには燃やさない。苦しめたくてたまらないみたいでね、どれだけ危険そうに見えても数分は生身でも体は保つよ。そのかわり、リミットを超えると絶対に助からないけどね」


「そうか」


 ヴィーの情報はとても助かる、フルーツとは大違いだ。


「放せ、離すんだ!」


「できません! あなたがどれだけの命を背負っていると思っているのですか!」


 数人がかりで、必死になっている社長を止めている。


 当然と言えば、当然の話。


 世界一の商人が死ねば、どれだけの人間が路頭に迷うと言うのか。


「おれの息子が中にいるんだぞ、邪魔をするな!」


 ぼくは、地面に押さえつけられている社長に、一言だけ告げる。


「お前が邪魔だよ、そこをどけ!」


 そしてバリンッ、という大きな音を立てて、燃えている店のガラスでできた入り口を壊すと……。


「頑張ってね、むーくん。タイムリミットは……分だよ」


 フルーツをとり抑えているヴィーの言葉を聞きながら、夜を作り出している真っ赤な建物の中に突入した。

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