魔法使いと一般人の差
接近戦を望むフルーツと遠距離戦を望むギース、意外と状況は切迫している。
本来ならギースの方が有利に見えるのだろうが、表情を窺うと状況がよくわかる。
余裕を持った涼しい顔をしている人形と、不自然なほどの汗を流している魔法使い。
これはぼくの勝手な想像に過ぎないが、ギースには何らかの負荷がかかっている。
その正体は魔法陣ではないだろうか。
その中にいると凄い魔法が使えるが、その代わり凄く疲れるとか、あるいは痛みがあるとか。
とにかく、時間がたつほどにギースはフルーツに集中していき、今では周囲のことなんて気にしていない。
「これをチャンスと呼ばずになんという」
ぼくは近くにある遮蔽物を利用し、ゆっくりとギースとの距離を詰め、遂に飛び掛かる。
「ギース!」
声を出したのはこちらを振り向かせるため。人間は驚くと体が固まるので殴りやすくなるのだ。
突然背後に現れたぼくに驚き、ギースの体は硬直する。
岩に座っている格好なので、体重をかけて振り下ろすように殴れる。
今までの過去の経験を振り返ると、ぼくが本気を出せば壁ぐらいなら貫通する威力だ。
さて……。
「……ふう」
……!
渾身の振り下ろし、それはギースの右頬に直撃した。
生身の人間なら確実に殺したと思ったのに。
僅か数ミリ、頭を動かせただけに過ぎない。
「無限、悪いけど無理だよ。一般人と魔法使いの差は、絶望的だから」
「なんだと!」
間違いなく、人間の感触だった。
手ごたえだって十分だった。
それなのに……。ギースは痛みすら感じてはいない。
「覚えておくといい、魔力イコール生命力だ。確かに通常時、戦闘をしていない魔法使いならば一般人の攻撃でダメージを与えることが出来る。上手くいけば今の一撃でもおれを殺せたかもしれない」
通常の、状態。
「でも、今のおれは戦闘中だ。別に身体強化の魔法を使わなくても、どんな魔法だとしても使うことによっておれの中の魔力は活性化される。それはつまり無意識の、最低限の強化がされていると言うことだ」
無意識の最低限の強化で、常人を遥かに超える腕力で殴っても何の意味もなくなってしまう。
「この効果は魔法陣とはなんの関係もないし、身体強化の魔法を使えばもっと遥かな強さになってしまう。それに、おれは魔力も少ないし才能も大したことがない」
つまり本当に最低限の魔法使いを相手にしても、ぼくには勝ち目なんて一切ないと言うことか。
「その、きみの境遇には同情するけど諦めたほうがいい」
「構わないさ」
辛そうな顔をするギースを、同情されたぼくが励ます。
「まだまだ試してないことは山ほどあるし、いつだって勝敗を決めるものは実力なんかじゃない」
楽しみはたくさんある。それに……。
「そう、それに少なくてもこの場での勝利はぼくのものだ」
「え……」
ザクッ、という音がギースの腹から聞こえてきた。
「……ああ、気を取られすぎたな」
一応は、ぼくと会話中もフルーツに攻撃していたようだが、結局は注意力の散漫。
そして、ぼくへの同情が決め手になる。
「成程、実力が勝敗を決めるわけじゃないんだな。人数も、油断も、心だって重要な要素か」
「ああ、全ての勝敗は総合的に判断されるのさ」
ギースに痛みはないようだが、金色の光に包まれる。
おそらくはこの光が室外に導くのだろう。
「でもさ、それが実力なんじゃないのか?」
「まあ、その辺りは解釈が分かれる。戦う力だけが実力だとか、全ての要素が実力だとか? それなら今回はこう言ってやろう」
そう、この場ではこの言葉が相応しい。
「実力は、一対一で測るものじゃないのさ」
一対一では、決して勝てなかった。でもニ対一ならぼくの圧勝だった。
なにせ一方的に殴って、一度も反撃されずに勝利したのだから。
「ははは、確かに確かに。なら君の一人勝ちだ」
愉快な言葉を聞いたかのように、ギースは笑う。
「次の参考にさせてもらうよ、おれは行く」
猶予時間がなくなったのか、光が消滅するとギースの姿も消えた。
これで今日の一戦目は終わり。
収穫の多い戦いだった。何より無傷で終われたのが満足だ。
やっぱり痛い思いはしたくないが、そっちも試すことになるだろう。
☆
「マスター、次はどうしますか?」
フルーツは不満そうな顔をしている。
感情豊かにも程がある、初めて会ったときは無表情だったのに、今ではある程度読み取れる。
まだそれが薄いことには変わりないが。
「なにか不満か? 囮に使ったことか?」
「……フルーツはマスターの所有物なので、ご自由に使ってくれて構いません。むしろ有効利用してくれて満足しています」
ならその顔はなんなのか。
「戦闘はフルーツに任せてください。マスターはこの学園で、あのような雑魚にすら手も足も出ないほどの最弱なのです。今は訓練だからまだしも、実戦で同じことをしたら即死ですよ」
「さあ、次の獲物を探そう。一番近いのはどこにいる?」
「マスター? マスター! わかりましたよ、もう」
適当な方向に走り出したぼくに、フルーツは諦めた顔をしてついてきた。
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