充実した休日
「貴様が遊ぶのなら、普通のゲーセンに行け」
主席くんの有難い言葉から、この町にも魔力を使わない普通のゲームセンターがあることを察する。
今度、必ず行こうと決意をしていると、ルシルから電話がかかってきた。
少し離れたところにある、少し洒落たレストランに来いと言われる。
どいつもこいつも勘違いしているが、ぼくは決して方向音痴ではない。
興味を惹かれると寄って行っていくだけで、地図を見ることも出来るし、方向感覚も悪くない。
問題は、約束を守ることを重要視していないところだけだろうと思う。
☆
食事を終えて紅茶を飲んでいると、機嫌が良さそうなルシルが話しかけてくる。
「いやあ、今日は大満足です。洋服だけでなく、身の回りのものまで全て揃えました。もちろんフルーツだけでなくムゲンくんの分もですよ」
「それはよかった」
「はい。フルーツも買い物の楽しみというものを理解しました」
ルシルの言葉に深くうなずきながら、フルーツが語る。
「元来、作る側の人間であるフルーツですが、消費者側の立場に回ることによって、様々な発見を出来ました。これからも定期的に連れてきてほしいです」
簡単に言えば、買い物が楽しいらしい。やはりこいつは人間か?
「それに、お姉ちゃん以外の作った料理も初めて食べました。フルーツはこちらのほうが好みです」
フルーツの無慈悲な言葉に、ルシルがショックを受けた顔をしている。
家事には自信があるといつも言っているからな。
「ふ、ふふふ。確かにお子様舌のフルーツには外食の方が好みかもしれませんね。で、でもムゲンくんはどうですか?」
「どっちでもいい」
昔から食事への興味は薄い。
正直に言えば、栄養サプリと水だけでも大きな問題がないぐらいだ。
出された料理は不満なく食べるし、味だってちゃんとわかるが、要するにぼくにとっての食事は、空腹を紛らわす栄養補給に過ぎないともいえる。
つまりルシルに問題があるのではなく、ぼくに問題があるのだろう。
「だけど、ルシルの方が早く料理を出してくれるから好みだ」
このレストランでは、料理が運ばれてくるまでにニ十分近くかかった。
だがルシルは大体五、六分で料理を出す。既に作ってあるからだ。
故に、ルシルの料理に不満などない。
「複雑です、ふくざつでえす」
ルシルの表情に、大きな不満が現れている。
「まあ、いいです。おいおいね?」
何を企んでいるんだろうか?
「それにしてもムゲンくん、今日は凄く優しいじゃないですか?」
「ぼくはいつも優しいが?」
間髪入れずに返答すると、ルシルが苦笑する。
「まあ、そうですけどね。なんだかんだで私が何をしても付き合ってくれますし。でも今日は途中で逃げなかったでしょう?」
それには反論がある、ぼくはルシルから逃げたことなどはない。
ただ、行きたいところに行って、そのまま帰ってこないだけだ。
「ムゲンくんは基本的にいつも、私の行動に文句は言いませんけど今日は特に大人しいですよね。どうしたんですか?」
「特に、なにもない」
「本当ですか?」
ルシルが今度は顔に疑いの感情を色濃く載せている。
感情豊かにも程がある、冷たいという評価はどこに行ったのか。
「大したことじゃない、赤いバラと白いチューリップを混ぜると何になるのだろうか?」
「うん?」
「鉄と銅を粉々にして混ぜ合わせて地面に撒くと、果たして美しいのだろうか?」
「うん? うん???」
おせっかいな人間というのは、悩みがある人間を放っておくことはない。
もしぼくが近い将来に訪れる、一人の人間の到来を憂いていると言えば、面倒極まりないことになるだろう。
故に、自分でも何を言っているのかよくわからないようなことを言って、煙に巻くことにした。
適当に真面目そうな感じで答えておけば、頭のおかしいことを真剣に悩んでいる男だと言う評価に落ち着くだろう。
「オーケー、わかりました。ついに故障したんですね?」
「ああ、紅茶とコーラとリンゴジュースを混ぜたものをルシルに飲ませたら、どんな表情をするだろう?」
「絶対にやめてくださいね!」
今日は混ぜ合わせるもので統一してみたが、次はどんな頭のおかしいことを言って、ルシルをからかうことにしようか。
「……話を誤魔化しているように見えます」
フルーツの小さい呟きは、誰に耳にも届くことはなかった。
☆
「さて、もう少し遊んでから帰りましょうか」
レストランから出てきたぼくたちは、腹ごなしに適当に歩いている。
ぼくとしては、適当なところに座って休憩をしたいのだが、ルシルとフルーツは遊び気が満々らしい。
「うん?」
二人の後を歩いていると、すれ違った誰かが小さな声を出した。
当然、見たことがない顔だ。
いや、記憶力には自信がないのだが。
その男は身長が百八十ほどで、眼鏡をかけている。
そして細かいことは一つもわからないが、なんとなく金持ちのオーラを出していた。
別に立ち止まったりすることもなく、ぼくらの距離は開いていくが、男は少しの間ぼくを見て、首を傾げていた。
それはまるで、何か気になることがあるのかと。
「まあいいや、でもよく考えればぼくも金持ちのはずなんだよなあ」
実家のことは置いておくとしても、魔法を覚えている代わりに大金を貰えているのだ。
ルシルめえ。
ぼくは怒りを覚えながらも、二人と街を歩いていく。
その時、ふと思いついた。
「おい、マジックゲームセンターに行こう」
強い魔力を持つ二人なら、あの魔力のない人間を差別する店を教育してやることが出来るに違いない。
☆
これは余談だが、店にあった景品の類は大体コンプリートしてやった。
ルシルもフルーツも百発百中だったので、かかった金額も大したことはない。
ぼくの留飲も下り、嫌なことも忘れることができ、上出来な一日だと思えた。
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