第5話 f-3

 「もう7の月か……」


 俺は少し暑いなと感じカレンダーを見つつ、そんなことをつぶやいていた。

 もっとも、暑いのは、酔いつぶれたシモンとヘイヘを宿まで運んだからかもしれないが。


 宿が近場にあってよかった。


 「ユーフィリアの翼か……」


 俺は、自分が今まさに辿ろうとしている数奇な運命に、身震いする。


 俺がビスニア帝国軍人として心血を注いだ任務。それが軍政都市サウスファイアでのユーフィリア自治領との戦いだった。


 ビスニア帝国は政治腐敗が進み、民は決して豊かとは言えない。不作の年でも、容赦なく税をとりたて、餓死する者まで出る。


 そんなビスニア帝国が目をつけたのが、南方の肥沃な土地『ユーフィリア自治領』だ。

 俺は何度、自治領への侵略を命令されたかわからない。ただその度に、ビスニア帝国とユーフィリア自治領の国境である、峻厳な『ベルホーク山脈』を越えなければならなかった。


 そして、歴戦の勇士である敵はそれを許すことはなかった。その一団の中には、先ほど酒場で出会った剣士ジャレット・アルバートもいた。本当に強敵だったことを覚えている。


 俺は、ユーフィリア自治領への侵略には反対だった。戦争にならないよう、権謀術数を用いた。侵略行為で無駄に兵の命を散らせるよりも、政治腐敗を正せば帝国もかなり安定する。俺はそんな信念をもって働いていた。


 しかし、准将まで上り詰めても、どうすることもできなかった。そもそも、腐敗した人間のメンタリティを他人がどうこうできる類のものではなかったのだ。


 俺は、ユーフィリア自治領のことを、『本当に自由で美しい国』だと思っていた。こちらから仕掛けなければ、決して侵略してくることはないし、ユーフィリア自治領南方の、海に面した商業都市は栄え、経済的にも豊かだ。


 ――そこに真なる自由はないとは思いませんか?


 ユーフィリア・ヨークはそう言った。それは正鵠を射ていた。辺境に引きこもったとしても、帝国の歯車という構造から抜け出すことができないのでは、それは自由と呼べない。


 俺の心は決まっていた。今日、ユーフィリア・ヨークと直接話してみて、そこに俺が求めているものがあるような気がした。


 問題は、俺についてくると言っていた部下なのだが……。


 俺は、ベットで酔いつぶれて寝ているシモンとヘイヘを見て、呆れ顔になる。同時に悩むのがアホらしくなってくる。


 そこには、まあなるようなるさと楽観的に考える自分がいた。

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