拾伍 職人芸

 景色は、地孫光臨以前の最新設備を搭載した小奇麗な工場となっていた。

 清潔な格好の従業員たちが、奇跡のように作動する機械たちを眺め、手助けしている。

 不恰好な粘土の塊のようなものが、いくつもの仕掛けを通るうちに見事な会津の工芸品〝赤べこ〟へと進化していく。一連の経路を囲むように設けられた吹き抜け上階の部屋から、窓ガラス越しに監視している女性がいた。

 スーツを着こなし美しく化粧をし、ほどよい宝石のアクセサリーで飾った彼女は香奈美である。面差しには満足しか浮かんでいなかった。


「香奈美の多量にそろえた及第点の山菜は、あたかも最新の工場で大量生産された立派な商品」

 光景が別のものに移る。

「けれども。どれも同等なレベルだけにおもしろみがなく、個性的で突出した味がない。そうではないのが陸徒!」


 伝統的な日本家屋。

 座敷で胡坐を掻き、白ひげを生やし皺だらけの老人となった陸徒が着物を纏っていた。彼の周りには手作りの工芸品が飾られ、整列している。

 今もまさに、会津の名産〝起き上がり小法師こぼし〟を作っているのだ。手の硬い皮膚と汚れは、長年そうした作業に従事してきたことを物語っている。


「まさに一品一品が、伝統の技法を追求した職人芸のなせる風変わりな名品。昨日披露したような野草の組み合わせによる相乗効果のみならず、山菜にまでバリエーションを広げたことで趣向が増し、一つとして似たもののない風味の融合は絶妙な魅力を何倍にも増している。よってこの勝負――」

 本物の牛のサイズとなった赤べこを、人ほどの背丈となった起き上がり小法師が馬の如く乗りこなしたのが最後。一挙に、人も世界も元に戻っていった。

「――陸徒の勝ち!!」


 陸徒の山菜クラスタ  /★★★★☆

 香奈美の山菜群 /★★★☆☆


 真剣な表情で、重い勝利を受け止める陸徒。香奈美は俯いて拳と敗北を握り締め、打ち震えていた。

 平静に、それらを見届けられたのは山爺と理子だけだった。

「……そんな、嘘だろ!!」

 群集はひたすら、喫驚すべき結果に喚声を上げた。

「ま、負けた。山爺の一番弟子、東北一の山裁採りが!」

「すげえぞあのあんつぁま、やっぱり山嵐なんだ! うめえタンポポとかツクシなんて見聞きしたこともねぇよ!」


「くっ」

 ようやく香奈美が言葉を発したのは、一通りの衝撃が過ぎ去ったあとだった。

 顔を上げ、涙目ながらしっかりと勝者を視認する。

「……認めなければならないようね、あなたの実力とやらを」

 それでも悔しさの雫が瞳から零れると、また俯いてしまう。

「所詮、持って生まれた才能には勝てないということね。修行は無駄だった」


「ちょ、ちょっと。おれはそんなっ!」


「最高の勝負じゃったよ、香奈美」

 フォローしつつ歩み寄ろうとした陸徒を片手で制し、いつのまにか山爺が割って入っていた。

「おまえも聞いたろう、陸徒の生い立ちを」

 老人は車椅子で二人の間に立ち、ボッ娘を背にして諭した。

「あれは数年にも及ぶ山での独り暮らしで磨かれた技能じゃ。才能だけでも努力だけでもない。その両方、あるいは違うところよ。同じ時と場に同時に存在できる人間はいない。故に、あまねく者はこの世に一人しかおらぬ。世の全部が同様の無から生じたなら、塵も宝石も共通する真理を秘めていても不思議はない。無駄なことなどなにもないのじゃよ」

 それから弟子に近づき、うな垂れる少女の足を軽く叩いた。

「ようは、自分がなにを得ているかじゃ。お主は、特定のルールの下で負けたに過ぎん。勝った部分があったではないか」


 はっと顔を上げた香奈美に、師匠は説く。


「そうじゃ、陸徒が得点を稼いだミヤマイラクサ。おまえのアドバイスと助言がなければ、彼はそれを採れなんだ。香奈美、おまえが誰よりも山菜ゲームを優勢に運べる鶴ヶ外三郡誌であることに間違いはない」

 そして二人の対戦者を交互に比較してから、老人はまとめたのだった。

「そういう違いがあるからこそ共に補い合って、人は生きていけるのではないかな。……ふひひ」

 もはや、少年と少女に辛いものはなかった。どちらも、明るい面持ちへと変じていたのである。

「「……はい」」

 ほぼ一緒に返事をした陸徒と香奈美。それから山爺に促されて、彼らは力強い握手を交わしたのだった。

 あとには、観客からの拍手喝采が鳴り響いた。


「けど、それはやめろ!」

「ぶべっ!」

 山爺は唐突にそんな悲鳴で吹っ飛んだ。香奈美が警告と共に蹴りを放ったのだ。

 二人をそばに引き寄せた手の一つで、どさくさに紛れて弟子の尻を撫でていたのである。

 もっとも、老体は難なく起き上がった。

「うむ、これでこそ香奈美じゃな」

 そんな一言に、みなからは笑いも加わった。

 夕日の中。穏やかな景観が一つの名画のように、燦然と輝いていくようだった。

 ――拍手の一つが異様な不協和音を放つまでは。


「うーん、いい演説だねえ」

 大仰な色っぽい声。

 覚えのあった人々が拍手をやめ、鳴っている手はひと組だけになった。

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