拾陸 追跡術
音源に、視線たちが集まっていく。デイダラボッ娘のそばに育っている一本の樹木。
観客席から死角になるそこの裏から、何者かが現れたのだ。
反対側に回ってみなと対面すると、樹皮に背中を預けながら拍手を継続する女。――昂だった。
たちまち、市民は阿鼻叫喚の地獄絵図に包まれる。
「ああ……ああぁ……あぁ……!(客席から転げ落ちる)」
「ひ、ひぎいいッ!(足を震わす)」
「いや、……いやよ。……いやぁあーんッ!!(小水を漏らす)」
「ハ、ハイエナの昂だァぁあ――――――――――ぁッ!!」
「……ハイエナって」状況が呑めず、陸徒はのんびりと尋ねる。「あのおばさんが、山主の?」
「おばッ!?」
絶句した昂に、ますます観客は騒ぐ。
「あの小僧、禁句を口にしやがった!」
「に、逃げろぉー! 山菜ゲーム挑まれてなに取られるかわかったもんじゃねーぞ!!」
「……誰が」昂が、額に青筋を立てながら怒鳴る。「逃げていいって許可したんだい?」
「うわっ! さ、山界政府軍に囲まれた!!」
まさしく。制服に加え銃火器で武装した集団が、観客たちを包囲していたのだ。
そこでようやく尋常でない雰囲気を察し、陸徒も度を失う。
「くそっ! いったいいつからこんな準備をしてたんだ!?」
「あれがハイエナという名の所以よ」香奈美が説明する。「〝
「うむ」山爺も明かした。「あやつの正体は、史上最悪といわれし旧政府の元婦人警官。軽犯罪すら見逃さずにしょっ引いては嘘の罪をも自白させ、冤罪さえ着せる転び公房じゃ。現政権下においては当時の才を悪用し、他の山菜採りを尾行し獲物を横取りすることで成り上がってきおった」
それから、くわっと眼光を鋭利にした。
「準菜五人衆の一角。〝ハイエナの昂〟なのじゃよ!!」
「さあて」甘ったるい声色で、昂が陸徒へと近寄る。「いきなり失礼なことをぬかしてくれた坊や、実力は見学させてもらったわ」
目近に来るやパンチを放たれ、陸徒はもろに腹へと喰らった。
悶絶し、みなは戦慄する。女とはいえ元警官、一撃は重かったのだ。
「り、陸徒! 昂、あんたなにすんの――」
ハイエナに食って掛かろうとした香奈美は、制するように挙げられた陸徒の片手に止められた。
彼でもヤバい空気ぐらいは察することができる。自分が原因なことに、彼女を巻き込みたくはなかった。
「さっそく、勝負をしてみましょう」
他方。足元に蹲る少年を冷たく見下ろして、昂は平然と宣告した。
「なにっ!?」
と、たまらず観客たちが抗議する。
「香奈ちゃんを破った男といきなり勝負だと? どこまで舐めてやがんだ、あのアマは!」
「おい、陸徒とかいう小僧。おめえ山嵐なんだろ! この際、ハイエナを倒しちまえ!」
「お願い、頼むわよ」
「つーか殴るのは反則だろ! 山菜バトルに関連したことで対戦者間の山菜取得能力を歪める行為は失格だ。デイダラボッ娘はごまかせねーし、ゲームのルールで容認したことを除けばフェアだぞ!」
「そうだ! 山爺んときみたいに事故が起きると期待するなら大間違い――」
しゃべり掛けた客は慌てて両手で口元を覆った。みなも口をつぐみ、気まずい雰囲気が漂う。
理由が不明な陸徒は目を瞬かせ、山座衛門は黙止していた。
「すぐにやるわけじゃないよ」
そこを、昂が嘲笑う。
「勝ってもなにも手に入らないゲームと違って、文明を得られる山菜ゲームを開催する権限は山主にしかない。大枠を除いたルールの決定権もあたいにあるんだ。ちゃんと考えてあるんだから、くだらないいちゃもんをつけんじゃないよ。新人がいきなりあたいと対決するんじゃ、かわいそうだからねえ」
「……なんだよ」腹を押さえて蹲る陸徒が、悔しそうに相手を見上げる。「どんなルールでいつやるんだ、受けて立つぞ!」
「手間は必要ないさ。この場で、実力差を認識させてやるってことだよ」
昂がデイダラボッ娘を仰ぐ。
「亀姫比売命、さっき香奈美を破った山菜の味は覚えてるね」
「もっちろんだよ」
おもしろそうに亀姫は返答し、手でOKサインをした。それを受けて、山主は告げる。
「じゃあその中で一番うまい一品と、一品同士で無報酬の比較だ。わざわざ採り直すこともないさ」
「なっ!」
観客が言葉を失う。
「……ハイエナ」忌々しげに、香奈美が言い及んだ。「あれを持ってきてるのね」
陸徒は策略が読めず、ただ身構えるのみだった。
対する相手は、悠揚迫らぬ態度で傍らの部下から長方形のケースを受け取った。漆塗りで宝石箱のように煌びやかなそれを、ゆっくりと開く。
「それじゃ、あたいの方の山菜を提出するわね」
箱からは閃光が放たれる。
「採取パートを生贄にして、――山菜を召喚!」
昂に、自由の女神像が重なった。
そんな錯覚を起こすほどに高らかと、取り出した山菜を頭上に掲げたのだ。手中に握られた、燦然と輝く松明たる光――そいつは!
「顕現せよ! 大いなる小木、〝
ゴゴゴゴゴゴッ!
奇跡のような太さと長さを持ち、天に到るほど真っ直ぐ。心地よい緑の光沢に、たくましき毛を纏った山菜。
まさに究極のウド!
――場の全員が、これまでで最もどよめいた。
「あれは!」
思わず陸徒は声を上げる。さっきの対戦中に遭遇した、急斜面に生えていたためあきらめた名も知らぬ種類の山菜だからだ。けれども、ハイエナのは彼が目撃したものとは比較にならないほどの高次元に達していた。
「このウドがテーブル上にあるとき、山菜採りは動きを封じられる!」
広言した昂が、ウドを机上に叩きつけた途端。そいつのあまりの見事さに、実際、陸徒は硬直してしまっていた。
彼の眼でさえ、そんなにうまそうな植物を捕捉したことはなかったのだ。
「調理を省いて、ダイレクトアタック!!」
敵の反応から勝利を確信して、昂はウドを頭上に放り投げる。
「存分に食せ、デイダラボッ娘! 亀姫比売命!!」
背後に控える巨大幼女が、山菜を口内へと導く。
審判をもたらす巨大なシルエット。それはこのとき、地の底から使役された魔神のようだった。そんな錯覚をもたらすほどに、結果は自明だったのだ。
「……か、勝てるわけがない」
結論が出る前にくずおれ、陸徒は洩らした。
彼の口内には唾液が滲んでいたのだ。あのウドを視界に入れただけで、勝手に溢れてきたのである。打ちひしがれながらも、生唾を飲み込む。
「はむはむはむ」
一方、亀姫は究極ウドをゆっくりと咀嚼。
「……フッ、相変わらずね」
すぐに呑み込み、前髪を軽く撫で上げてクールに判定を下した。
彼女の巨大な指が、陸徒に突きつけられたのだ。
「あなたが採取した山菜たちの中で、特に選び抜かれたおいしい一品はミヤマイラクサ」
またも、場景は一変する。
辺りには高層ビルが並び建ち、そこは地孫光臨以前。全盛期の東京都へと変貌していた。
「まるで 、山菜という名の整列するビル群の内で、一際高く都会を威圧する東京タワーのよう。しゃっきりとした歯ごたえのたびに溢れ出る濃厚な風味は、数多の味を統べる至極の品!」
霞の向こう。高層ビルを見下ろすタワーに、イラコの影が重複する。
「――だった」
「!!」
山界新政府の人員以外の誰もが、衝撃に翻弄された。急激に満ちた暗雲からの落雷が、タワーを襲ったのだ。
それはタロットカードの一枚、〝塔〟を。バベルの塔の崩落をも想起させる評決だった。
「さっきの勝負ではね」
冷酷に、デイダラボッ娘は言い渡す。
「頂点もいつかは超えられるもの。あなたのイラコが東京タワーなら、昂のウドは倍近くも凌駕する高みの味――」
崩壊していく東京タワーの背後に、より圧倒的に高度なシルエットが浮かぶ。究極ウド? ……否!
「東京スカイツリー!!」
かつて世界最強とされた電波塔が、あらゆる建築物を凌駕して直立する!
……まもなく、景観は元の三ノ倉に戻っていった。
「まさに究極の一品。従って――」
もはや耳にするまでもなく、誰もが悟った答えが述べられた。
究極ウド /★★★★★
陸徒の山菜群/★★★☆☆
「勝者はハイエナ。金柿昂!」
決戦を制した女が腰に手を当てて、足元にいる時代の敗北者を俯瞰する。
「……完敗だ。これじゃ、敗北者じゃけえ」
四つん這いになって落ち込む陸徒は、唇を噛み締めて嘆くしかなかった。
「負けた。初めて、……負けた」
ショックを受けたのは当事者だけでなく、昂と手下以外の全員だった。
中でも香奈美にとっては大きな打撃だったのだ。ハイエナは自分の上の、さらに上にいたのだから。
彼女は、たった一言発するのが精一杯だった。
「これが、数多の山菜取りの巨人たちを寄せつけない。……準菜五人衆の壁!」
このとき、新会津若松市民は再認識させられた。奴等に支配されていた恐怖を、山界政府に飼い慣らされていた屈辱を!
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