拾肆 山菜採

 動きを止めて最後に手にしていた山菜を袋に詰めると、陸徒は顔を上げた。……はたして、そこに対戦者はいなかった。

 最後に目撃したのは五分以上前だ。

(やばい。戦況に安心して、山菜採りに夢中になるうちに動向を見失ったか!?)

 彼は後悔した。それでも試合はこれまでだ。

 仕方なく出発地点に帰ろうと踵を返したとき、光景は網膜に飛び込んできたのだった。

「あれは!」


 百メートルほど離れたスタート地点。そこに、すでに香奈美がいるのだ。

 あんなところに山菜はない。勾玉にも表示されている今回のルールでは、往復の移動時間を採取パートに含むわけでもない。つまり早めに帰り、時間をみすみす無駄にしたことになる。

 いつのまにか彼女の前、客席に囲われた中央にはテーブルが出現している。その上に、香奈美は収穫を小山にして載せているようだった。


(もう充分な量を採ったのか? あのペースでんなわけないよな)

 最後に視認したときには間違いなく、採取量で陸徒が勝っていたはずだ。

 釈然としない中、思索しながらも彼は始まりの場所に歩いた。近づくにつれ、胸中に不安が広がっていく。

 そして帰還しきったときに、愕然としたのだった。


 観客たちも見入っていた。

 香奈美が最も大量に採った山菜。――ワラビ。

 育ちきり茎はまずそうで、枝分かれした先端だけが食べ頃のようなほどにまでなってしまったそれ。まさにその先の部分だけを折り取り、余計な茎は捨てられていたのだ。


「しまった!」

 陸徒は思わず口にした。

 先端だけならそこそこうまそうだった。それが一本の育ちきったワラビから、枝のようにだいたい二、三本取れる。収穫本数自体が二、三倍に跳ね上がることになる。

 これをする作業のために、彼女は早めに切り上げたのだ。大きい状態でのワラビとしか認識していなかった陸徒は、そこに勝つ程度の数しか想定していなかった。今の、数倍になった量には及ばない。


 香奈美も対戦相手の反応に、してやったりという顔付きをした。


 しかし、陸徒もまもなく驚愕の表情を消した。

 まだだ。まだ決着はついていない。

 うまいものを選別した自信はあるし、最後の方に収穫したものは香奈美も知らないはずだと。


 他方、二人を見守る観客は見解を述べ合った。

「これは、香奈ちゃんが勝ったんでねーかな」

「んだな。相手が不慣れさから自分を観察してるって察知して、育ちすぎの多数のワラビを中心に据えて少なくまずいものしか採ってねーように装ってたんだ。対するあの小僧は、フェイクに引っかかって勝てる数と味を見誤ったはずだ」

「さすがは、ハイエナを除けば街一番の山爺に次ぐ実力」


「ああ。知識では右に出るものなしで未知の知性さえ擁してるんでねえかと囁かれ、地元出身では唯一の採取スキル覚醒者。最も勝率の高い戦い方をどこからともなく瞬時に読み取ることができるとっから、不可解な歴史を記した奇書に因み――」


「――〝鶴ヶ外三郡誌〟の異能と異名を受ける山菜博士、鶴ヶ香奈美!」

 誰よりも先に、彼女の二つ名に言及したのは理子だった。


「どうかのう」

 もっとも最後には、山爺がそんな風にしゃべった。

「鶴ヶ外三郡誌は、そこで最も勝てる見込みのある戦法を解読するだけじゃ。どうやっても敵わん場合は、限界まで食い下がれる道を照らすに過ぎん。いずれにせよ、これで勝敗には文句のつけようがなくなったとも言えるかのう」


 群集がそこに耳を傾けていると、亀姫が開口した。

「さぁーて、まずは先に準備してた香奈美たんのからいただこうかなあ」

 瞬く間に、香奈美が用意していた山菜の集まりが宙に浮く。真っ直ぐに、デイダラボッ娘の口内へと吸い込まれていった。

 もう一方のものを味わうまで努めてリアクションを抑える亀姫の足下で、静かに陸徒もテーブルの上で自分の袋を逆さまにした。

「……それじゃあ、おれのを披露する番だな」

 卓上に、新たな緑の小山が築かれる。

 ――そいつを目撃して、観客たちは騒然とした。


「……おい、あいつもけっこう採ってんぞ。香奈ちゃんのものの十分の八くらいはあるみてーだ」

「もともと、香奈ちゃんの収穫量より採るつもりでいたんだ。見極める眼があんなら、相手の力量も見抜いて計算してたんでねぇかな」

「けど、ずない大きいワラビのまずさも考慮してたわけだろ。一本一本の味が同程度なら、手札の多い香奈ちゃんが有利なことに変わりはねぇぞ」

「着目すべきは、そこだけではない」

 また、山爺が指摘した。

「よく観察するのじゃ。あれは、単純な山菜だけではないぞ」

 師匠の声が耳に届き、真っ先に確認した香奈美が目を丸くした。

 次いで、観客たちも気付くや口々に騒ぐ。


「……蕗の薹フキノトウ! タンポポに、ツクシにナズナ!?」

「なんだありゃ、山菜採るっていうレベルじゃねぇーぞ!」

「でも、食べれるものばかりです」冷静に理子が判断する。「わたしとの対戦から学んだのですね。わざわざコゴミは除外するとしたボッ娘が、野草には言及しなかった。山の幸として評価対象になるということです。どれが山菜かの知識に乏しいなら、なるべく既知のもので揃えたほうが確実ですし」

 そう。陸徒も、香奈美という山菜採りの熟練を評価し、不審な行動に疑惑を抱いてはいたのだ。だからぎりぎりで、タンポポ、ツクシ、セリ、ナズナ……と。数は山菜よりあった野草の類で量を稼ぎ、保険としていたのである。


「うん。今度は陸徒くんのをいただくね」

 意味深な微笑を湛えながら、ボッ娘が言う。陸徒の山菜が空を飛び、幼女の口内に入っていった。

 勝負の行方が見抜けず、誰も口を利かなくなった。

 山菜を味わう亀姫の咀嚼だけが、しばらく辺りに響いていく。やがてそれらを呑み込む音がして――。

 亀姫比売命は、カッと目を見開き叫ぶ。

「勝負を決するのは、職人芸だね!!」


 たちまち、周辺の風景が塗り変わりだす。

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