壊刀談・聞否伝
聞否者
驚天童子
江戸幕府によって秘密裡に作られた組織が壊刀団であり、存在は表の歴史には出てくることはなく、令和に至る今現在までに見つかった彼らに関する資料は、これ以上なく少ない。
限りなく少ない資料を調べていく学者達が等しく目を引かれるのが、慶応三年に本部に転属となった男に関する記述である。
天才にして変態。
尾張の大うつけと謳われた天下の織田信長然り、世界に目を向けていた坂本龍馬然り、馬鹿と呼ばれた人間が後に歴史に残る功績を作ることは、これまでの歴史でも典型的形式。
故に学者は、もしやこの男はこの組織の中でもかなりの大物だったのではないかと考えて、残っている少ない資料からなんとか彼の痕跡を辿ろうと奮闘するのだが、悲しいかな、男は彼らが考えているほどの存在ではなかった。
団員の残した発足以来類を見ない大馬鹿者とは、それ以外の意味など差していなかった。
何せ秘密裡に動いていることも自分達の存在が明るみに出てはいけないことも、何度注意しても馬の耳に念仏。まるで聞く耳を持たず、知らぬ存ぜぬ千里の馬は我が道を行く。
幕府より極秘の任務を与えられていることも知っているはずで、自分達の行動も秘密裡に行っているはずなのに、とにかく秘密裡に動くことができない。
何せ彼は、聞く耳を持たなかったからである。
◀ ◀ ◀ ◀ ◀
「妖刀共ぉぉぉっっ!!! 耳の穴掻っ
彼の大声にはやまびこも負ける。彼の声を反響して返すが、彼の声はそれを上塗りして響く。それでも叫んでいるつもりはなく、吠えているつもりもなく、ただ声量の調整ができてないだけだ。敵に対して威圧しているつもりだが、彼の思っている以上の声が出ていることに彼自身が気付いていない。
故に背後から、共に入団してくれた唯一無二の親友に頭を叩かれる。
「うるさい。声を抑えろ、馬鹿。敵が逃げたらどうする」
「あ?! んだって?!」
「声が大きいって言ってるんだ、この馬鹿! ってかこっちを見ろ! こ・え・が・お・お・き・い・ん・だ! 気を付けろって何回も言ってるだろ、この馬鹿!」
「何ぃぃっ?! 声が大きい?! すまん!!! また調整を間違えた!!!」
「その声もデカいわ、馬鹿!」
再び拳骨が落ちる。
彼は生まれつき酷い難聴で、音のほとんどが聞き取れない。そのため自分にも聞こえる声となると物凄い声量となり、幼少期より馬鹿でかい声で会話してきた。
そんな彼に秘密裡に動く組織など、竹馬の友からしてみても似合わなかった。
だが彼の決意と意志は本物であり、馬鹿の一念などと馬鹿にされると佐天が腹を立てることもあった。彼は確かに単純で、考えなしに走ることもあるが、決して愚か者ではなかったからだ。
義経流剣術道場師範、
故に彼が壊刀団に入団することは必然で、彼もそれが自分が最も世間の役に立てる役割だとわかっているような気がして、竹馬の友として似合わずとも応援したいと思っていた。
名馬に癖あり。
彼のように有能な天才は、扱いずらい強い個性があるくらいが丁度いい。鞍馬が入団すると同時に名乗り始めた驚天童子の異名もまた、彼にはすごく似合っているとさえ思う。
「まったく……盗賊団まるまる一つが相手だ。油断するなよ」
「おぉ、わかった! よっしゃあ!!!」
油断することはないだろうが、声量はどうにかならないものだろうか。
まぁともかく、実力だけは信頼している。が、このあとの報告書の提出が怖い。
「行くぜ! ぎゃふんと言わせてやろうぜぇ、龍之介ぇぇっ!!!」
「ぎゃふんと言わせたところで、おまえには聞こえないだろうが……まったく。馬鹿だな」
聞く耳を持たぬ馬鹿と共に、佐天は敵陣へと駆け抜ける。
後に書き記される鞍馬九頭一改め、驚天童子の史実の一切が彼の残した報告書によるものであるが、後世にはほとんど残っていない。
ただし残っていたところで、馬鹿と呼ばれた天才の凄さは後世に伝わることはなかっただろう。彼が記した報告書のほとんどが、彼の失態と損害に関するものばかりだったからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます