参拾壱 伝説

 ……半年ほど前、北海道のとある山奥。

 小さな舗装された道路を、アイヌの民族衣装を纏ったひげもじゃの大男が歩いていた。

 ――弥十郎である。

 彼の背後からは肌色の壁が切迫していた。

「のうボッ娘、まもなく問題の場所だな?」

「そだね」

 大男に答えた壁。それは幼稚園児のスモック制服を着たデイダラボッ娘の靴下とスカートを結ぶ足の部分だった。亀姫とは異なるが、外見上はそっくりな巨大幼女である。

「引き止めはせぬのだな、いったい何があるというのか」

 弥十郎は勾玉スマホに表示した簡易的な地図をチラ見しながら歩いていた。他の部分に比べ、この一帯だけ地図には何も表示されないのだ。

「んふふ、内緒」思わせ振りに、後を追いながらボッ娘は答える。「知ってるけどね」

「まるで、某なら怪しんで探りに来ることを見越したような秘密だな」

「かもね」


 まさしく、準採五人衆となって己が統治する北海道の土地を地図で確認してみるや、すぐに彼はこの異変に気づいた。

 衛星などもはやあるのかも不明だが、勾玉では日本全土の地図を表示でき、GPSのように自分の位置も確認できた。そこにおいて、最も地図を縮小した日本列島全景で眺めてもわかるくらいに、今彼が歩いている辺りの山林は不自然な空白として表示されていたのだ。

 勾玉スマホはもちろん携帯電話としても使え三菜人や準採五人衆との会話も可能だが、他の幹部に訊いてみても疑問は共有できるも真相を知らないとのことだった。山魔王には直接連絡ができず、彼女のそばにいるデイダラボッ娘が電話に出るばかりで、北海道の今傍らにいるボッ娘と同じようにはぐらかすのみなのである。


 かくして、弥十郎はここにやって来たのだった。

 そして山に沿ったあるカーブを曲がったところで、

「むっ!」

 彼は奥に集落を発見した。山肌に張り付くように建っている、数十軒ばかりの家々である。もっとも、警戒の声を出したのはそれが理由ではなかった。

 集落からは離れて、角を曲がったばかりのところ。すぐ近くの道を外れた草むらに、人間がいたからだった。

 ボロボロの衣服を纏って山菜取りをしている、陸徒である。


「ん?」

 少年はそう反応。ぎくしゃくとした挙動で弥十郎と対峙後、ゆっくりと視線を上に向ける。

「うぎゃあぁ~!」

 そして幼女を指差しながら尻餅をついて絶叫するのだった。

「きょ、巨人と変な人ぉ~!?」


「お、落ち着け殿方」アイヌ人は焦って走り寄る。「某はともかく、デイダラボッ娘も存じておらんのか?」


「は? 何言ってんだよ! ダイダラボッチ!?」

 傍らにきたところでようやく気づいたみたいに、陸徒は弥十郎へ問う。

 逆に不思議がって、アイヌ人は発声した。

「まさか本当に無知か。ステータスは?」

 たちまち、例の半透明の四角い映像が彼の目前に出現。遭遇者の情報を示す。

「……レベル1。誰とも戦っていない可能性はありうるか。ボッ娘、どうだ?」

 聞かれて、呆れたように幼女は言う。

「〇戦〇勝〇敗、まさにその通りだね」


 一方、陸徒はさらなる驚きに見舞われて質問を重ねた。

「あんたこのゲームのウィンドウみたいなのも知ってるのか?」


「うむ、人里では常識だぞ」

 ステータスは地孫光臨で誰でも自然に認識したはずだった。ならば話はある程度早い。

 態度から相手が長らくこの山奥にいたのではないかと察して、弥十郎は解説してやることにした。

「そうだな、全てはこの巨大な幼女が関連しているとすればいいか――」


 数分後。

 ざっと、地孫光臨とそれによる世界の変化を説明し終える。その頃には、さすがに陸徒も落ち着きを取り戻して感想を述べた。


「……確かにだとすると、いろんな不思議も解けそうだな。それにあの娘。どっかで見たような?」

 二人は近くのガードレールに座って語り合っていたのだ。デイダラボッ娘は、山自体を滑り台のようにして遊んでいる。

 そしてボッ娘を改めて確認した少年の脳裏では、このとき山魔王と別れた日が繋がったのだった。あの、警官が消し去られたときが。

「――思い出した」


 ために口に出してしまうと、勘の鋭い弥十郎は外面から尋常でない事情を読み取り、表情を険しくした。これにより、今度は陸徒の方がまだ全容の知れない疑いを悟られないよう、ごまかすことにする。


「と、とりあえず家に寄ってかない? あの子は入れないけど、何年も一人暮らしでさ。ぶっちゃけ寂しかったんだよね、さっき言ってたこととかいろいろ聞きたいし」


 と、奥に窺える集落の一軒を指差す。

 とぼけたような提案に、アイヌの末裔も緊張が解けた。代わりにぼやく。

「さっきまで怪しい人認定だったがな」


「あはは悪い悪い。んな巨人といるもんだから化け物かと思ってさ」


「アイヌの血は引いているが、外見はさして変わらんはずだぞ」


「ご、ごめん、いや差別とかじゃなくて。人と見分けがつかない怪物とかもいるっていうでしょ、吸血鬼とか。だとしたらニンニク苦手っていうしさ、これとか投げつけるとこだったよ」


 などと、すっかり親しんだように話しながら陸徒は持参していたコンビニ製のビニール袋に手を突っ込んだ。

 取り出したのは一品の植物。山菜であった。

 茎の先に丸みのある長い葉がついたような。


「キトか」特徴的な匂いがして、弥十郎は口にする。「この国では主にギョウジャニンニクと呼ぶものだな、まさに行者がその代わりのように認識していた芳香だ」


「へえ、初耳だ」


 少年の返答を受けて、アイヌ人は強い違和感に襲われる。

 知らずに採っていたのか?

 にしては、彼が開いた袋の中には多種多様な他の山菜も入っていたのだ。

 そういえば、一見したところ集落にはろくな商店も見当たらない。デイダラボッ娘に仰天するような、地孫光臨以降大きな街に出てもいないらしい少年がどこで知識を得たのか。歳も若く、山菜採りに精通していそうでもなかった。

 ふとデイダラボッ娘を見やると、山の斜面に腰かけていた彼女からにやにやと見返された。


「……先ほどの提案、受けさせてもらおう」

 自分がここに導かれた理由を確信したように、弥十郎は言及する。


「え?」


「ぜひ、ご自宅にお招きいただきたい。何ならヒンナな馳走でも振る舞おう、長旅になるかとそれなりの材料は持参しているのでな」

 と自身の背負い袋を強調する。


「ヒンナ? ああ、アイヌ語でおいしいって意味だっけ。漫画で読んだな」陸徒は多少戸惑った様子なものの、嬉しそうだった。「でもいいの、そんなのもらちゃって?」


「うむ、ただし条件がある」こうして、来訪者は申し出たのだった。「某と、あるゲームをしていただきたいのだ」


  名前   / 弥十郎

  職業   / 準菜五人衆

  LV   / 81

  SS   / コシンプ・カムイ

  異名   / 屈み弥十郎


 これが、全ての始まりだった。

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