2024年
墨汁Aイッテキ!2024十一月号
紅玉楼二〇五号室の花澤君のこと
「へーい、花澤くーん。あーそーぼー」
昼下がりのマンション紅玉楼二〇五号室、友達の花澤君の部屋に遊びに来た。
扉をたたくが返事はない。
「おーい、生きてるかー? 返事しろー」
「たった今死んだよ、露木君」
花澤君はドアを渋々開けた。顔は青ざめており玄関によりかかっている。
体調不良で講義を休んでいて、今日はずっと家に引きこもっていたらしい。
「ハロー出前館です。できたてのポップコーンはいかが?」
お菓子やら非常食やら手紙やらが雑に詰め込まれており、ビニール袋の持ち手が大分細くなっていた。
そんなものをいくつも抱えてきたんだ。
ちょっとは褒められてもいいじゃないか。
「そんなもん頼んでないし来るんじゃねえよ。
マジで何しに来たの? ウチには何もないんだけど。
押し売りは帰ってくんない?」
「いや、アンタの友達を名乗る人々からいろいろ頼まれた。電話しても出ないから何してんだろってね。
みんなでじゃんけんをやって、勝った人が家を突撃するってことになった。私の一人勝ちだった」
「それを世間ではパシリっていうんだぜ、知ってた?」
「そうなんだよな~。気づきたくない真実だよね~。
そういうわけで、真実の愛を受け取れ」
花澤君はため息をつきながら、荷物を受け取る。
なんだかんだ人望はあるんだよな、コイツ。
顔をたった一日見ないだけでここまで心配されている人もなかなかいない。たった数人しかいない講義だから余計に心配されたのかもしれない。
「一応、連絡は入れたんだけどさ。そんな心配することか? 明日には治ってるよ、多分」
「まあ、私のところにその連絡は来てないからね」
「……ふざけんじゃねえ」
「大勢にメッセージを送ったところで読めないのよな。会話のスピードに追い付けないし」
日常会話ですら厳しい奴が機械で送られるメッセージなんて読めるはずがない。私はとっくに諦めた。
花澤君は険しい表情で舌打ちをした。
「連絡が来てないとは言わないんだよな、それ。
頼むから頑張って読んでくれ、クソジジイがよ」
「はっはは。可愛い孫のためにジジイが頑張ってくれたんだなって思えばいいじゃん」
「大勢の孫を置いてきんだろ? とんだ老害だよ」
「その他大勢のまちがいじゃない?」
「別に大差ないだろ」
そういうことを平気な顔で言えるあたり、別次元の人間って感じだ。生きている世界が全然違う。
いつも穏やかなだけに、私でもたまにびっくりする。
「いくつか引き取ろうか? 知らん人から預かった真実が書かれていそうな手紙もあるんだけど」
「たった一つの真実すら知らない奴らの言うことなんかアテになるもんか」
「それはそうだ」
「まあ、ゴミの分別くらいはしておきましょうかね」
花澤君は受け取った荷物をいくつか私に返した。
どこからどう見てヤバそうな手紙やお菓子が掘り出される。こちらまで吐き気がするものばかりだ。
よくこんなものを送ろうと思ったな。
「紙類はシュレッダーかけてから捨てて。
他はまとめちゃっていいから。
それから! 絶対に食うなよ! 何が入ってるか分からないんだから!」
「私はそこまで生活に困っちゃいませんよ、ボス」
「ヒマワリの種を食ってる奴が何か言ってる」
「あれはあれでうまいんだけどね。
それじゃあ、また明日ね」
「おう、お疲れ様でした」
私は手を振りながら階段を下りた。
墨汁Aイッテキ!2024十一月号
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墨汁Aイッテキ! バックナンバー 長月瓦礫 @debrisbottle00
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